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氏名 武藤彰    7大陸制覇 最近の活動状況  中山道参考資料  39会同窓会のご案内
住所 羽島市福寿町間島5−70
入会年月 98年1月
職業 会社員
走歴 1985年より本格的に走り出す。 フルマラソン完走:160回 ウルトラマラソン完走:24回(2004年6月12日現在)

世界7大陸をフルマラソンで制覇(日本人2人目)、日本三霊山(富士山、立山、白山)を海抜ゼロから制覇(日本人初)

初フルマラソン 1985年12月8日 ホノルル 4:43:20、

ベストフルマラソン 1991年11月24日 河口湖 3:20:50

自己紹介 健康のためと思って走りはじめましたが、いつのまにか走ることが生きがいになりました。フルマラソンは160回完走し、ウルトラマラソンの世界にも足を踏み入れ、100kmマラソンは24回完走しました。98年も富士五湖100km、夜叉が池130km、立山登山マラニックに挑戦します。

第100回ボストンマラソンでのゴール

人生におけるキーワードは健康・生きがい・経済力ではないかと思っていましたたが、最近改めてその思いを強くしています。

健康のためにと思って走り出したのは、12年ほど前のことでしたたが、初めてホノルルマラソンを完走したときには感動の涙が止まりませんでした。それ以来マラソンの魅力にとりつかれ、これまでフルマラソンは43回、100kmマラソンも5回完走し、いつのまにか走ることが生きがいとなりました。

また、私は、若さを保つ秘訣は感動することと好奇心を持つことだと思っています.フルマラソンや100kmマラソンを完走するたびに感動の涙を流したものですが,これからも健康で生きがいを持ち、感動し好奇心を満たす生活を送れば、若さを保つことができると確信しました。

ところで、走っている人と走っていない人では、どこが違うのでしょう?
仮にランナーをキロ5分以内のペースで10km以上を走り続けることが可能な人と定義すると、まずは、体型が違います。太ったランナーというのは存在しません。
次に、ランナーは心肺機能、筋持久力が優れています。従って、肉体年齢が若く、疲れにくく、ビールがうまくて食事が美味しくストレスに強く、いつも心身ともに絶好調、快適に人生を送ることができます。また、肌の艶が良く、表情も明るく友達が沢山いて、そのため飲みすぎ、走り過ぎて時に体調を崩すこともないではありませんが、回復が早く風邪で寝込むなどということは10年に一度もありません。

これに対し、運動習慣を持たない人は、加齢とともに首や胴回りが大きくなり、その代わりに足、特に大腿部が細くなり、胸と尻が下がり、何時の間にか人前では裸になれないような、何とも情けない緩んだ身体になってしまいます。
ご存知のように、肥満、糖尿病、動脈硬化、心臓疾患などの運動不足病は年々うなぎ上りに増えています。
世の中の多くが自動化、機械化され、仕事で筋肉を使って汗をかくことの少なくなってしまった現在、自ら欲して身体を鍛えない限り、人は廃用性萎縮というメカニズムによって老化の速度を速めることになるのです。中年以降、ランナーは非ランナーより10年以上若くいられると私は、確信、実感しています。

さらに、高齢化社会の到来が叫ばれて久しいのですが、70歳前後で全介助(食事も排泄も自力でできない)の方がうなぎ上りに増えているそうです。
この原因は骨粗鬆症による骨折、脳血管疾患による麻痺や痴呆症、心不全、呼吸不全による活動力低下などいわゆる「生活習慣病」によるものであり、いったんこのような病気に罹ってしまえば、残念ながら病状を改善させることは殆ど不可能だということです。今、国家予算は70兆円、そのうち防衛費が5兆円、ところが医療費はそれをも上回る7兆円、で今後益々増加していくでしょう。それを阻止するのが、病気に罹らないようにすること、すなわち予防が一番だと思います。

「生涯医者知らず」を実践し、ますます若年化する生活習慣病に対抗できる処方箋は「健康ランニング」以外には、私には思い当たりません。私自身、ランニングと出会えたおかげで、快適な人生を送っており、これからはこの素晴らしい健康的な世界を、それを知らない人たちにも分けて上げるべく、機会あるごとにランニングの素晴らしさをPRし、普及に努めています。

ランニング好きの皆さんも、記録に固執するだけでなく、ランニングの底辺を広げるような活動もされてはいかがでしょうか?希望する人には快くコーチ役を買って出ましょう。皆さんが走るときも、笑顔でさっそうと走りましょう。「そんなに気持ちが良いなら私も走ってみようかな」と思ってもらえればしめたものです。

一億総運動不足病という現状を打破し、ランニング大国、健康王国日本を築く21世紀のリーダーは、我々ぎふ長良川走ろう会の会員です。

* 武藤 彰のレース参加記録

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'99しまなみ海道100km遠足(pdfファイル)

'99根尾淡墨さくらマラニック完走記

NHK全国のど自慢出場記

50回目のフルマラソン完走記(pdfファイル)

第1回立山登山マラ二ック(pdfファイル)

98年夜叉ヶ伝説マラニック完走記(pdfファイル)

98年チャレンジウルトラin富士五湖完走記(pdfファイル)

98年夜叉ヶ伝説マラニック完走記

98年チャレンジウルトラin富士五湖完走記

第18回篠山ABCマラソン完走記

98年合歓の郷フルマラソン完走記

第10回いびがわマラソン完走記

33回御嶽マラソン完走記

東京ー東濃ジョギングウオーキングリレー大会

97年夜叉ヶ伝説マラニック完走記

第17回篠山ABCマラソン完走記

 


98夜叉ヶ池伝説マラニック完走記 …(98年7月25日、26日)

7月25日,26日に行われた98夜叉ヶ池伝説マラニックに出場し,無事完走を果たしました.

このレースは岐阜,福井県境にある夜叉ヶ池を目指し、夜叉姫に思いをはせながら二日がかりで、神戸町の日吉神社から夜叉ヶ池までの往復130kmを走る雨乞いコースと,坂内小学校をゴールとする90kmの夜叉姫コースがあります.距離よりはむしろ猛暑との闘いとなりますが、沿道で待つボランティアを頼りに山頂の夜叉ヶ池を目指します。今の季節、ブナ林を抜ける登山道周辺にはガクアジサイが咲き、林にはウグイスの鳴き声が響いています。途中には渓流が横切り、清流で体を冷やすこともできます。夜叉ヶ池までの途中、上部には急峻な岸壁の夜叉壁があり、振り返ると緑の中にひっそりと夜叉ヶ池があります。春には、辺りをピンクのシャクナゲや白いコブシが咲き誇っています。

今年は,坂内小学校をゴールとする90kmレースに参加しました.開会式の行われる神戸町公民館には,顔見知りの犬山走友会,NiftyServeのマラソンフォーラム,フル百回会楽走会の人たちなど,よくもまあこの暑い季節に走るなあと思われるランナーが集まっていました.伊藤栄一さん,室谷さんとは,レースの健闘を誓い合いました.

第一ステージは坂内小学校までの42kmで,午後一時過ぎにスタートしました.一昨年よりは,暑さはしのぎ易いものの,苦しいことには変わりありません.しかし,今年は6月,7月と毎月フルを走り,水冷式の暑さをしのぐ方法を見つけたためか,何とか5時間35分33秒で完走しました. 走り終った後,アイシングと称して,フル百回楽走会の竹田会長,桜井さん,可児さん,真田さんたちと坂内川で水浴びをしました.「これが本当のフルゥゥvとみんな童心に帰って大はしゃぎでした.夜は例によって,坂内小学校の体育館での雑魚寝です.フル百回楽走会の吉藤さんや石原さんたちとマラソン談義に花を咲かせながら眠りにつきました.

第二ステージは,朝2時に仮眠から覚めたあと,3時半に夜叉が池を目指して走りはじめました. 今日は幸いなことに曇り空で,しのぎ易い天候でした.前半は快調だったものの,進むうちにスピードが落ち,どんどん抜かされて行きました.夜叉ヶ池は風が強く,ガスがかかって幻想的なたたずまいでした.池で恒例の記念写真を撮ったあと,下りです.登山口で登山靴を履き替えたあと,ここからはゴールまでほぼ下り一方なので,再び快調なペースを取り戻しました.坂内川はあゆ釣りに来たこともあり,途中,今年のあゆの掛かり具合を見たりしながら,ゴールしました.

50kmを8時間1分22秒,合計90kmを13時間36分55秒で完走できました.

途中のエードで食べたのりまき,オレンジ,バナナ,どら焼き,そーめん,トマト,きうゅりの漬物などが完走の原動力となりました.伊藤さん,室谷さんも90kmの完走を果たしました.

私にとって,この暑いレースを走らないことには,夏が来たような感じがしません.

ラップタイム (1998年7月25日:晴 26日:曇り

第一ステージ タイム ラップ 第二ステージ タイム ラップ
10km 1:08:21 1:08:21 20km 2:29:28 2:29:28
20km 2:27:36 1:19:15 夜叉ヶ池 4:10:15 1:40:47
30km 3:56:15 1:28:39 45km 7:20:30 3:10:15
40km 5:24:10 1:27:55 50km 8:01:22 0:40:52
ゴール 5:35:33 11:23 90km合計 13:36:55 1:41:25

98年チャレンジウルトラin富士五湖完走記

4月25日に行われた,98チャレンジ富士5湖ウルトラ100kmマラソンを無事を完走してきました.今回のウルトラマラソンは6回目のレースとなりますが,天候は,寒からず,暑からず,私にとって良いコンディションでした.スタート前は,富士山も見ることができ,ネット仲間の一達と記念写真をとりお互いの健闘を誓い合いました.

ラップタイム(1998年4月25日(土)98チャレンジ富士5湖 晴時々曇り一時雨 (12度) 100km400人, 117km500人 )

距離 タイム ラップ 距離 タイム ラップ 98年4月25日
10km 1:09:28 1:09:28 20km 2:17:45 1:08:26  
30km 3:27:53 1:10:07 40km 4:42:46 1:14:52 5km,キロ5分-7分の快調なペース
中間点 6:04:44 1:21:56 60km 7:35:41 1:30:57 ある程度完走できる目処がたつ
70km 9:02:09 1:26:27 80km 10:28:00 1:25:50 ほぼ完走できることを確信
90km 11:58:32 1:30:31 ゴール 13:39:58 1:41:25 14時間切ることを考え、最後の力走


朝5時に富士吉田の北麓公園スタートし,山中湖をめざし走りはじめました.山中湖までは下りも多く,森林浴の感じで林の中を快調に進んで行きました.
ひとひら,ふたひら舞い落ちる山桜の花びらが,私を前へ前へと駆り立ててくれるのです.

河口湖は,フルマラソンで自己ベスト(3:20:50)自己2ベストを出したこともある思いでの深い懐かしいコースですが,ここも順調に経過しました.
40kmまでのラップは,5km,30分台〜39分台で40kmの通過時間は4:42:46でした.浪花突撃隊のゲストランナーの人達とも冗談を言い合って,テレビカメラに写りました.ここまでは,今まで走った100kmマラソンの中では,走り易いコースだなと言う感じを持ちました.

ところが,西湖への登りはとてもきつく,やはり一筋縄では行かないなとも思いました.西湖,精進湖は細かいアップダウンも多く,50kmは6:04:44でした.単純に計算すると100kmは12時間強となり,ここまで足,腰,膝など全く異常はなく,ある程度完走のめどが立ちました.
そして,70kmの通過時間は9:02:09となり,残り30kmを5km45分のペースで行っても30分の余裕となり,この時点でほぼ完走を確信しました.

こうなれば後は精いっぱいこのコースを楽しもうと言う気分になり,粒粒オレンジを飲みながら走ったり富士五湖の景観を十分に楽しみながら,森林浴を楽しみながら,時間一杯を有効に使って思う存分ウルトラの世界をを満喫してきました.
山中湖,河口湖が一級河川,西湖が二級河川であることを初めて知りました.
また,精進湖の上九一色村に差し掛かったとき,”修行するぞ,修行するぞ”と唱えたところ,ペースが上がってしまいました.

とにかく朝5時に走り出してから,飲む,食べる時に立ち止まる以外は全て走り通すというウルトラの世界では,本当に走る喜び,楽しさを味わうことができるのです.
どこか,足,膝,内臓等に少しでも異常があれば,走り続けることは苦痛以外の何ものでもありません.しかし,このようにウルトラを楽しめる条件もは日頃の厳しい練習や,精神的な鍛えがないと出てこないと思っています.
そのような意味で,日頃の厳しい練習が当日のレースの支えになっていると思います.

ゴールは13時間39分58秒で,野辺山,四万十に比べて大分余裕を持ったレースができました.翌日の筋肉痛もそれほど強くはなく,やはり,後半50kmを45分のペースでゆっくりと走ったことが良かったと思います.

今回は,ネットワークの皆さんに富士吉田ユースホステルに泊まってレースに参加しませんかと呼び掛けましたが,9人の皆さんと同宿でき,大変楽しいレースとなりました.ベテランのウルトラランナーからは,楽しい,また,有益な,色々な話を聞かせて頂きためになりました.富士吉田ユースホステルは大変アットホームなところで,スタート地点にも20分位で近く,回りにコンビニ,中華料理屋,すし屋もあり,便利で1泊2500円(非会員3000円)と泊まり易いところだと思います.

つくずく,ネットワークの良さを実感できた,98チャレンジ富士5湖でした.
そして,”生活習慣病よ,さようなら,活力ある健康な生活よ,こんにちは,”健康で走れる毎日をもたらしてくれるランニングに感謝しています.


第18回篠山ABCマラソン完走記

2週間前の合歓の郷フルマラソンに続き、篠山ABCマラソンマラソン、無事完走しました。(フル、100km含め、47回目)スタート前から、あいにくの雨風で悪いコンディションでしたが、何とか目標の、4時間を切ることができ、3時間57分13秒でゴールしました。ラップは以下の通りです

ラップタイム(98年3月1日 第18回篠山ABCマラソン 雨、風強く寒かった、1900人)

距離 タイム ラップ 距離 タイム ラップ 98年3月1日
5km 25:06 25:06 10km 49:56 24:50  
15km 1:15:30 25:33 20km 1:43:43 28:13 15kmまではキロ5分の快調なペース
中間点 1:50:11 ---- 25km 2:11:47 28:03 このコース一番の峠を越す
30km 2:41:36 29:49 35km 3:11:57 30:20 30kmで2時間41分を確認し、4時間を切れることを確信
40km 3:43:41 31:43 ゴール 3:57:13 13:32 4時間切ることだけを考え、最後の力走



これまでは、前泊で参加していましたが、今回初めて日帰りで参加しました。
朝、6時35分の一番の新幹線で行けば、11時10分のスタートには充分間に合います。
また、帰りも自宅には7時前に帰ることができ、日帰りでも楽に参加できることがわかりました。
このあとは、15、22日のハーフマラソン、また、4月4日は犬山でフルマラソンを走る予定です。


98年合歓の郷フルマラソン完走記

昨日は、フル、100km含め、46回目のねむの里フルマラソン、無事完走しました。
前日には、駅伝大会があり、13チーム中、8位でゴールし,翌日の良いトレーニングとなりました。
土曜日夜は、全国から集まったジョギング愛好家(住道、滋賀、洲本、大阪)ランナーズ通信員
若月さんの所属する難波トライアスロンチームの人たちなど、約30名位の大宴会となりました。
お互いの戦歴やこれからの目標など披露しあい、飲めやしゃべれやの交流を深めました。

当日は、あいにくの雨風で悪いコンディションでしたが、私は、4時間34分57秒でゴールでき、
大満足でした。このアップダウンの多い厳しいコースで、故障もなく無時完走できただけでも
感動でした。ラップは以下の通りです。

ラップタイム (98年2月15日 ねむの里フルマラソン 雨、風強く寒かった )

距離 タイム ラップ 距離 タイム ラップ 98年2月15日
5km 28:57 28:57 10km 58:00 29:09 ねむの里の中を2周する
15km 1:26:16 28:15 20km 1:54:27 28:10 リアス式海岸をを眺めながら快走
中間点 2:01:50 ---- 25km 2:25:55 31:28 再びねむの里に戻り、3周する
30km 3:02:50 36:54 35km 3:40:37 37:47  
40km 4:17:33 36:55 ゴール 4:34:57 17:24

結果的に、ワースト3の記録となりましたが、このコースは御嶽マラソンに次いで厳しいコースだと感じました。
若月さんは、1:33:42で年代別1位、総合2位の成績でした。
山辺君も元気に完走です。

今回は、すごいランナーに会えました。
1人は、桜井さんという、富山から来た72歳のランナーです。これまでフルマラソンは、125回
ほど完走しており、4日前にも勝田フルマラソンを完走してきたばかりだとのことでした。
100kmウルトラは、9回の完走、トライアスロンは6回の完走です。
このコースを4:12:51で完走し、年代別で10位入賞でした。80歳までに、フル200回の完走を目指すのだそうです。

また、岐阜犬山の67歳の可児さんは、3:51:09で5位入賞でした。可児さんは、これまでフル
マラソンは、153回ほど完走しており、97年1年間で、47回のフルマラソンを完走したそうです。今年1月には、2日から6日まで5連続でフルマラソンを完走しており、とても67歳とは、
思えませんでした。
私など、まだまだ足元にも及ばないランナーに出会えて、大きな目標ができ大変有意義なレースとなりました。

福山さん、お世話になり大変ありがとうございました。
前夜の宴会も盛り上がり、何よりでした。
いつもいつも、福山さんのお世話には、頭の下がる思いです。ありがとうございまいた。


第10回いびがわマラソン完走記

今年最後のそして通算43回目のフルマラソンを無事完走しました。
タイムは、4時間13分02秒、2週間前の100kmの疲れがまだ残っているのか、それとも実力相応のタイムなのか、不本意なタイムでした。かつて、このいびがわの
ースでは、3時間25分の記録も何度か出しましたが、今はその記録はとてもとても無理で、今後は4時間を切ることを目標とします。フル全参加者5329名中1935位の成績でした。(インターネットのホームページでは、翌日に記録と順位を知ることができ、便利になりました)
ラップは以下の通りです。

・97年11月16日 第10回いびがわマラソン 晴 無風 23度C 参加者 5329名

距離 タイム ラップ 距離 タイム ラップ 97年11月16日
5km 24:58 24:58 10km 49:52 24:53  
15km 1:16:35 26:42 20km 1:45:55 29:20  
中間点 1:52:12 ---- 25km 2:17:57 25:45  
30km 2:50:01 32:03 35km 3:24:20 34:18  
40km 3:58:19 33:59 ゴール 4:13:02 14:42

10kmまでは、キロ5分のペースで今日は調子がいいかなと思っていたのですが、15km過ぎから、急激にペースダウン、中間点を1:52:12で通過、これでは4時間を切れるかなと心配になりました。しかし、以降もペースは上がらず、キロ6分以上にダウンし、完全にサブ4をあきらめました。
今回は、新調したNIFTY SERVE のユニフォームで走り、何人かの通信仲間から激励の声を掛けてもらいましたが、ペースは上がりませんでした。スタート前にアメリカから来ている英語教師の若い美人ランナーと話をし、ペースメーカーにと思って少しついて行こうとしたのですが、3時間50分ペースの彼女には30km過ぎで離されてしまいました。天気は最高で、暖かく風もなく、紅葉も美しく、ベストコンディションで走れる喜びを噛み締めていました。


33回御嶽マラソン完走記


御嶽マラソン完走してきました.(フルマラソン通算42回目の完走)この大会は,初めての参加でしたが,大会の雰囲気もよく,またコースの景色が抜群によく,お気に入りの大会になりそうです.
この大会は東京オリンピックを記念して昭和40年10月10日の体育の日に初めて日本一ハードな山岳マラソンとして、開催されましたが、歴史が古いだけに岐阜県は勿論、全国有数の権威ある大会として定着し、ファンも多いようです。大垣体連の岡村正夫さんもその1人で去年、28回、27回と優勝しています。
今年もゼッケン1番として出場していましたが、結果は分かりませんでした。群馬陸上部の関野新選手(24才)も出場していました。彼は、いつも岡田、望月、斎藤選手などと練習をしていると言ってました。

朝は余裕を持って4時に自宅を出ました.いつものようにスタート3時間前におにぎりなど腹いっぱいに食べ,スタート地点に着いたのは,7時過ぎでした.早速受け付けをすませ,準備し,スタート地点に並びました.
この大会のフルの参加者は250名ですので,スタッフの方も親切で,参加者も連続出場の方も多くなごやかな雰囲気でした.

8時半にスタートし,ゆるやかな上りをドンドン登って行きました.スタートして間もなく,パソ通仲間の鋤柄さん,千田さんなど出会い楽しく走っていました.ところが,5KMすぎからは,だんだん上りがきつくなり20KM手前の上りでは歩いてしまいました.さすが,日本一ハードな山岳マラソンというだけあって,厳しさを充分堪能させてくれました.20KM過ぎからは下りもあり,何とか35KMすぎまでは快調に走れましたが,35KMすぎからは今まで下った分以上のきつい上りが待っていました.なんとか,最後の力を振り絞ってゴールしましたが,タイムは4時間53分44秒で制限時間ギリギリの完走でした.
*このマラソンの感想
・コースの景色が最高でした.天候は快晴,真っ青な青空と緑,黄色,赤の紅葉のコントラストは何とも言えない美しさでした.そして,前方を見ると主峰剣が峰や摩利支天,継子岳の雄姿が目に入り,疲れた体を引っ張ってくれました.山好きな私には、こたえられないコースです。
・スタッフの方も親切で,アットホームな大会の雰囲気でした.
・ゴールすると,暖かい豚汁,弁当が待っており,また,濁河温泉の大きな露天風呂に入る事ができました.(混浴でした)
・タイム入りの立派な完走証が貰えました.
・鋤柄さんからは,コースは大変厳しいので,全て走り通そうとはせず,厳しい上りは歩きを入れた方がいいですよとアドバイスを受け,大変参考になりました.
・ワンウエーの片道コースでしたが,荷物の運搬,選手移動バスなど整っていました帰りは,バスで今まで登ってきた道を帰るのですが,何と1時間半近くかかり,よ
くこんな道を登ってきたなと驚きました.
・今回は,前日まで神戸の研修で缶づめのため当日発でしたが,時間があれば前夜濁河温泉に泊りゆっくりしたいものです.

ラップタイム(97年10月10日 第33回御嶽マラソン 快晴 17度C 標高差 1200m)

距離 タイム ラップ 距離 タイム ラップ 97年10月10日
5km 27:27 27:27 10km 53:30 26:03  
15km 1:24:37 31:06 20km 2:06:27 41:49 この登りがきつい
中間点 2:17:09 ---- 25km 2:45:59 39:31  
30km 3:20:23 34:24 35km 3:52:42 32:18  
40km 4:36:30 43:47 ゴール 4:53:44 17:13

フルを5時間近くのタイムで途中に歩きも入れると、筋肉痛もあまりなく、昨日は地区の運動会で、うどん食い、ビール飲み競争、綱引きに出て、1位、3位、2位となりました。
それでは、また。


東京ー東濃ジョギングウオーキングリレー大会完走記

東京ー多治見400km駅伝大会に参加し、約100km走ってきました。
この大会は、正式名称を「東京ー東濃ジョギングウオーキングリレー大会」と言い、首都機能を東京から東濃に移転させようと「市民レベルで誘致の意気込みを示す」ために、「岐阜長良川走ろう会」が計画し呼びかけ、東海地方のランナー120名が参加して行われたものです。

大会は11月1日から3日にかけて行われました。当初はもっと長い距離を走ろうと思っていたのですが、1日目、2日目はバスで走者を各区間に配置し、順次繰上げ方式でスタートするやり方だったため、1人で複数区間を走ることができませんでした。
3日目は駅伝方式で中津川ー多治見をタスキでつなぐため、1人で全区間を走りました。1日目は、朝10時に皇居inジョギング大会に参加し、東京走友連合の皆さんと一緒に5kmを走り、22分19秒でゴールできました。皇居のコースは時々走りますが、今日は快晴であったためか、一層楽しく走れました。その後、11時30分に出発式があり第一走者がスタートしました。これから甲州街道、中仙道を経て400kmの旅が始まったわけです。

私は、第3区 荻窪、上北沢歩道橋ー東府中(競歩50km折返し点)を走るため直ちにバスで移動し、4人の仲間と共に繰上げスタートし、16kmを1:36:44で完走しました。今日は山梨県上の原町がゴールで夜は柏尾山大善寺に泊りました。
ここは国宝や重要無形文化財のある史跡民宿で、奈良時代に創建された由緒あるお寺です。2日目は甲州街道、中仙道を経て中津川に至る17区間のコースで、私は道の駅「賎母」から中津川市役所まで19kmを1:38:43で走りました。紅葉真っ盛りの飛騨川を見ながらのコースであったため、気分の良い走りを経験できました。

本日の宿泊は、木曽路の難所鳥居峠を控えた宿場町奈良井の宿です。時の流れを遡り遥か昔に旅をする想いで、奈良井の宿場町を散策してきました。3日目は最終日最も長丁場のコースです。中津川から多治見まで5区間を三重のウルトラランナーと一緒に5:08:29で完走しました。ゴールの多治見市役所前は多治見まつりが行われている最中で、市長をはじめ市の名士の方々の歓迎を受けてゴールしました。3日間とも最高の天候に恵まれ、スタッフや仲間たちと共に、有意義なランニングを経験できました。東京ー多治見400kmのうち、今回走り残した300kmは春4月、桜の最もきれいな時に走ってみたいという想いに駆られました。


97年夜叉r伝説マラニック完走記

夜叉r伝説マラニック、何とか嵐のなか、完走できました。しかし、このような厳しい風雨の中を走ったのは、初めての経験でした。土曜日の第一ステージ、42.195kmは雨のスタートでしたが、一昨年の灼熱地獄の
時のことを思ったら、天国のような恵みの雨でした。いつものトレーニングコースの池田山の茶畑も快調に通過、横山ダム辺りの25kmまでは雨は激しい降りでしたが、なんとかたどり着くことができました。


しかし横山ダムを過ぎ、坂内村の山へ入ってから状況は一変、時間当たり30〜40mm位のバケツをひっくり返したような雨と、瞬間風速30〜40m位の強風の中を、飛んでくる小石や木の枝にぶつかりながら這うようにして進んでいました。
この辺りは山の喉部になっていて、風と雨の通り道になっているのです。なんとか、坂内村小学校に着きましたが益々風雨は強くなってきており、明日の第二ステージが思いやられます。案の定、夜叉rは危険すぎて登頂中止、コースは変更、神戸町へ引き返すことになり、しかも、希望者のみ、走って下さいと言うことになりました。しかし、ここで止めたら今までの練習も水の泡となり、また、名古屋〜金沢270km さくら道で分水嶺を通過するときにはみぞれも降ると言われており、これくらいのことで弱気を起こしては、何もできません。

何としてでも走りぬくつもりで第二ステージをスタートしました。帰りも来たとき以上の大暴風雨でしたが、トータル、83kmを9時間17分で走り抜きました。今回、台風9号の最中を走ったことで、無茶や無鉄砲に対する感覚が大分麻痺したのではないか、多少の危険もいとわないような強い精神力も時には必要ではないかと思いました。


第17回篠山ABCマラソン完走記

第17回篠山ABCマラソン記録 97.3.4 武藤彰

距離 タイム ラップ 距離 タイム ラップ 97.3.4
5km 24:42 24:42 10km 0:48:23 23:41  
15km 1:12:28 24:05 20km 1:38:52 26:23  
中間点 1:44:56 ---- 25km 2:06:19 27:27  
30km 2:37:20 31:00 35km 3:10:16 32:56  
40km 3:41:19 31:02 ゴール 3:54:47 13:27

日時:97,3,2 スタート:11時10分 マラソン名:第18回篠山ABCマラソン(兼第1回学生選手権)
天候:晴 気温:6度 風速:3メートル

特記事項
天候に恵まれ、41回目のフルマラソンを無事、完走する事ができた。
15kmまでは、5キロ23〜24分台の快調なペースで走ることができた。これは、3時間20分ペースくらいの美人女性ランナーを見つけて、これをペースメーカーにして走ったため、快調なペースを維持できた。中間点のタイムも1時間45分を切って、フル3時間30分のペースであった。
ところが、中間点以降はペースメーカについていく事ができなくなり、ずるずる遅れ、キロ6分のペースとなってしまった。
後半7キロを最後の力で頑張ったが、結局、ゴールは3時間54分47秒で目標の4時間内に完走できた。
いまの実力からすれば、4時間程度で完走する事が楽しいマラソンにつながると実感した。
これまで前泊で参加していたが、大阪発8時の特急(岐阜羽島発6時34分のひかり)に乗れば、日帰りで参加できる事が分かったので、来年からは日帰りにします。一般参加で元神戸製鋼の喜多帝京大学陸上部監督が参加していた。

フルマラソンの最後の195メーターは、ゴールに備えて笑顔を作り出すために設けられた距離なのです。辛さを吹っ飛ばして、笑顔でゴールしました。

篠山ABCマラソンは、フルマラソンを走り出してから、毎年出場している大会です。
皆さんと一緒に何とか温泉に泊って、走ったり、雪の多い年、松下の保養所に泊って走ったり、思いでの多い大会です。このコースでのベストは、年の で、3時間30分を切ったことも何度かありまし
た。

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