クマラのファイル集   食材 3

Kopi  Coffee  珈琲  コーヒー


   コーヒーの香りがしていますか。もしまだでしたら、さっそく準備をして下さい。できればコピーブブックがいいのですが、なければインスタントコーヒーか缶コーヒーをおすすめします。

コーヒーがインドネシアに入ったのは1690年オランダによってイエーメンからアラビアコーヒーをジャワに導入。1696年ジャワ・スマトラ・チモールなどの植民地で栽培事業を開始。ジャワでは1720年から輸出するまでに発展し、1808−1811年にジャワ総督がコーヒー栽培を強制したことによって今日の名声を得た。

コーヒー属の植物は熱帯アジアとアフリカに40種あって、うち数種がコーヒー原料となる種実を目的として栽培されるが、それらのうちで最も重要なものはアラビア・コンゴ・リベリアの3種です。世界で消費される90%がアラビアコーヒー(アラビカ)で、風味芳香にすぐれ、コーヒーの最優品を生産するが、病害に対する抵抗性が弱い。スマトラのマンデリンmandhelingは世界最高級品種といわれ、種子は大豆大、酸味、苦味を兼ね備え、上等なコクがある。

中央アフリカのウガンダ、キンシアーコンゴ原産のコンゴーコーヒーはアラビカ種に品質は劣るが、香気は遜色無く、成長速やかで、結実早く健強で、低地でも栽培可能です。収量が多いため、アラビカ種の補給用として経済的に作られている。全コーヒー栽培面積の9%程度しか栽培されていないが、アラビカ種よりも豆粉からのコーヒー製造過程で香りが蒸発しない長所があるため、インスタントコーヒー用として重要視されている。特に、1879年アジア地域に発生した葉さび病でアラビカ種が全滅した後を受けて1915年病害に強いロブスタ種によってふたたび栽培が始められた。ジャワの最優秀製品W,I,Bno.1はロブスタ種から作られ、スマトラにはパレンバンPalembangEK-1と称する製品がある。

リベリア原産のリベリアコーヒーは樹高16mにも達し、年間開花結実し、種子もアラビカ種の2倍程度あるが、芳香少なく、病害にも弱いため栽培は盛んではないが、低地にも栽培可能なため、ジャワではアフリカから移植されたものが低地で栽培されている。

コーヒー栽培の適地は、年平均18〜25℃で、アラビカ種は18〜22℃、リベリカ種20〜25℃、ロブスタ種は適応範囲が広い。雨量の適範囲は200〜1500mmといわれるが、ロブスタ種はもっとも多雨に耐え2000mmまでなら可能である。開花期の湿度はやや多くても差し支えないが、収穫期に乾燥することが望ましい。コーヒーは風邪に弱く、強光の直射を忌むから、防風林や庇陰樹をもって保護してやる必要がある。土壌は特に肥沃であることを要しないが、弱酸性の砂質土壌を最上とし、栽培管理の秘訣は、除草を徹底することであるといわれている。植付け後3年目から開花するが、通常収穫を始めるのは5年目からで、20年ぐらいまで続く。熱帯では年間にわたって開花結実し、開花後8〜9ヶ月で収穫に至るが、地域によって収量の多い時期がだいたい決まっている。成熟したものから手でしごき落としたり、木を揺すって地上に敷いた布で受けたりするところもある。

収穫した果実は脱肉、脱穀、選別を経て生豆を得るがこの間にコーヒー豆は発酵を起こして、独特の酸味を帯びるようになる。コーヒーは木豆で輸出され、消費地で焙煎される。これによって豆の中の芳香物質が揮発性となり、さらにカフェインの遊離、炭水化物のカラメル化、およびエーテル可溶分の増加が行われてコーヒーの風味が生ずる。種子の他、葉や枝の皮も乾かして炒り、コーヒー茶とすることもある。種子および葉に含有されるカフェインは、抽出して医薬用に供されるが、民間薬としても種子を興奮、利尿に内用し、またその粉末はヤケドに塗布して効有りとされている。

アラビカコーヒーはエチオピアで早くから利用していた。紀元575年ごろアラビアに伝播され9世紀にはペルシアに伝わり、種子を熱湯で煮出して飲む現行方法がはじまり、15世紀ごろその用法が完成された。アラビアでは当初種子を砕いて油で揚げたり、果汁から発酵飲料kawahを作っていたが、回教徒が教義によっって酒を禁じられているところから、一部ではこれを煎じて飲用することにより、苦行を和らげることができるとして賞用された。15世紀にいたり、アデンの回教徒支配者ダバニがペルシア風コーヒーの飲用を広めてから、コーヒーはたちまち一般の嗜好品として普及するようになった。アラビアではその後、コーヒーの生豆を国外へ持ち出す事を禁じて、輸出をモカ港に限定し、輸出される豆はすべて熱湯で発芽力を失わせるなど各種の手段を講じてコーヒー産業の独占をはかり世界に販路をひろげた。

当然のことながらインドネシアに導入されたコーヒーもモカ港からアラビア商人が密かに持ち出したものです。1710年ジャワのバタビアから100本以上の苗がオランダのアムステルダムに送られ、アムステルダム市長は1713年その一部をフランスのルイ14世に贈った。1720年ごろ、それから採取された種子で養成された3本の幼樹が船長エルシグニーに託され、西インド諸島のマルチニク島に送られたが、航海中船長は自分の飲料水まで節約して潅水し、ようやく1本の苗木を目的地に運んで植え付けた。そして1728年同じく西インド諸島のジャマイカに入り、後年ブルーマウンテン種として名声を博するに至った。

アラビアでは当初作られていた発酵飲料kahwahはトルコへ行くとkahveh(カーフェ)に変わり、フランス語のカフェCafe、英語のCoffeeになったといわれる。

世界で最も早くコーヒー店の開かれたのは1554年コンスタンチノープル(イスタンブール)で、1645年ベニスにヨーロッパで初めてのコーヒー店が開業。オランダへは1616年コーヒーが入ってきたが、コーヒー店の開業はおそく1680年のこと。日本へは元禄時代(1688-1703)に、長崎へオランダ人が持参したと考えられるが、明かな記録は天明年間(1781-1788)長崎で出版された紅毛本草の記載である。生豆の輸入は明治初年以降であり、初めてできた喫茶店は東京日本橋の鎧橋通りにあった洗愁亭で、明治19年(1886)のことである。

インドネシアへ行った事のある人でも、更にインドネシアでコーヒーを飲んだことがある人でも、インドネシアで一般的なコピーブブックを知らない人がいます。インドネシアがコーヒーの産地だと知っていてお土産にコーヒーを買ってくる人もいます。しかし中を見てビックリ!。箱や袋にはコーヒー豆の写真があるのに、中身はコーヒーの粉ばかり。ただしいつも見なれている粉とはちょっとばかり様子も違う。とりあえずドリップで。先ほどの不安が的中し、目の前にあるのは目の詰まった濾せないコーヒー。飲んでみてもいつものコーヒーとはちょっと違うどころか、とても本場物とは思えない。結局棚の奥か、ゴミ箱へ。コピーブブックを知らない人にとって見れば、粉にお湯を注げばできあがりなんていうのは、想像を絶するし、アメリカンやカフェオーレ、ウインナコーヒー、エスプレッソなど、洒落た感じの飲み物が、ましてや一見泥水風ではコーヒーの範疇にはとても入られまい。

そもそもインドネシアの高級ホテルでは、特に日本人の利用するホテルでは、インドネシアで一般的なコピーブブックは出てこないし、砂糖もミルクもお好み次第。多くの日本人観光客が欧米へ行けばするように、インドネシアでもインドネシアのコーヒーを試飲するチャンスを与えられても良いと思います。当然コピーブブックですが。それも背の高いグラスに金属のコースターをつけ、もちろんコーヒーはとびっきり甘く、飲んだ瞬間学生時代の理科の時間に習った「飽和点」を思い起こしてしまうようなやつを。ただしメニューには2種類載せて選択の余地も必要ですが。本場のコーヒーにコーヒー本場仕様と。

スーパーマーケットの棚には何種類ものコーヒーが並んでいますが、産地別にジャワ、バリ、ランプーン、メダン、トラジャ。説明書きもインドネシア語、英語、中国語、アラビア語と多様。日本人観光客目当てのものは日本語に籠などの雰囲気作りも忘れていません。

インドネシア通のコーヒー通にはコピールアクを知っている人も多いと思います。ルアクというイタチ様の動物はコーヒー豆のそれもおいしいものしか食べない。だからその排泄物から未消化の豆を集めて粉にしたものです。したがってかなり高価なものですが、1kgに1粒でも入っていればインドネシアのこと、コピールアクかもしれません。インドネシア人に尋ねてみれば、コピールアクを知らない人が多く、その動物すら知らない、謎に包まれたコーヒーなのだ。それを先日お土産で頂いたのだが、これは豆状のもの、挽けは香りもいいし、味も良い。何かにつけて疑い深い私は、ひょっとして輸入物では、だから高いのでは。

ジャワ以外のインドネシア人にあなたはコーヒー派? それともお茶派?と質問すれば帰ってくる答えに、コーヒーと言うものがあります。続けてコーヒーばかり飲んでいるという答えも。どうしてと更に質問するとコーヒーは庭に植えてあるけれど、お茶は買わなくてはいけないから。なるほど、お茶代わりにコーヒーを飲むと、さすがにコーヒー産地ですね。

夕方から夜にかけてインドネシア人にコーヒーをすすめても、「いらない」と言う返事。何も遠慮しなくても、といっても答えは同じ。理由は簡単。「眠れないから」

以前こんな日本人も多かったと思いますが、あなたはいかがですか。

先日ある新聞に書いてありました。「コーヒーを飲んでもすぐ眠れる人はカフェイン中毒症です」と。

   

 

参考文献:熱帯の有用作物  農林省熱帯農業センター

       日本大百科全書   小学館


クマラのファイル集 02/09/20  


topへ    

Mail

02/09/20