新・東京の博多ラーメン!!

  

第二部  第二章  高慢と偏見

二  悪徳店の栄え

さて、これが私が言いたいことの全てなら事態は単純なのだが、そうではない。事態が複雑なのは、この手の伝統的博多ラーメンの尺度からかけ離れた味のラーメンを出す一群の店に、地元発のチェーン店(すなわち福岡で店舗展開を開始し、東京にチェーン展開を広げた店)が含まれるということだ。その一つは、私の記憶する限りトッピングなる名称で(本業での商品である)明太子をラーメンに入れるという気持の悪い事を始めたチェーン店だ。東京にも早くから進出している。また別の一つは、芥子味噌を溶いて食べるという、私の記憶する限りで博多ラーメンにはそれまでなかったやり方を始めたチェーン店だ。うっとおしいCMを地元で流し、東京にすかさず進出している。またさらに芥子味噌を(大層な名前をつけるという賢い改良を加えて)パクった上に、珍奇なシステムをマスコミを通して喧伝している某チェーン店は、さらにそれをパクった店が先に東京に現れて大慌てをしている。これらに加え、横浜にある某集会所に進出し、同じくマスコミに乗って地元のみならず東京で展開しているチェーン店を合わせて、私は「戦犯」と呼んでいる。

残念ながらこの手の店は、東京では確実に博多ラーメンの代表扱いされている。だがこれらのチェーン店は地元でも良い評判は聞かない。その最大の理由は、その味が地元の標準的においしいとされる伝統的な味からかけ離れているからだと私は考えている。しかしそうであるなら、それらは単なるまずい店として嘲笑されるだけのはずだ。私は、これらの店は味の面で伝統破壊者であることだけでここまで忌み嫌われているのではないと思う。それではなぜ嫌われているのか。次のような理由があると想像する。まず、(1)味の面で伝統破壊者であることはさておき、伝統破壊者のくせに看板は伝統後継者のふりをしている(「博多/長浜ラーメン」を名乗っている)こと。さらに(2)味より仕掛けなどの新奇性で話題を呼び、これをマスコミに巧みに乗せることで評判を取っていること。そして(3)「東京の人から見ると、元々地元にあったものが東京に出て来た上に盛んにマスコミに取り上げられるのだから、これらの店の出すものは本場の美味しい味なのだろうと考える」という隙に付け込んで、地元標準から大きくかけ離れたこれらの店が地元以外の土地で地元の代表だと受け止められていること。以上の3点が挙げられると思う。まとめて言うと「地元では通用しない伝統からかけ離れた味を目先の新しさでごまかした店がマスコミを巧みに利用して他所の土地で地元の代表ヅラをすること」と言える。これらについては、私も本当に不愉快に思う。(もちろんマスコミに大々的に露出しても、その味が良いのなら許せるはずだ。)地元で美味しいと評判の店で無節操なチェーン展開をする店はない。また東京にも、後のお店ガイドで紹介する通り、個人で着実に本当に美味しい博多ラーメンを出す店もある。そのような店は話題になることもなく、地道に美味しいラーメンを出し続けている。このような優良店と「戦犯」はその姿勢が余りにも違い過ぎる。

「戦犯」達がこのような状況を作り出す際に最も大きな力を貸したのはマスコミである。今では、雑誌やテレビでは「ラーメン」は確実に人気、評判が期待できる「稼げるテーマ」となっている。またこれとの相乗的効果で、例の集会所の成功など本来の飲食業としても「ラーメン」は「稼げるカテゴリー」になっている。本来個人商店に近所の馴染みが通う小さなビジネスだったラーメンが、ローテーションを組んだりチェーン展開したりして儲けようと言う人達や、ラーメンそのもので儲けようというのではなく、それをネタにしてに儲けようという人達(マスコミは「ラーメンをネタに生活する元一般人のラーメンプロ」さえ生み出している)のものになっている、すなわち以前と比べればもっと大きなビジネスに変わって来ているということだ。これに伴ってラーメンはビジネスの理論に支配される存在になっている。その結果、ラーメンを取り巻く状況は、(スケールは違うのだが)宣伝に大金を投じ、内容も大衆迎合、新奇性優先で作成されたハリウッド大作に良質なヨーロッパ映画が吹き飛ばされる、という構図に似たものに近付きつつあると言える。すなわち内容よりも煽って話題を取って沢山売ったものの勝ちということだ。その際の大衆扇動、が言い過ぎなら大衆誘導の尖兵こそマスコミだ。彼らに取ってはラーメンそのものははっきり言ってどうでもよく、人気、評判が取れるかどうかが関心事だ。だったら自ら努力しなくても先方からアプローチしてくれる店を取り上げるほうがずっと楽だろう。また多くの点で新奇な店も話題になりやすいし、一度人気の出た店を取り上げる続けることは楽に一定の人気を稼げることでもある。このような構図が東京の博多ラーメンの現状を作り出していると考えられる。

それではマスコミに対抗できると期待されるインターネットはどうだろう。東京での博多ラーメンブームとインターネットのブームはまさに車の両輪のごとく並行していたと言える。当然ラーメンを扱うサイトは多数ある。しかし単にうまい/まずいを羅列したものなら主観の問題でとやかく言うことではないが、博多ラーメンのスタンダードを外れたとした思えないものを「博多ラーメンの代表」などと言い切っている無邪気、傲慢、的外れ、悪質とさえ言えるようなものも散見される。そこまでひどくはなくても、ネット上でしか見られない奇妙な主張もある。その最たる例は「化学調味料論争」であろう。化学調味料に対する私の意見は後に述べるとして、ラーメン店の紹介で触れるように、私にはこの奇妙な論争が現実のお店の味に影響を与えているように思われてならない。もしそうならそれは残念なことだと思う。また、ネット上の主張に対する信憑性は総じて低い(もちろん本サイトを含めて、としておく)ことは常識だし、その影響力もマスコミに比べれば遥かに低いと思われる。その一方、基本的にチョウチンしか書けないマスコミより有益な情報は多く、その点で遥かに優れているとも思われる。これらを総合すると、インターネットはマスコミより功は多く罪は少ないと思われる。

私が東京に来てから数年経つが、長い目で見れば、ブームに乗って適当なものをでっちあげて、それに「博多」とか「長浜」とかの名前を付けてお手軽に売り出そうという安易な発想で経営している店は、結局淘汰されているように思われる。そういう店の中でも、マスコミを巧みに利用する店はまだ生き残っているが、インターネットのある現代では「クチコミ」の威力は相当に大きなものになってきており、やがてその実体が広く知られるようになるのではないかと考えている。本サイトもその一助となれたらと私は希望している。

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