逸脱への助走
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'99. 8. 10 Tue.

三の品 『ひとつの皿で』


あなたはカレーをどのようにして召し上がるだろうか。カレールーと米とをぐちゃぐちゃに混ぜてから召し上がるだろうか。それともスプーンでひとすくいした米をカレールーに浸してから召し上がるだろうか。いずれにしても、カレールーと米とを別々に分けることはしないだろう。これらは混ぜて食べてこその料理である。

では丼物ではいかがだろうか。牛丼をぐちゃぐちゃにかき混ぜてから召し上がる方はいらっしゃるだろうか。天丼を混ぜて召し上がる方は、まずいないだろうが。それにしても、飯に乗せた素材と一緒に召し上がるのが普通だろう。全体をかき混ぜるにせよ、混ぜないにせよ。

複数の素材をいっしょくたにして口に入れて味わう。当たり前のように聞こえるかも知れないが、これはなかなか高度な食事方法である。とりわけ日本人はこの食事方法が好みらしい。西欧のコース料理のように一品ずつ食べるよりも、膳に並べた料理に少しずつ箸をつける作法をもって良とする。

さりとて。なんでも混ぜればよいというものでもない。互いに影響しあってそれぞれのもつ味を高めあう組み合わせもあれば、味覚が悲鳴をあげて賞味を後悔する組み合わせもあるだろう。

絶妙の組み合わせ。ぱっと思い浮かぶものでは、じゃがいもと茄子とにターメリックで味付けてクミンシードで香りをつけたものがある。私が適当に作った料理なので名前はない。作り方を書いておこう。じゃがいもはラップでくるんで電子レンジで加熱する。歯触りがしゃりしゃりしているくらいの加熱で十分だ。茄子は油で炒める。じゃがいもはサイコロくらいの大きさに切る。茄子はこまかく刻む。ターメリックをまぶしてじゃがいもと茄子をよくまぜる。塩や胡椒はお好みでかけて頂きたい。クミンシードを砕いてぱらぱらとふりかける。この料理は熱いままでも冷やしてもおいしい。ただし、じゃがいもと茄子をべつべつに味わってはだめで、かならず一緒に口にいれなければつまらない。じゃがいものしゃりしゃりした感触と歯にふわりと触れる茄子とがクミンの強い香りを引き立ててくれる。

最悪の組み合わせ。それは牡蛎フライとあのおぞましき千切りキャベツとが一枚の皿のうえに並べられた料理を食べたときだ。

千切りキャベツは不味い。これについては項を改めて述べる。

調理した側もそのことはわきまえているのだろう。千切りキャベツにはドレッシングがかけられていた。どろりとしたフレンチドレッシングだ。それは調理士のせめてものもてなしなのだろう。

だが。ドレッシングがどろどろと千切りキャベツの山から溢れるそのとなりに牡蛎フライを配置するとはどういう了見なのだ。調理士よ。

フライのうまさはいかにして衣をさくさくした心地よい触感に保つかだ。これに成功すれば、フライは素晴らしい料理となる。失敗すれば、それはゴミだ。生ゴミだ。

しかるにどろどろドレッシングが溜った皿のうえにフライを置いたらどうなるか。フライは液体状のドレッシングを衣に吸い込む。

その牡蛎フライの味。ああ。おぞましい。思い出すだけで背骨が震える。フレンチドレッシングをたっぷりと吸ってぶにゅぶにゅと湿った衣。水田に足を入れたことがおありだろうか。ぬるぬるの泥水が足の指の間を抜けるあの感触。あの感触を口の中に再現してみて頂きたい。衣だけではないのだ。中身は牡蛎なのだ。口が悪い人は嫌悪の情をこめて「鼻水」と称するあの牡蛎である。おまけに加熱が不充分で生煮えである。ぶにょぶにょである。衣はフレンチドレッシング味のぐにゅぐにゅパン粉である。歯で噛むとぐにゅりと柔らかい。さらに噛み潰すと、中からドロドロともっと柔らかいなにかがはみ出てくる。慌てて吐き出そうとしても相手はお構いなし。重力にしたがって舌をつたい、喉に流れる。胃袋を目指して物体がぬるぬると進む。ゲコッという信じ難い声が自分の声帯から発せられる。

複数の料理を供するのに一枚の皿で済ませてしまおうという横着は、もう、やめて頂きたい。それはあまりにも不幸な味の結婚をときとして引き起こす。混ぜることによって至高の味を実現する料理の組み合わせがあることは私も喜んで認めよう。しかし世の中にはこれだけは一緒にしてはならない組み合わせもまた存在するのだ。あなたが皿を一枚余分に洗う手間を惜しんだばかりに不幸な結婚の私生児を押しつけられた私の身にもなって欲しい。


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