皆さんの質問に答えたり(メール)した内容です。
又他のホームページ・本・商工会での資料など
参考にさせて頂きました。
前おき
塩は、特にヨーロッパやアメリカには昔から「塩」が岩塩という形で存在して
いました。それを「塩」と呼び使ってきたのです。「はじめから塩があったのです。
日本には岩塩はなかった。外国に比べて日本では古代から岩塩は手に入
らなかったのです。
ではどうしたか? 古代人は海から塩を作ったのです。3千年前の縄文人
の遺跡から塩を作った壷やカメが出土しています。日本人は日本人に適した
天然の塩をつくり続けてきたのです。
海そっくりそのまんま塩にできる工夫を続けてきたのです。
 食べ物と一体になる事で美味しいものに変化する塩。体がイキイキとする。
塩が足りないと心が暗くなる。・・・・塩を中心にした暮らしが生死を左右する
ことを体験的に昔から知ってきたのですネ。
 ”人間は一日に12〜15グラムの塩が、生理的にどうしても必要だそうです。
重労働や熱作業に従事する場合は、40〜50グラムと摂取量が増してくる。
昔から「米と塩」といわれたように人間が生きるために塩はなくてはならない
ものです。世界の道は、最初は、塩を運ぶ道から出来たと言われる程大切
だったんですネ。
塩は、どんなものと交換されたのですか?
昔は、山間部では、まき(松の木を適当な長さに切ったもの。)、
なぐり(松の枝おろしをしたものから葉をおとしたもの。)
まきはがら(松の枝に葉をつけたもの。)・狩猟民は、イノシシなどの動物を
、内陸の農耕民は彼らが取ったけものや農産物を塩と交換するというふう
に物々交換をしたんです。
近年では(1600年代)相良でとれた塩・海産物が信州に運ばれ、信州から
は、米・麦・タバコなどが又途中の掛川・森周辺からは茶やシイタケが相良
に運ばれ、相良港から全国各地に搬出されたと言うことです。
いつから塩を採り始めたの?
人間にとって大切な塩は、太古より食されていました。
日本で海水から塩を採りはじめたのは、縄文時代後期末(3千年前)
までさかのぼると言われます。
はじめは、藻塩焼(もしおやき)塩をとる最も原始的な方法・・・海藻を日に干し
焼いてできる塩分を含んだ灰や、干して塩分のついた海藻に海水をかけてこれ
を土器で煮詰めて塩をつくる。や直煮法(じきにほう)と言って直接小型土器に
濃縮された海水を注いで、煮沸・煎熬(せんごう)し、結晶塩を採る方法で、
土器製塩法と呼ばれていたようです。
「万葉集」に海藻を天日乾燥させ何度も海水をかけることで塩の結晶を作ったこ
とが載っています。
なんのために塩の道モニュメントは作られたのでしょうか。
塩の道は、全国でも一番長い塩のルート道なんです。
<知ってますネ。(^^;
相良〜長野県塩尻市を終点とする南塩ルートと新潟県糸魚川市〜塩尻市に向か
う北塩ルートと合わせると350kmと最長最古の塩のルートです。
他にも沢山ある中でこれほどの大きなルートは無いのです。
これだけの大切な歴史と遺産を知らない人が多いんですね。それで掛川市が静岡、
長野、新潟の48市町村に呼びかけて1995年から塩の道サミットが行われたの
です。当時は、よく新聞に載ってましたよ。
簡単にまとめると大切なこの塩の道ルートをしっかり残そうと言うのが目的で見や
すい位置にモニュメントを建てたのです。
モニュメントの数は・・・
相良町には、2つありますよね。浜岡町が1つ・小笠町 1つ・菊川町 1つ・
掛川市なんて10個もあるんですよ。森町が1つ・春町が2つなんです。
ちなみにモニュメント1個制作費60万・諸経費もろもろで100万円位と聞いて
います。本体は、黒御影石・下台は、白御影石で出来ています。
 「起点」をなぜ波津にしたのでしょうか。
塩は、相良、須々木海岸で多く作られていたんです。須々木の方が生産量は、
多かったんですよ。でこれを問屋さんに持って行き、山の塩の無い所へ持って行
ったわけですね。大原にした訳は、昔は大原の街道(道)が主要な大きな道で
ここから金谷とか掛川とかに枝分かれしていた大きな道で分岐点になっていた
んです。その為にここを起点としたんです。
・・・・・参考になりましたか?

塩に賞味期限はありますか。食品にはみな賞味期限が
あるのに塩だけありませんなぜ?
塩は海水や岩塩から作られます。大変安定なもので、腐る、黴が生えるなど
一般食品に見られるような変化がありません。保管中にゴミなどの異物が入る
ことがなければ永久に食品として使えます。そのため賞味期限は記載され
ません。ただし長期間保管すると固まるので、崩して使う必要があります。
固まると商品価値としては下がることになりますが、安全性に問題はありません。 

何故しおと言うの?
塩の語源は、日本では、「白穂」→「志本」→「シオ」→「しお」というふうに
変化していったそうです。
(えん)の字は、皿の上の塩に王様の旗を立て家来(臣)が守っ
ている事を示す象形文字である。
この文字から変形していって塩の漢字が出来たともいう。


美味しい自然海塩とは?
なにしろ海水には92種類のミネラルが確認されている。塩を取り出すために、
あれこれ手を加えていくとミネラルはどんどんなくなるそうです。
美味しい塩とは、このミネラル分をどれだけ失わずに作れるかということにある。
塩化ナトリウムが少なく、有益なミネラル分が豊富な塩は、舌に甘さを感じさせ
ながら、まろやかな旨みがある。

海水を蒸発させると塩化ナトリウムが91%。残りは「にがり」といわれる
塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、それに鉄、マンガン、コバルトなど
60種類以上の元素が含まれるミネラル分である。
この中のミネラルが味を変えるようです。



ニガリって何?

主成分は塩化マグネシウムで硫酸マグネシウム・塩化カリウムなどを総称して
苦汁(ニガリ)という。
最後の方の塩作りの工程でろ過しますが、ろ過されてでた水をニガリと言います。
食べてみればもう本当ににがいので苦汁(ニガリ)という。



海にいる魚は、塩の中にいて何故塩からくないの?
川魚の身が塩からくないのはわかりますね。海の魚は、塩からい海水を飲む
のに塩からくない。何故と思いますよね。魚には浸透圧というものがあって
海水の塩分がしみ込まないように調整している。塩分はエラや腎臓から排出
しているので、海の魚も塩からくないという事です。
淡水魚も浸透圧はあるが、海の魚とは、メカニズムが違うから海では、死んでしまう。
ウナギ・サケ・アユなど両方生きられる魚は、両方の対応するメカニズムが出来
ていると考えます。

家庭で塩は出来るの?
出来ますがチョット知識が必要です。
塩ですからアルミ鍋、鉄鍋、銅鍋はすぐ痛みますから止めましょう。
ホウロウ鍋、チタン鍋、または土鍋の大きめのものと海水を用意しすれば
出来ます。

1.まず 海水はなるたけきれいなものを使ってください。海水1リットルで塩は25g
できますから、作る塩の量にあわせて海水を用意してください。 

2. 鍋に海水を入れて弱い火でゆっくりと蒸発させてください。海水が鍋に入りきらなけ
れば蒸発した分だけ海水を注ぎ足します。 

3. 海水の量が使った海水の約10%位になったら別の器にあけて鍋を洗います。
これは石こう分を除くためです。濃くなった海水は石こうで濁っていますから
沈降させるか、布でろ過します。
又なべに着きはじめた部分だけを取り除いただけ(洗う)でもいいですヨ
最終的ににごった塩になるだけです。が最初だけ石こうが出るのでこの原理
を利用すれば十分かな・・・

4. ここでできた濃い海水を鍋に戻し、さらにゆっくり煮詰めると塩が出てきます。
完全に煮え詰まる前に出てきた塩をへらでかき集めて別の容器にとります。
ほとんど煮え詰まるまで続けます。
途中で塩を掬い取らないでほとんど煮詰まるまで続けてもよいですが、鍋の周囲
に塩が焼きついてとりにくいことがあるようです。
ポイント:おいしい塩は少し早めに煮詰めを止める方がよいという事です。
塩を入れる容器はざるが適しています。ざるの下に苦汁を受ける容器を置いてください。
又コヒーフィルターを使うのも一つの方法です。皆さんでいいアイデアを出して下さい。

5. 取れた塩をざるに入れて1日おきます。これで塩の出来上がりです。
ここでできる塩はべたべたの塩ですが食用に十分使えます。
もし使いにくければ空煎りしてください。洗濯機の遠心脱水機で苦汁を除けばさらさらした
塩になります。 

6. 鍋に残った液体とざるの下に落ちた液体は褐色をしています。これが苦汁です。
苦汁は豆腐作り用にも使えます。 


    メイン名波ホームへ