たこやきの歴史

たこやきはどのようにして今の形になったのでしょう?


1.ちょぼ焼き 時代

大正時代、今のたこやき鉄板のように窪みがついた鉄板で小麦粉をといたものを「ちょぼちょぼ」と焼いた所からこの名がついたようです。中身はこんにゃく等でした

2.ラジオ焼き 時代

ちょぼ焼きより幾分大きく焼いたものがラジオ焼き。当時、流行最先端の機械「ラジオ」から命名したと言う説があります。中身は肉(スジ肉を入れていた店も)でした。

3.たこやき 時代

昭和10年代に大阪でラジオ焼きを焼いていた屋台に明石から来た客が「明石ではたこ入れている」(明石焼きのことでしょう)と言った一言がたこやきの始まりだと言われています。この頃は生地に醤油で味をつけていて、ソース等はかかっていませんでした。今でも「素焼き」の名で何もつけないたこやきを売る店もあります。


たこ焼が先か、明石焼きが先か

結論から言えば明石焼きの方が古いようです。明治の中ごろには明石焼きの屋台がすでにあったという事です。

明石焼き発祥にはいくつかの説があります。
一つは明石の殿様に納めるお菓子を作る際に卵の黄身だけを使い、残りの卵白から玉子焼が生まれたという説。
もう一つは天保年間に江戸のべっ甲細工師が明石に滞在中、模造サンゴ(明石玉)を作りかんざしとして完成させるために接着剤として卵白を使用し、残った黄身と当時よく取れたタコを利用して明石焼が生まれたとする説。
それから、主婦が卵焼きの具がなくて困っていたところ、たまたま残っていたタコを入れてみたら 意外と美味しかったからという説。主婦の私としては3つ目が有力だと思うのですが・・・☆