◆高知の酒の特色よぉ〜◆
教えちゃうきん覚悟しいやぁ(^◇^)あはは

 

土佐の高知の地酒
土佐の高知の酒は端麗辛口と言われるがよ。

それも醸造の時に酒の独特の甘みと言うか、独特の黄色がかったものを炭素で除去して無色透明に近いスッキリとした味覚に仕上げる。

これは不思議に県内業者共通ながや。

特に日本海側山陰などと傾向が違うのには驚かされる。あっちには黄色がかった酒がある。

まぁ高知では考えられん事や。

どっちが旨いかは別問題として、スッキリ辛口に仕上げるとしたらこの透明感やねぇ〜

それでも高知の造り酒屋も、原酒を樽で灘や伏見に蔵出ししている専門醸造業者もおるき、これも県外業者と同じやねぇ〜・・・・・・・・・・・・・

土佐の地酒は二級酒
ただ、そう言う意味で酒に対する評価は厳しいものがあるき、酒も切磋琢磨はせんと生きて行けんがよ。

なまじ吟醸、純米、大吟醸等に拘らず、むしろ醸造用アルコールをふんだんに使った、所謂「二級酒」の味によってその酒蔵の評価が決まるがよ。

「○○の二級酒は美味い」と言われて初めて高知では一人前の造り酒屋ながやき。

そう言うて言われんもんは如何に上等な酒を造ってもそのうち自然消滅してゆく造り酒屋じゃろうねぇ・・・

献杯・返杯
県外と高知の一番の違いは「献杯」やねぇ〜。

「献杯」言うがは目下の者から目上の者に、杯を敬意を表して注ぐがよ土佐弁では「杯を差す」と言うけんどねぇ。

目上の者は飲み干して「返杯」を返すがよ。その座に居る目上の地位の高い順に間違いなく順をふんで「杯を差して」行く決まりがあるき。それも少のうても一巡は早急に廻らんといかん。

目上の者に先に杯を差されると、これは目下の者の不手際であって、非常に恥ずかしい事。まちがってそう言う状況になった場合「済みません、こちらから先に行かんといかんに、申し訳ない」と言って杯を受け取り、即座に返杯し、すかさずこちらからも「献杯」をする。

それも何度か意識して「杯を何回も差して」失敗であった事を意識しているのを印象付ける位回数を重ねるがよ。

ほんで「献杯」の失敗は精神的にも酒の量的にもしんどいき要注意や。

・・・・・
それを知らん県外の人と呑んだら、よう喧嘩する土佐人が結構居る。

舐められたような気がするがやねぇ〜相手は作法を知らんと思うてもヤッパむかつくらしい(^0^)あはは

可杯(べくはい)
とにかく、そんなこんなで早い話が、出来るだけ相手の気持ちを推し量りながら出来るだけ合法的に大量に相手に酒を呑まし、自分も呑むと言う風習ながよ。

折角酒呑むがやき中途半端に呑んだりせんと、しっかり皆呑もうと言う考えながやけんど。杯に穴が空いたり、三角形で置くことの出来ん可杯もその為の道具ながや。

杯をもろうたら返さん訳にはいかん。杯もろうたらなんぼでも酒呑まんといかん。これを軽う見よったら、大事(おおごと)になって飛んで(記憶を無くして)しまうき、気を付けて適当にやらんといかん。

これは心から注意しちょく、まぁ県外人は高知県人の相手をしたらいかん、特に酒の席は・・・・・

ところが!?
ほんで上記理由で県外に飲みに行ったり、大学で県外に行ったら高知の人やき呑める言うて結構飲まされる。

けんど、調査によると決して高知県人が酒に強い訳じゃぁ無い。アセトアルデヒド分解酵素が決して多い訳でも無い、むしろ他県の人の方がデーター的にはもっと強い結果がある。

酒に執着心が強いだけかも知れん。他に楽しみが無いがかも知れん。

献杯言うがは、折角の酒の席やき相手にも十分に呑んで堪能して貰いたいと言うサービス精神の表れながよ、やっぱり物理的にも限界がある。

そうなるとそこらの灰皿や皿や器という器に酒を移してでも返杯と言う作法に応えんといかん。即座に返杯せんかったら矢のような催促を受けるし礼儀知らずと言う事になる。

結果的には器と畳が一番酒を呑んでしまう結果となる。そんな不経済な酒の消費をした分までカウントしたうえで、一人当たりの酒の消費量が全国一だとか言いゆけんど、実は非常に地球と財布に優しくない方法で消費しゆうがよ。

それでも高知県人は今宵も懲りずに酒を呑み続けるがよね(^◇^)





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