新・東京の博多ラーメン!!

  

第二部  第一章  天国と地獄

一  東京の福岡人

前世紀の終り近く、私は福岡で一つの決断を迫られていた。勤務先のオウナーの使い込みが発覚して、会社中が大騒ぎになっていたからだ。とは言うものの、半数近い社員が退職を検討し苦悩する中、私は他の人よりも早く、あっさりと退職を決めてしまった。以前からこの会社にもこの業界にも将来はないと腹を括っていたからだ。そして出した結論は「東京へ行こう」という脳天気なものだった。確かに東京なら地元よりは職が見つけ易いだろうと期待できるし、一年程職を探して、だめなら最悪また地元に戻れば良いという裏付けもあった。そしてなにより、産まれてこの方出生地近傍以外で暮らしたことがないという人生の果てに陥った、なんとも言い様のない閉塞感と視野狭窄症の自覚症状をどうにかしたかったというのがその最大の理由だった。こうして住所未定無職のお登りさんが 30+x 歳にして東京デヴューを果たすこととなった。ちなみに元の勤務先だが、オウナーの逮捕であっけなく倒産したことを風の便りに聞いたのはその約一年後のことだった。

求職の問題はさておき、生活に関しては何の不安もなかった。福岡に比べれば遥かに大都会である東京のこと、便利になることはあっても不便になることは無いのは容易に予想できた。しかしその中でも、ただ一点だけ生活上の不便に対する不安があった。それは「ラーメン」のことである。私より先に東京に出た同郷の友人が異口同音に訴えるのは「トンコツラーメンが食べられない」という不満だった。それはほとんど悲痛な叫びと言うべきものだった。例えばある私の友人は、帰省すると福岡空港からタクシーで直接ひいきのラーメン店に乗り付け、まずトンコツラーメンを食べるのを常としていた。御相伴に与った私は、彼の流す髄喜の涙や歓喜の表情と伝え聞く内容から事態の深刻さを伺うのみだった。そのときには全くの他人事で気にも留めなかった事が、今度は自らの問題になったという訳だ。ご案内の通り、ラーメンは博多っ子にとってのソウルフードだ。もちろんラーメンだけがソウルフードであるというのではないが、博多っ子のラーメンに対する思い入れの深さは格別のものがある。そして、地元では却っていつでも食べられるが故に、頻度で言うとそれ程食されないラーメンも、食べられない事態に陥って始めてその思い入れに気づくと言うのが普通なのである。さて、おっかなびっくり東京に出て来た私だったが、幸いにも仕事が見つかり、東京での生活も軌道に乗り始めた。仕事が見つかった事はもちろんだが、なにより私を喜ばせたのは、当時東京では空前の博多ラーメンブームが起きていたことだった。これを知ったときには、なんと運の良い事なのか!と単純に「天に感謝したい」というような気分だった。…だが、このような幸福な時期は長続きしなかった。今から思うとそれは最初の数ヵ月でしかなかった。

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