新・東京の博多ラーメン!!

  

第一部  第二章  武闘派の手帳

  
いきなりこのページに来た人は、必ず前章の分類基準を先に読んでから、本章を読んで欲しい。
  

概説


ここからは、前章の分類理論編に基づいて、具体的に東京都内の各博多ラーメン店を分類し、そのラーメンに対する私の評価を述べる。お約束だが、以下は私の個人的意見であることをここで断わっておく。レベルが高い/低い、本物/偽者、等すべて「俺様基準」で断定しているだけである。断定の根拠は「俺様がそう感じるから」それ以上でも以下でもない。

ラーメンそのものに対する分類の観点、基準は前章で述べた通りだが、実際に評価を下す際には次のルールを立てている。

  1. 対象とする店は、明確に博多/長浜ラーメンであることを(どこかで)謳っている店、その他福岡/博多を連想させる名前の店である。また表向きはそう謳っていなくても、マスコミ、ネット等で広く博多ラーメンだと認知されている店も含めている。一方無節操に各地のラーメンを出すチェーン店やハンバーガー屋の展開するチェーン店、ナンチャッテ博多ラーメン店などで出される「博多ラーメン」は最初から対象外として除外している。単に「九州ラーメン」と謳っている店は実際に食べた結果で判断している。
  2. 「これはもう勘弁して欲しい」という所以外はできるだけ何度も足を運んでいる。また繰り返し行く場合にも、各店にできるだけ偏りが出ないように万遍無く足を運んでいる。
  3. 常にメニューにある最もシンプルなラーメンを注文している。
  4. 麺の硬さやこってり度などは最初はお店のおまかせにしている。注文する場合は次回からだが、ほとんど注文は出さない。
  5. 替玉で味が薄くなった時にタレを加えるのを例外として、基本的には調味料、その他何も足さない。取り放題の「トッピング」はもちろん、胡椒さえ入れない。従って途中で味を変えて…などということは一切やらない。
  6. そのお店が出す、私にとって最上のメニューのみを評価の対象としている。つまり訳のわからないトッピングやまずいメニューがいくらあっても、美味しいと思ったメニューがあればそれだけを判断の対象としている。
  7. ある店が支店を持つ、あるいはFC展開している場合、本来すべての支店、FCに行くべきなのかも知れないが、なかなかそうは行かない。このような場合、店名の後に行ったことのある支店名を加えている。

以下では東京の博多ラーメンを次のように分類している。クリックで各ジャンルのレビューにジャンプする。

  

番外.   破廉恥詐欺ラーメン  (異物)


(定義はこちら)

ここに分類されるのは一言で言ってインチキ偽者。とにかく一刻も早くこの世から消えて欲しい店である。

幸いなことに、今のところここに入れるべきなのはただ1店。店名を書くのもおぞましいので書かない。この店に対する怒りこそこのサイトを立ち上げる主たる動機になったという店である。強烈な魚臭と醤油臭のする魚粉入りスープと太麺というラーメンでありながら、博多ラーメンの別称を名乗るというインチキとしか言いようのないクズのような店である。サイト開設以来10年以上どうにか潰れないか願っているがしぶとく潰れない。それどころか中野駅前に進出までしやがる。あげくに火事を出して近隣店舗に多大な迷惑をかける始末。不良ラーメン店というしかない。こういう訳の分からない店はとにかく一刻も早く潰れて欲しい。

  
  

1.   博多純血種ラーメン  (真性博多ラーメン)


(定義はこちら)

当サイトが独断的に「本物」と断定する店である。言い換えれば、本サイトは、ここに属さない店は「本物ではない」と断定しているということになる。

ここに分類できる店は東京でも本当に極少数である。その中でも私にとって一番良いと感じられるのは「ばりこて@東高円寺」である。匂い、スープの質、麺とも、これぞ地元の味と自信を持って言えるほとんど唯一と言って良い店である。ブレが少ないのも特筆される。東京で食べられる本物の博多ラーメンはどこ?と問われたならとにかくここを挙げることにしている。

次に挙げられるのは「呑竜@新橋」である。本サイトでは、東京で異常にデフォルメされた博多ラーメンだけを食べて、これを基準だと思い込み、地元で普通の濃度のラーメンを「薄い」と言い切る愚かなものが多く見られると指摘した。だが、ここのラーメンはもし地元にあってもあっさりの部類に入ると思う。もちろん、匂い、スープの質、麺とも地元民にっても全く違和感のない店である。ただ残念なのは、ここはブレがやや目立つと言う点である。薄い日はちょっとつらいほど薄い。これでは、この店で食べて「薄い」と印象を持った場合、それが本サイトの主張する「本物の味」なのか、それとも本当に薄いからそうなのか、区別が付かないことになる。困ったことだがどうしようもない。良い日の方が多いのは確かなので、何度も通ってもらう以外に対策の立てようがない。

ある意味上二店は知っている人なら納得の店だろうが、そういう人も、次に挙げる「九州一番@新代田」には、その選択に疑問を持つかもしれない。古くからある店だが、東京ではマスコミ露出が派手でないというだけで軽く見られる。近くに有名店があるだけに、一層それが際立つ。まあそれも仕方ない。ここは「う〜ん、なんだかなぁ」という味であるのは確かなのだから。しかししかししかし!実はこの味こそ、地元ではよくある「なんだかなぁ」の味なのである。ここに含める店は、「地元の味である」という基準で選んでいる。だから、味そのものは「なんだかなぁ」かも知れないが、まごうかたなき「地元の(なんだかなぁの)味」であるこの店は、分類上ではここに含めるべき店なのである。「なんだかなぁ」という表現で間違えないで欲しいのだが、博多の名を騙る非博多ラーメンとはもちろん比較にならない。そのような偽者に行く位なら、喜んでこの店を選ぶのは間違いない。

そして個人的思い入れをもってここに加えるのが「しばらく」である。この店は強い個人的思い入れがある。実家がすぐそばで、この味で育ったと言っても良いくらいの店である。先代が存命中は、スープの出来が悪いと店を開けないので有名であった。また店内ではいつもにらみを効かせており、細心の注意を払ってラーメンを作っているのが手に取るように分かった。そうかと思うと、大食いランキングを張ったりと茶目っ気も出していた。学生街なので学生に優しかったのだ。その先代が作るスープは独特の味で、しかも何時行っても全くブレがない。お陰で何時どこででもしばらくのあの味かどうかは判断できるつもりである。しかしこれもよくある話だが、先代がなくなってから味がブレたり、無定見な支店展開などを始めて一時はどうしようもない状態だったことがある。東京支店ができた時も、期待と懸念を抱きつつ、急いで駆けつけた。結果は100%の失望。とんでもない「異物」が供されていた。自分が慣れ親しんだ味に地下鉄で通えるという期待もあっただけに、一層失望は大きく、その後全く足を向けなかった。しかし数年後に微かな期待を持ってもう一度試してみると、味はそれなりに改善されていた。その後は同じ期待を元に時間を置いて通うようになった。そして幸いなことに、現在ではかつて先代の味に比べて85点位つけてよい程のラーメンを食べられる。これなら地下鉄で通える地元の味と言っても問題ないと私は判断する。味は独特で、「しばらくの味」としか言いようがない。だがこれは、私的な思い入れを除外したとしても、まごうかたなき「博多ラーメン」と認められると思う。

  
  

2.  東京変異系非博多ラーメン  (博多デフォル麺)


東京で博多ラーメンを名乗る店の大半がここに分類される。そもそも(一部の残念な地元発の店を除いて)地元博多には存在しない類の味の店であり、その味そのものは地元民には決して受け入れられないと思われる。地元博多には存在せず、東京にのみ存在する「博多ラーメン」という奇妙な一群、局所で変異した「東京博多」ラーメン、それがこれらの店である。

  

2. 1  東京退化系  (ル−ディー麺)

2.1.1  真性退化系  

(定義はこちら)

ここで挙げるラーメンは、いずれも私が博多ラーメンの命と信ずる匂いが欠落している。それだけではなく、スープの白湯濃度もそろって力に欠ける。そもそもこれらの店のラーメンを「博多ラーメン」と呼ぶことに強い抵抗を感ずる。

非常に低い次元の争いではあるが、もちろんこれらの中にも様々なレベルがある。ふくちゃんはインスタントのような薄っぺらさで、余りに酷い。いしは久留米から来たラーメン店なのだが、もともと力に欠けていたスープが店移転後すざましく劣化。今ではとんでもない代物を供している。よしずみくんは基本焼き鳥屋。地元のハズレの店の劣化版、あるいはハズレの屋台の劣化版。スカスカ。ぐるりは最初から「創作博多ラーメン」「他の九州ラーメン・博多ラーメンより薄味」と名乗っている。事実その通りでヘナヘナのスカスカスープである。それだけなら看板で断っているからまだ許せるのだが、浜松を初めとして全国にこの味で「博多ラーメン」を展開するつもりらしい。正直徹底的に失敗して欲しい。ばってんもどうしてなのか分からないが、猛烈に劣化してしまった店である。以前はやや弱いながら本場の味だったのだが、いまは見るも無残な有様である。てっぺんはメニューに塩と醤油があって、単にラーメンを注文すると醤油が出てくる。看板には「博多ラーメン」とあるのだが…。評価は塩に対するものだが、まる金レベル。博多天神、まる金、龍龍軒、ふくちゃん、由○(旧福のれんが名前変更)、勝龍軒も完全無臭低濃度博多ラーメン。いずれも古くからチェーン展開を続け、潰れてもいないのだから一定の需要があるのだろう。本場の博多ラーメンが口に合わず、自分はこれ位がよいと自覚してこれらの店を選ぶ人も多いようである。この中では長浜やだけは、かろうじてまあ我慢できるラーメンである。後は金をもらっても絶対に食べたくないものばかりである。

2.1.2  部分退化系

(定義はこちら)

ここで挙げるラーメンは、スープの白湯濃度はそれなりに評価できるが、肝心の匂いが欠落している。残念ではあるが、やはりこれらの店のラーメンも「博多ラーメン」とは呼ぶ気にならない。

わ蔵は匂に欠けるがスープは力強い。自家製麺が美味である一歩は、スープ濃度も力がある。博多ラーメンセンターは非常に残念。スープの感触は、多少のコラーゲン強化はあるのかも知れないが、濃度としては地元の標準的ラーメンに非常に近い。だが肝心の香りがない。これで香りが盛大に出ていたらもう満点あげられるかもしれない。だがその最も重要なものが欠けている。白湯濃度が良いだけに残念でならない。以上、これらの店はそれぞれ評価できる特色を持ちながらも、いずれも肝心の匂いが欠落している。エッセンスを欠いている以上、これらも博多ラーメンと呼ぶに値しないと判断する。真性退化系よりはずっとましだが。

  

2.2  東京異種融合系  (キメラーメン)

(定義はこちら)

ここで挙げるラーメンは、何か本来の博多ラーメンにはない「異物」が混入しているのを感じるラーメンである。地元民にとってなんとも不気味な違和感を感じるラーメンである。もちろんこれらを「博多ラーメン」等と呼ぶのは論外であると断じる。「マズイ」と言うより「キモイ」のである。

斗樹は、最初に食した時には、匂い消しの生姜もニンニクも入っていない骨臭い骨粉汁を出されて閉口した。とても食べられるものではなかった。最近はそれよりはましなものを出してはいる。しかし相変わらず匂い消しが弱い。博多ラーメンらしい匂いも微弱。白湯濃度は中レベルだが味には魚系のような違和感を感じる。一口食して激烈な違和感を感じるのではなく、多くの点で多様な違和感が重畳して、結果として大きな違和感となっているという素敵なラーメンである。亀之助は「こうのすけ」と読むらしい。「これしかなかばい」とでかでかと書いてあるのでこれを店名と思っている人もいる。前身は真性博多ラーメンに分類するべき非常に良く出来た博多一番という店だった(真性退化系に分類した「満てん房」も前身は同じ博多一番で、これも非常に旨かった)のだが、その後店名が変り、味も徐々に劣化。今は魚系の味と香りがそこはかとなく漂うこれまた素敵な違和感博多ラーメンに変貌。六角堂も、前身はややブレが目立つも真性博多ラーメンに分類するべき良く出来た八角堂という店だった。その後六角堂となり、味は猛烈に劣化。匂い微弱。白湯濃度はあるも、味は魚系のような複雑な味。かなりの違和感を感じる。マグロ油入り博多ラーメン(地元の人間には耐えられない組み合わせである)など出しているせいなのか。濃麻呂はトリガラスープのような味で、博多ラーメンとはかけ離れた味である。特筆すべきは、この店は福岡発の店で、地元でもこれと同じ味を出していること。地元でこの味で商売が続いているのに驚嘆している。天慶は、とにかく高い。非常に高い。素ラーメンでは東京一高いのではないか。ということは全国一高いと言うことである。で、匂い、味はスカスカ。おまけにベーコンのようなスモーク臭をかすかに感じる。こういうシロモノが「博多ラーメン」の名の下に高い金を取って売られる。東京とは面白いところである。

  
  

2.3  東京過剰適応系  (コラーメン)

(定義はこちら)

東京だけで「東京の博多ラーメン」を食べ歩いた「意識の高いラーメンフリーク」に人気の高い店である。いろいろと個別にファンやアンチがついているようだが、本サイトでは細かい区別をつける必然性はほとんどないと断ずる。

いずれも東京の博多ラーメンフリークには人気が高い店である。細部において差異がない訳ではないが、香りは地元のものを満足させるに十分ながら、コラーゲン強化が目立つ「コラーメン」であることにどれも変わりはない。各店個々のファンからは反発を食らうのは必至だろうが、私にとっては濃淡の違いこそあれ、取り立てて区別する必要を感じない。そういう意味でここにひっくるめて構わないと判断する。ただしコラーゲン強化度には強弱がある。一番は御天。これはずっと変わりない。以下、リスト上から下へわずかなグラデーションを描いているが、違いを強調する程ではないと判断する。要するにひっくるめて「コラーメン」で構わないということだ。もりやについては一言。このグループに属するものの中では最も後発のこの店は、コラーゲン強化ラーメンではあるが、その程度は他に比べてかなり抑えられている。もしこれが真性博多ラーメンへの回帰を意味するなら、それは新たな方向として認識されるべきだし、個人的には歓迎する。

所で、このジャンルに関してぜひ指摘したいことがある。これらのうちのある店については、ブレがあり、たまに薄いときがあると指摘(非難)されるものがある。またいくつか支店がある店で、特定の支店はそれらの中でも薄いと指摘(非難)されるものもある。と言うことは…そう、コラーゲン強化を評価しない私にとってはその方が好ましいということになる。と言うわけで、この手の店にはちょくちょく出没している。「私にとって当たり」の時には思わず微笑んでしまうほど良いと感じる。これらの店がちょっとその気になってコラーゲン強化を止めてもらえれば、多くの東京在住地元民に支持されるようになることは間違いないだろう。

  
  

2.4  東京巧妙適応系  (トリック麺)

(定義はこちら)

言わずと知れたあの一風堂の生み出した味である。博多ラーメンのエッセンスである香りを抜いた上で味を強化した代表的アレンジラーメンである。アレンジと言う明確な意図を持って「発明・創案」された、博多生まれの非博多ラーメンだ。地元では「観光客用ラーメン」と呼ばれていることは、地元発ながら地元民からは異端扱いされていることをよく表している。好きな人は好きなのであろうが、もちろん私は決して食さない。

この味が今や「東京博多ラーメン」の一つのスタンダードになっていることは間違いない。流石にこれだけ成功しただけあって、最近はそのまんま一風堂のフォロワー(笑)も非常に多いようである。(フォロワーというよりエピゴーネンと言うべきであろうが。)「風び」や「砦」はそのような店らしい。もっともこの2店はスープの力強さに決定的に欠けているが。ほとんどの店は私の興味外だが、ただちょっと面白いのが「虎」である。同じ一風堂系ののっぺりした味ではあるが、他のエピゴーネン達と違い、スープの質に何か惹かれるものがあって、一年半に一度くらいのペースで通っている。「博多ラーメン」を食べるつもりなら絶対にやらない「卓上のトッピング追加」もこの味なら合うのも面白い。そして長年に渉って味がまったくぶれていない。同じ一風堂系でも色々である。○助は「長野から来た博多ラーメン」だそうな。微妙である。変である。味も微妙。変。系統的にはここに入るだろう。

で、始祖とかフォロワー(笑)とかはどうでもよいのだが、これに関して、「秀」と「やまちゃん」については是非書いておかなければならないことがある。それは、この2店はいずれも地元の店の東京出店であり、しかも地元の味とは全く違う味を出している、ということである。「秀」は、福岡でも有名な「八っちゃん」「だるま」などと縁のある「秀ちゃん」の出店である。(特に八ちゃんは地元でほとんど極限的な濃度の店として有名である。もちろんその「濃さ」はコラーゲン強化などの手段によるものではない。)地元の「秀ちゃん」は次々に味を変え、現在では地元基準ではとても博多ラーメンとはいえないような「不思議な味」のラーメンを出す店になってしまっている。もちろん東京の「秀」とも全く別の味である。昔からその味を知っているものにとっては、この変貌振りには「当惑」以外の何者でもないと思う。地元では地元の昔の味を出さず、東京では東京で受けの良い味を出すという現状は、私にはもう理解の範囲を超えている。一方「やまちゃん」は地元に屋台と路面店があるが、ここは本当に王道的な旨い博多ラーメンの店である。飲みの締めに旨いヘビーなラーメンだ。東京店とは似ても似つかない味である。いつもこの味を食べて「ああ、地元にいるんだ」と感じる力強さがある。だから地元の味を知っている人は、同じ味を求めて東京店に行くと完全に肩透かしを食らう。両店とも、地元で築いた看板のみを用いた戦略的展開店であることは承知しておいた方がよいだろう。そういうやり方を私は評価しないが、それは店の存亡を掛けた戦略なのだろう。とはいえ、これらの店の戦略は「東京では東京でウケの良い味で売る」と言う意味で一風堂フォロワーと共通しており、結果として味も同じ方向を向いてしまっているということなのであろう。

  
  

3. その他


(定義はこちら)

こうやって一まとめにしているが、要するに「分類に困る店」である。

さて、ここに含められる店はどれも多かれ少なかれすべて地元の古式ラーメン(とでも呼ぶべきもの)と関連がある。この古式ラーメンについてはいずれ別項を設けたいので、そちらで論ずることとしたい。

  
  

まとめ


以上が俺様流東京の博多ラーメン店ショップガイドである。東京の博多ラーメンという極めて特殊な話題をこねくり回したサイトをここまで読むような人は、よほど博多ラーメンに興味を持っている人だろうと想像する。そういう人は是非上記分類の是非を自分の舌で検証してみて欲しい。贔屓の店が上記分類に含まれていたなら、その同類とされる店を食べることから始めても良いだろう。興味を持った分類があれば、その分類に含まれる適当な店から始めれば良いだろう。いずれにせよ、食品の批評は実際に食べることから始まるのは当然のこと。共感であれ反発であれ、全ては自分の舌で確かめてからにしてもらいたい。もし本ガイドが混迷する東京の博多ラーメン事情に戸惑う人の一助となるなら、それは本サイト作者にとっての大いなる喜びである。

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