
あなたはこのところ野菜を十分にはとっていないとする。むしろ明らかに野菜不足だ。ビタミンが足りない。そう心配する。
惜しいことにあなたは自炊をしない。野菜を増やすように注文できる伴侶も親もいない。妻はいるが食事内容を指図したらぎろりと睨みつけられる。やあい。駄目旦那。尻に敷かれてやんの。失礼。冗談が過ぎた。貴殿がそうでないことはわかっている。だからもう泣きやんで欲しい。貴女が駄目旦那ではないことは言うまでもない。駄目女房でないかは私の預り知るところではないが。話を元に戻そう。
野菜不足を念頭において外で食事したときに呈される野菜をみる。あなたは定食を注文した。あなたの前に並べられるのは、ご飯と味噌汁と漬物と、そしておかずだ。それは豚肉の生姜焼き。あるいは鯵フライ。豚カツ。なんでもよろしい。おかずのとなりに添え物として野菜が出る。それは間違いなく千切りキャベツだ。
千切りキャベツ。この腹立たしい料理。料理と呼ぶのもおこがましい。ものだ。物体だ。
千切りキャベツがはびこるのは定食だけではない。あなたはボンゴレスパゲティを注文したとする。一緒に呈された野菜サラダの半分以上は千切りキャベツが占めている。定食との違いは、おまけとして櫛切りトマトがついてくるくらいだ。
キャベツ。栄養は豊富だ。ビタミンなどの必須栄養素はもちろん。貴重にも癌を防ぐ要素まで含まれている。インドールと呼ばれる化合物がある。癌細胞の栄養となるエストロゲンの活性を弱める働きがあるそうだ。胃癌、乳癌、腸癌を防ぐ効果があるらしい。
( 参考文献: 「食事で治す本」 Jean Carper 著 丸元 淑生 訳 )
ところがキャベツの栄養は緑色が濃い外側の葉に主として含まれているのだ。あなたが召し上がっている千切りキャベツの色を御覧になって頂きたい。サファイヤのような惚れぼれとする緑色を彩っているだろうか。そんなことはあるまい。くすんだ白色ではなかろうか。スーパーマーケットなどの食品売場に行けばわかるが、キャベツの外側の濃い葉は、なぜか剥ぎとられて捨てられてしまう。どんな誤解をもとにこんなおかしな慣習ができたのだ。
千切りキャベツが悪いところはほかにもある。その量だ。
ご存知のように千切りキャベツとはキャベツの葉を細い棒状に切ったものだ。それらをごわごわと盛ったものがあなたが昼食で召し上がったものだ。一見するとうっわ、ごっつ山盛りやん、ここの店はめっちゃサービスええわと悦に入るかも知れない。ご自分でキャベツを切ってみたまえ。ほんの二・三枚の葉からボウルいっぱいの千切りキャベツができる。一本の鉛筆を削ると大量のオガ屑がでてくるが、ぎゅうと押し潰せばほんのわずかな量になるまで潰れる。それとおなじだ。
あなたの目の前にある千切りキャベツは盛り上がっているから大量にあるように見えるだけだ。こんな詐欺紛いのものをあなたは食わされているのだ。
さらに千切りキャベツを加熱してみたまえ。けっこう野菜をとったよなとあなたが自賛した皿いっぱいの千切りキャベツも、加熱してしまえばスプーンひとすくいにも満たない小量にまで縮んでしまう。生野菜は大量に食べるには向いていないのだ。
いや。見た目だ量だ栄養だは副次的なものにすぎない。食事とは結局はうまいかまずいかだ。
千切りキャベツは不味い。この点だけで市井の千切りキャベツは極刑に値する。ごまかすのをやめて、真面目に考えて欲しい。あなたは千切りキャベツをうまいと評するだろうか。マヨネーズもソースも禁止されたとき、それでも千切りキャベツを食べたいと望むだろうか。生姜焼きの肉汁がしみた千切りキャベツならまだしも食える。しかしそれは肉汁がうまいのであって、千切りキャベツの功ではない。あなたはそのような援助を受けられるときしか千切りキャベツを口にする気にはならないのではなかろうか。
千切りキャベツは欺瞞のかたまりだ。わずかな量でも見た目はたっぷりあるように見える。そこで客はまず満足する。しかし味は酷い。それでも野菜は大切だから食べなきゃなと客は無理して食べる。まずいから、見た目と裏腹に量が少ないとわかっても文句を言う気にはなれない。
千切りキャベツが外食店からなくならない理由は明白だ。調理士にとってこんな便利なものはないからだ。作成はかんたん。キャベツの葉を重ねて切るだけ。ごわごわと盛れば量があるように見える。適当にマヨネーズでもかければ味付けは終了。あなたがたが不味いと思うかどうかなど調理士にはどうでもよろしい。なにせ千切りキャベツはどこの店だって出している。うちの店でだけ文句をいう客などいるものか。
いい加減にしたまえ。
キャベツがもつ本来の魅力を活かせ。
酢をかけて蒸すのだ。ザワークラウト。クミンシードで香りをほどこせば匂いをかいだだけで食欲がます。
グレイダーでおろして野菜スープにまぜろ。千切りキャベツにマヨネーズでは葉っぱ一枚分も食べられない。煮ればキャベツ塊一個分でもぺろりとたいらげられる。
せめて塩揉み。あるいは野菜炒め。これでも千切りキャベツより遥かにうまいし、量も食える。
添えものと言えばキャベツを千切りでとなる短絡な選択もやめていただきたい。アスパラガスのソテー。オリーブオイルをかけてハーブを振ったトマト。法蓮草のおひたし。炒めたブロッコリー。蒸して醤油をかけたカボチャ。ふかしたジャガイモ。茄子と茗荷の浅漬け。ああ。この食を進める友たち。
なにが千切りキャベツか。なにがマヨネーズをかけてお召し上がりくださいか。あなたも気づいて頂きたい。千切りキャベツは客を馬鹿にした侮蔑の品だということを。千人斬りのほうがよほどいい。