貴重な体験


某月某日。金曜日。
朝風呂としゃれては見たのは良かったが着衣時にヨロヨロとした。その途端ビリビリと背中に電気が走った。「痛ッ」としゃがみこむと今度は腰部付近に激痛がド−ント押し寄せた。

運悪く一人で留守番中の出来事。そっと、ゆっくり、這うようにして横になり嵐が過ぎるのを待つ。落ち着いたかなと、そっとほんの少し体を動かしてみたら、そりゃ大変、氷づけの硬い体がハンマ−で粉々に打ち崩されるような残酷な痛みが、ずっとずっと打ち続く。

一巻の終わり、寝たきり老人、車椅子の生活。。。。。etc。悪い事のみが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。善人でこそあれ悪人では決して決してないのに、この仕打ちは神仏も何もない物かとボヤキやグチがほとばしる。     

玄関で只今の声が天の声に聞こえる。見捨てる事なく神様仏様が守ってくれたと感謝の念に変わる。相変わらずメデタイ男よと思し召しかも知れませぬが、これで救われたと正直ほっとした。

天声の主である女房は、打ちひしがれた哀れな亭主の姿に慌てうろたえ、シロドモドロに救急車を要請する。その上に焦る心を抑えに押さえ沈む心を奮い立たせ迷う心を振り払い、下の公園まで救急車を誘導に走り気丈にも公園から家まで案内する。しかもピポウ−ピポウ−と鳴り響く警報を三顧の礼を尽くして止めて貰ったのはさすがだ。お陰様で隣り近所で上を下への大騒ぎにならずに済んだ。

掛かり付けである整形外科に運んで貰うように、お頼みする。悪いことは重なるものだ。超大型家電が近くに進出して今日が開店初日、上下線ともに買い物客の車で渋滞。救急車と言えどしばしば立ち往生、長い長い道のりとなるも救助隊員の方々の心暖まる優しい対応に職業柄とは言え頭が下がる思いがする。 痛みがずっと薄らぐ。

血圧95−152。動揺した後にしては順当とみる。病院で待機中に女房も血圧を測定する。最低血圧108−最高血圧162。かってない高さにビックリ仰天。その場でリハビ−リ−治療を受けて難を逃れる。

更に悪い事には当病院は労災のリハビ−リテ−ション医院に切り変わっているので一般者は入院する事が出来ない。訪問診察にして欲しいと要請される。

タクシ−を呼んでベッドより車椅子に乗ろうとするも起き上がれず。もう少し様子をみようとタクシ−を断る。座薬を入れて痛みがおさまるのを待つて右手を女房の首に左手を肩に巻き付け看護婦さんが左右に一人づつ付いて腰と尻を引っ張り上げてくれるも、なかなか上手くいかない。自分自身も腰痛の持病がある女房が、それにもかまけずソレ、ヨイショと掛け声とともに何とかして家に連れて帰ろうとする姿勢に感極まる。ぐっとツバを飲み込んで1,2の3の掛け声に合わせ三人総掛かりで、やっとの思いで車椅子に乗り移った、いや移された。

タクシ−の乗り場まで連れて来られたが今度は車椅子からどうしても立ち上がれない。腰抜け、腰砕 けとは、この事かと思い知り情けなくなる。不覚にも涙が頬を伝う。

偶然にも、この様子を院長先生が見ていて下さって、これはむりむりと言って特別に病室を作るように指示してくれ3階にある、ナ−スステ−ションを急きょ一人部屋の病室に変えて下さった。遠慮せずに良くなるまで気長く入院して結構ですよと院長先生が声を掛けてくれる。ありがたい。     

某日月曜日。入院4日目。
5時30分。 寝たまま窓のブラインド引き上げる。車のライトが見える。    

6時00分  ラジオを聞きながらお茶を横寝の、まま飲む。    

7時00分  病室の窓より日の出を見る。カラスの群が西より東へ飛んで行くのをベッドで羨ましく見る。    

7時30分  シビンを取り替えに来てくれる。笑顔の挨拶に元気を貰う。    

7時50分  先生診察に来てくれる。注射を腰に打つ。うんと楽になる。昨日診察してないのを心配してくれる    

8時10分  朝食。残さずに皆食べる。薬を飲む。美味しいお茶を横の病室の方に頂く。    

8時50分  看護婦さんホットパックを持参して腰を暖めてくれる。気持ちが良くなる。    

10時30分 床の掃除に来る。世間話で憂さを晴らしてくれる。    
11時00分 女房来る。新聞、飲食物を差し入れ。    

12時00分 昼食。薬を飲む。   

13時15分 リハビ−リ治療に一階に車椅子で降りる。女房も一緒にうける。終わって女房は家に帰る。    

15時00分 先生回診。元気づけをしてくれる。    

15時40分 友人見舞いに来てくれる。一階のロビ−にて車椅子で面会。    

16時30分 女房来る。着替える

17時10分 夕食。薬を飲む。   

19時00分 女房帰る。    

21時00分 消灯。     

先生の診断結果は瞬発力を発揮する筋力は並外れに発達しているが、それを持続させること、つまり働き続けさせようとする筋力は相当しなびている。このアンバランスが病因である。要するに「好きやすく、飽きやすい」肉体であり、性格である空元気は「よせ」との忠告のようだ。     

忠告どうりの人と知ってか知らずか、かいがいしく動く娘二人に目を見張り目を細くする。これまでの経験がそうさせるのか持って生まれたものなのか、よく気が付き、よく働く。日頃男子、男の子が欲しいと口癖のように、ほざいて居たのを後悔する。ゴメン。女系家族バンザイ、バンザイだ。

励ましの言葉、優しい言葉、その言葉の使い方、タイミングの良さが薬以上に回復剤になることを教わり感銘を受けた9日間でした。救助隊員の方々、先生、看護婦さん、整体士さん、病院勤務の方々、友人、知人、家族本当にありがとうございました。     

この貴重な体験を糧にして今後の教訓とし、どこかで誰かに少しづつでも分け与えたい。それが今回得たご恩に報いる道だと信じています。

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