The History of Ketchup/Catsup

 

 

         ケチャップはketchup と catsup の二種類の綴りがあります。

         「おいしいアメリカ見つけた」松本紘宇著 によると、ケチャップは元々、古代中国に原型があり、

         ニョクマムのような魚醤で、発音は「ケ・ツィアプ」。

         それがイギリスに伝わり、音も変化したうえに、元々のレシピがないため、オリジナルとは違う

         ソースが出来上がり、アメリカの植民地にそのまま上陸しました。アメリカでは、カリブ諸島由来の

         バナナやマンゴーが加えられたり、当時まだ珍しかったトマトも加わったり・・・。マンゴー味や

         バナナ味のケチャップが1940年まで存在していたというのですからオドロキです。

         19世紀のアメリカのレシピにグレープのケチャップやマッシュルームのケチャップを見つけて、

         なるほど、ケチャップって今のケチャップとはずいぶん違ったんだ、とうなずきました。

         さて、もう少し詳しく掘り下げるため、「Pure Ketchup」(Andrew F. Smith)を紐解いて・・

         まず、起源には二つ説があります。

         ひとつは“caveach”フランスの“escavech”、アラビアの“iskebey”というどれも酢漬け

         (ピックル)に近い用語から来ている、とする説。ヨーロッパ、アラブ世界に元々あったやり方が

         進歩したということになるでしょうか。

         もう一方は、アジア由来とする説で、マレーシアの kitjap という言葉から来ているといいますが、

         マレーシアの辞書にはケチャップは中国が発祥の地だとしているとしてあり、中国の ke-tsiap

         =酢漬けの魚の汁、つまり魚醤、ニョクマムのようなものに辿りつきます。        

         しかし、中国史研究家によると、ke-tsiap という言葉は、中国本土でなく、トンキンと呼ばれた

         ベトナム北部に住む中国人の使っていた言葉であるとか。結局はっきりしとは断定できないようです。

         で、綴りについても ketchupが正しいとする説とcatsupこそ真、とする説があり、これも二手に

         主張が分かれています。

 

         ともかくも、ケチャップはイギリスにやってきました。イギリスでは“東インドのソース”として

         認識されており、東インドというのは現在でいう東南アジア、ことにインドネシアを指しています。

         18世紀の航海紀行には“ケチャップ(ketchup)はトンキンのものが最高で、中国でも作られて

         おり、中国のはすごく安い”とあります。1680年以前にすでにイギリスに輸入されていました。

         初めてケチャップのレシピが、英語で出版されるのは1727年、スミス夫人の「完璧な主婦

         または洗練された淑女の友」という料理書の、“英国式 Katchopの作り方”です。

         ちょっと中身を見てみますと、

         アンチョヴィ12〜14尾、シャロット10〜12本、2種の白ワイン、白ワインヴィネガー、

         スパイス・ガローレ(ジンジャー、クローヴ、メイス、レモン・ピール、ホースラディッシュ、

         ホール・ペッパー、ホール・ナツメグ)がその材料。他にもマッシュルームの汁を加えるとよい、

         とあります。このレシピは人気があったのか一般的だったかしたようで、同じものが繰り返し

         他の料理書に登場します。アンチョヴィを使うところ、やはり魚醤っぽい味でしょうね。

         この時代、イギリス以外のケチャップのレシピはたった一つだけ残っているようで、1732年の

         料理書に載っています。ベンクーリンというスマトラの英植民地のレシピで、キドニー・ビーンズ

         が主要材料になっています。キドニービーンズというのはご存知の方も多いと思いますが、

         赤いんげん豆ですね。肝臓みたいな色形でキドニー、かな?

 

         ケチャップはイギリスでまたたくまに広まり、ことにマッシュルーム・ケチャップが好まれました。

         マッシュルームの汁が加えられるこのケチャップは感じとしては干し椎茸出汁(?)、そして

         アンチョヴィの方は煮干し出汁(?)風味といったところでしょうか。どちらにもスパイスと、

         ワインもしくはビールのアルコール類が加えられるのは同じでした。なーんとなーく想像はつく

         ような感じなのですが、一言でいえば野趣のある、といった感じですね。

         アンチョヴィだけでなくムール貝や牡蠣などからも作られました。この他、もう一種類、

         クルミを主原料とするケチャップがありました。まだ青いクルミをすりおろして汁を絞り、その

         汁にアンチョヴィやスパイス、ホースラディッシュを加えるというもの。これはまた複雑な味そう。

         ともかくもケチャップの概念、変わりませんか?これで。18世紀、これら英国式ケチャップが

         アメリカに渡りました。

 

         で、いつトマト・ケチャップになるわけ? といいますと・・・アメリカでのことなんですね。

         イタリア移民のフランシス・ヴィゴが、トマト・ケチャップを作ったという記録があります。

         彼は1782年にノヴァ・スコシアに移住したのですが、トマト・ジュースとビーフのグレイヴィを

         混ぜて彼オリジナルのケチャップを作りました。

         1812年、フィラデルフィアの科学者ジェイムズ・ミーズがトマトケチャップのレシピを

         初めて出版しました。材料は裏漉しのないトマトの果肉と数種のスパイスのみで、どろりとした、

         どちらかといえば今日のトマトソースみたいなものだったようで、マッシュルーム・ケチャップ

         に軍配が上がったようです。こうしてしばらくはトマト・ソースとケチャップの違いは余り

         ありませんでした。今日のトマト・ケチャップには多量の酢が含まれていて、差違がはっきりして

         いますよね。また、逆に、アンチョヴィをベースに仕込んだトマト・ケチャップも存在しました。

         このように19世紀初めにトマト味もケチャップの仲間入りを果たしました。缶詰業者がトマト

         ケチャップの製造を始めた頃は、レシピはまだホームメイドのもので、それぞれの業者が秘密の

         レシピで作っていました。だから味はもちろん、さらっとした液状のもの、どろどろのものと

         さまざまで、その色は茶色。イエローやグリーンのトマトも含まれていたためだそうです。

         南北戦争後のトマト缶製造業の発達につれ、ケチャップの生産量も伸びました。あのスープ缶で

         有名なキャンベルも元々はフィラデルフィアの青果卸業を営んだ後、初期のケチャップ製造に

         携わっています。1860年代にはかなりの数のトマト・ケチャップ製造業者がいましたが、

         それでもハインツ Heinz の登場まではケチャップは大した存在ではありませんでした。

         ハインツが食品業界で働き始めたのは25歳の頃で、業界そのものがまだ若い時期でした。

         最初、ピクルスやホースラディッシュ、ザワークラウトなどを売っていましたが、1875年の

         経済恐慌のあおりを受けて倒産寸前になり、会社の社運をかけて売り出したケチャップが大当たり。

         90年までに会社は急成長しました。ハインツのケチャップには何種もあり、クラス毎にブランドが

         ありました。綴りもKetchup とCatsup の両方を使っています。19世紀末には英国とカナダで

         大量に売れ、オーストラリアやニュージーランドにも輸出されるように。

         この時期、まだマッシュルーム・ケチャップやクルミのケチャップも健在、オイスター・

         ケチャップも20世紀初頭まで人気があり、ハインツにもマッシュルームのケチャップがありました。

         とはいえ、トマトケチャップの方が大量生産に向き、値段も安価、大衆の人気を勝ち得ていくわけです。

         また、ケチャップはボトル売りのため中身が見え、濁った茶色より赤い方が購買者にアピールしました。

         ハインツのケチャップのレシピ改良は続き、ここである事件が起こります。

         ハインツ社はこれまで使用されていた安息香酸ナトリウムという保存料を廃するべきだとし、大方の

         製造業者と対立することになったのです。この問題は農業省だけでなく時の大統領ルーズベルトをも

         巻き込みました。食品検査委員会や大統領が召集した人々の会議など何度も討論の機会がもたれ、

         ハインツは業界から糾弾され、逆に反保存料キャンペーンを打ち、長い闘争の結果、勝利しました。

         これによってそれまでアメリカでお馴染みだった“ブルー・ラベル”ブランドのケチャップは消え、

         ハインツのひとり勝ち、という感じになったのです。

         日本ではお馴染みのデル・モンテは、店には棚の下の方に少し置いてありますが、ケチャップと

         言えばハインツ、が現在でもアメリカの常識といえるでしょう。最近ではタバスコ風味のレッド・

         ボトルとグリーン・ボトルも出ています。

 

         昔なつかしケチャップの味を試してみたい方に以下レシピをのせてみました。

 

        <グレープ・ケチャップ>  from "The Housekeeper's Encyclopedia" E. F. Haskell, 1861

          熱湯にグレープを入れ、1クォート(950ml)のグレープにつき小さじ1のシナモン、

          メイス(ナツメグの仮種皮を乾かしたもの)と小さじ1/2のクローヴを加え、一時間ぐつぐつ。

          漉して、1クォートのグレープにつき1ポンド(454g)の砂糖を加え、火を弱めて煮続け、

          ジェリー状になったらワインか酢を加えて少し薄め、よさそうになるまで(?)煮る。

 

         <オイスター・ケチャップ>  from "The Universal Receipt Book" Richard Alsop, 1814

          牡蠣100個、1ポンドのアンチョヴィ、3パイント(1パイント=480ml)の白ワイン、

          スライスしたレモンを一個分、レモン皮を1/2個分、を一緒に弱火で一時間煮る。

          布で漉して、ナツメグとメイスを各1/2オンス(1オンス=28g)ずつ加え、しばらく煮て、

          エシャロット12個を加え、冷やして、瓶詰めする。

 

         <マッシュルーム・ケチャップ>  from "The Experienced English Housewife", 1771

          1ペック(=8.8L)の十分開いたマッシュルームの傘を手で潰して深鍋に入れる。

          1/3ポンドの塩を加え、布か紙で鍋を覆って、冷たいオヴンの中に一晩入れておく。

          翌日それを漉して、汁を15分間煮る。それから1クォート毎に1オンスのブラック・ペッパー、

          1/4オンスのオールスパイス、1/2オンスのジンジャー、メイスの大きな葉片二枚を加え、

          20分間以上煮る。それを冷まし、瓶詰めして栓をしっかりして、ロジンに瓶の首をちょっと

          浸しておく。(ロジン:松やにからテレビン油を蒸留したあとの残留樹脂)

           

          参考文献:「Pure Ketchup - A History of America's National Condiment」 Andrew F. Smith

               「おいしいアメリカ見つけた」 松本紘宇

 

 

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