私たちの手で北勢線を残そう!

   北勢町活性化計画(案)  
    
北勢線〜メリーベル〜軽便鉄道博物館〜街の見所&綿づくり

 はじめに                                     
  
 北勢地区4町が合併することが決まり、順次住民説明会が行われています。合併が行われ町が市に
なり、良くなるところも多いことでしょう。しかし国の町行政・市行政への対応も変わり、地方交付
税が大幅削減されるそうです。要するに“地域のことは地域で賄いなさい。“ということになるので
はないでしょうか?各町もそれぞれに税収源を持ちますが、各々の町のやり方や条件で格差はありま
す。行政も市行政として4町の行政がひとつにまとまり無駄を省く。そして必要性の薄いもの、無駄
なものを見直し行政サービスも変わることでしょう。

 しかしそれだけで良いのでしょうか?税収を上げる方策も考えねば、とても不便でやりたいことも
やれず“我慢ばかりしなければならない市“になってしまうのではないでしょうか?
そのためには、市外部から市内へ人を誘致することが大切だと思われます。


 北勢線は存続する運びとなりましたが、現在のまま北勢線が残ったら地域のお荷物になりかねませ
ん。かといって廃
止〜バス転換することは決して地域のためになることだとは言えません。
 私どもも色々考え、また色々な人から知恵をいただき、試案を作製しました。前回、軽便鉄道博物
館と温泉を提案させていただきましたが、今回はそれを修正・発展させ北勢線自体や町の隠れた魅力
にも目を向けました。


 中部観光協会会長のJRの須田寛会長が、「これからは産業観光の時代であり、観光地が名古屋以南には伊勢ま
で無い。また北勢線に乗ること自体が産業観光である。」とおっしゃりました。
 今までの見るだけの観光から、体験を伴った観光(産業観光)に人気が集まりつつあります。
 

 北勢町のアイデンティティ=北勢線                         

 北勢線はご存知の様に、レール幅762mmのナローゲージ電車です。今走っているナローゲージ
列車は、北勢線を含め日本に3路線となっております。ひとつは黒部峡谷のトロッコ電車ですが、夏
しか運行していない観光のみの路線です。もうひとつは四日市の内部・八王子線ですが、
「地域の街と街を結ぶ貴重な鉄道」として日本に唯一残っているのが北勢線です。

歴史も古く、明治43年に軽便鉄道方が施工され、地元で株式を募集し大正3年4月に北勢鉄道と
して創業されました。地元の人をはじめ木材、砂利、鮮魚など地場産業に欠かせない物資を運んでお
りました。昭和6年7月には阿下喜まで延長され、同時に電化されました。その後三重交通、近鉄と
渡り今春には三岐鉄道北勢線として運行されることとなっています。

地元で北勢線は、“ちっぽけ”“遅い”“汚い”と思われていますが、遠くからいらっしゃった方
は「可愛いし、途中の景色がゆっくり見ることが出来、素晴しい電車ですね。」とおっしゃいます。

 よそにはもう無い“ここだけの”電車なのです。北勢町を語るのに北勢線を無しには語れないと思
います。地域の特性であり象徴なのです。


 街おこしの資源として、北勢線を活かす                       
                        <北勢線はそれ自身が今尚走り続ける産業資産>

1.新阿下喜駅の建設
  病院跡地に、土地の落差を利用し線路を延ばし新阿下喜駅を建設したらどうでしょう?昭
 和6年に阿下喜駅が建設されて以来移転することもなく、員弁厚生病院はいなべ総合病院と
 改名され移転しました。街の中心と駅の位置がずれた状態が現状です。
  そのずれを解消するとともに2つの病院及びショッピングセンターと阿下喜商店街及び住
 宅地を結ぶ役割、コミュニティーの中心としての役割を担います。また病院を利用する沿線
 他町の来客も見込めます。

  

  








   また駅舎には小さな商業施設を設け、病院跡地には保養を兼ねた温泉を併設するのが望ま
  しいと思われます。
北川正泰知事の“街づくりに北勢線を活かしなさい”という意向にも合
  ったプランでもあります。


   2.譲り受けが可能なメリーベル
      メリーベルは岡山県の下津井電鉄(762ミリ軌間)の新造車として1988年に登場しました。運転室前方
     のオープン・デッキにはシンボルの鐘が下げられ、「この鐘を二人で鳴らすと結ばれる」という噂があります。
     瀬戸大橋開通を記念して児島で開催された博覧会の会場と、大橋を眼下に望む鷲生山のとの交通機関
     として下津井電鉄は発展するとの見通しでこのメリーベルは建造されました。3両編成で中間車は展望車
     としてオープン・デッキ方式をとり、瀬戸内の四季を満喫できるようになっていたのです。しかし、橋の開通
     により交通の流れが大きく変動し、下津井電鉄は鉄道を廃業してしまいました。たった三年で走らなくなっ
     た電車は、今も下津井の車庫に眠っています。この電車はナローゲージとしては最後の新造電車であり、
     初の空調付車輌でした。北勢線をよみがえらせる会は下津井鉄道に対して譲渡をお願いしておりましたが、
     「大切に使っていただけるならば」という条件でお譲り戴ける確約を頂戴しております。ただ、現在のところ、
     修復費用が出せないためそのままになっておりますが、北勢線の目玉として近い将来必ず営業運転に投
     入したいと考えております。修復費用は1億円程度が見込まれています。三岐鉄道のさし当たっての営業
     計画に入っていないため、当会と致しましても強く運転再開を希望しているところです。当北勢線で運転再
     開の暁には中間車は夏季だけの増結とし、寒期には2両だけの運行となる予定です。
                                     



3.軽便鉄道博物館&インドネシア農村公園

全国津々浦々に幹線から枝分かれしていた小さな鉄道「軽便鉄道」は、今では北勢線を含める
と、営業鉄道では全国で
23路線(近鉄内部線と黒部峡谷鉄道のトロッコ電車)になっています。
その中で、距離・歴史そして市町間を結ぶことなどを考えると、北勢線はわが国で最後の「軽便
鉄道」を代表する路線と言えます。決してマニア向けばかりではなく、
JR須田会長のおっしゃる
ように観光資源とも成り得ると確信します。

  北勢線の終着・旧阿下喜駅を利用して、北勢軽便鉄道博物館(仮称)を設置することは、日本で
 初となるナローゲージの総合博物館として、日本唯一でもあり、たいへん有意義な施設となると
 思われます。小中学校の週休二日にともない、子供たちの社会学習の対象としても交通歴史学の
 勉強となる軽便鉄道博物館
(仮称)の効果は大きいものがあるでしょう。小中学校への働きかけに
 より
桑名市名古屋方面からも来客が見込めます。また、終点に設置することで、学生の乗車が
 中心の北勢線において、土・日・祝日などの閑散日に、一般客の利用促進が図れます。

 四日市の鉄道史研究家の調査によりますと、”北勢線の蒸気機関車2両がインドネシアのボルネオに行った”
ということであり、今もなおナローゲージの
SLが農作物を運んで走り回っているそうです。
 そんなインドネシアをモチーフに、砂糖キビ等を植えた農業公園と一体化した軽便鉄道博物館を建設し、公共
関係であれば優先的に
無償寄贈してもかまわないという条件にある軽便鉄道車輌を展示・走行させます。出来る
限りお金の掛からない工夫をし、
ボランティア、地元有志、鉄道サポーターの協力を得て、博物館社屋として
旧阿下喜駅舎を改修し阿下喜駅新設当時の駅舎に近づけた外装にしたり、資料集めをしたいと
思います。



















 産業観光 綿づくり〜綿製品づくり                        

 *綿づくり〜綿製品づくり

産業観光全般に関して、仕事を退いた方々の力を借りてやっていきたく思っています。
そうすることによって、昔ながらの知恵、技術を後世に伝えることも出来ると確信します。

 4月の種植え、花・綿花の観賞、11月の収穫、真綿座布団の製作までをいろいろな形で体験
して貰います。綿本来の温かみを肌で感じて貰います。
電車の窓から見えるところに綿を植え、製品
づくりには廃校になった小学校校舎を利用させてもらったらどうかと思います。
 (H15年4月には私達で、試験的に綿の種植えをしようと考えています。)

[その他メニュー](案)
炭焼き体験(青川狭オートキャンプ場にて)
棚田(川原地区)
草木染

蓬餅・草餅製作体験
さとうきび・ごま
木桶製作体験         など
これらは、県の進める”まちかど博物館(仮)”としても取り組みたいと思っています。

 街の見所マップづくり                              
 
 地元北勢町の住民は誰もが、「北勢町にはこれと言ったものが何も無い。」と言いますが、本当
にそうなのでしょうか?一流観光地の目玉とまではいかないまでも、川原の白滝に始り小さいなが
らも見所はたくさん有ると思います。ここ阿下喜でさえ、役場のあじさい、本町通りの元郵便局、
西町通の昔の面影を残した民家もあります。また、お寺も多く、石積みの技術を見ながらの散策の
合間には、目目地蔵を筆頭に数ヶ所の地蔵さんがあり、市神様、八幡神社跡、阿下喜城跡、まんぼ
などもあります。

  また、桶屋・太鼓屋・提灯屋・鍛冶屋等の職人さんもみえます。 
 そんな点在する小さい名所をマップにして、人が集まる場所(駅、喫茶店、料理屋など)に置か
せて戴きます。また
桑名市にも協力を依頼し、駅は当然ですが市役所等にも置きます。
その他インターネットは当然ですが、新聞等可能な限りの宣伝広告を行います。
またあじさい祭等
での配布も効果があると思います。

[その他の名所]
十社地内:白滝(東林寺・もみじ)、宝莢印塔、田辺城跡、日尾神社(獅子舞)
丸山神社(丸山踊り)、貝野神社(おみおく練)、勝泉寺(しだれ桜)
阿下喜地内:大西神社(八幡祭)、八幡神社跡、目目地蔵(その他数地蔵)、市神様、

忠魂碑、薬師如来堂、万葉の里公園、桜づつみ
治田地内:青川鉱山跡、青川大滝・銚子滝
山郷地内:田代池・榑沢池、麻績塚古墳       など


*英語ページへ*