茶人ライバル物語 如心斎と一燈宗室
如心斎と一燈宗室


 兄の如心斎が弟の一燈宗室のところへ茶に行ったときのこと。一燈に請われるまま、如心斎は炭をついだ。同席していた水雲という一燈の弟子が見ていて、如心斎が帰るやこんなことを一燈に言う。「如心斎という方は花は上手ですけれど、炭は下手ですね。」一燈は笑って答えた。「そんなことはないよ。私は花はまずまずやるほうだが、炭は下手だ。だからそれを隠すのに炭点前にアヤをつけるのさ。兄が炭点前を何なく平々凡々にやってのけるのにはとても及ばないよ。」
 一燈宗室の言葉に謙遜の意味が含まれるのは言うまでもないが、茶の湯にとって当たり前にすっと済ませることは一番難しく、一番大切なことである。

 如心斎と一燈は兄弟であるとともに、利休の伝統を守る二つの千家を担う人であった。如心斎にとって十歳以上年下の弟一燈がライバルということはありえぬとしても、一燈にとって兄は目標であり、ライバルでもあったに違いない。兄から受けた茶の修業を、一燈は更に自分流に完成させようとした。一燈は著書「ユウ玄(又の中にゝ。以下、叉と記す)夜話」のなかで新しい家元像について記している。そして兄から受けたものを、再び兄の遺児ソツタク斎(口へんに卒、王へんに豕とゝ)に伝えようとした。
 宝暦八年(1758)一燈宗室は宗旦百年忌を修して百会の茶会を開いた。その十二月十五日の茶会を写す。


    i 一一 
  同 中   同
  跡 略 掛道十
  見 j 物具五
       道日
      元断 
叉天叉   伯 夕
玄然玄   道 飯
斎宗斎   号 後
門左門      
弟門弟      
 弟       
         
中矢速    千千
村野水      
宗宗宗    玄宗
扇務達    室左


この千宗左は如心斎ではない。わずか十五歳のソツタク斎宗左である。当時十二歳の息子石翁玄室と宗左の二人だけを客に後見に高弟子を据えての茶会である。千家の将来を二人の若人に期待する一燈の心が痛切に感じられる。十五歳の宗左の姿に、一燈は同じ十五で裏千家に入り兄如心斎のもとに通ったかつての自分をダブらせたのではなかろうか


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