2002.10.16
2003.2.8



絵画は故峯岸正雄さん著・「むかしのところざわ百景」より

昭和55年頃までその姿が残っていました。



通称南っ原と呼ばれていた学校新道に
大正時代に作られた大きな織物の工場がありました。
所沢織物も昭和初期には衰退の道を辿りはじめ所有者の村田氏がここに昭和7年に当時としては画期的な所沢初のマーケットを開設しました。

町の人々には、「マーケット」と言う外来語は耳新しく、町内で従来から商売していた店も
ここに出店してきました。

村田さんは雑貨店を、他に魚屋、小間物屋
菓子屋、下駄屋、八百屋などが出店されていました。

マーケットは奥に長く、正面横の道からも入りことができました。

周辺の人達にも大いに利用され、親しまれていましたが、昭和10年に閉店してしまいました。
その後同時期に日吉町291番地に「朝日マーケット」が開設されました。
当時は酒店、菓子屋だけのマーケットでした。



昭和20年・戦後に駅前通り(プロペ)がにわかに活気が出て「駅前マーケット」が開設されました。
昭和44年8月マーケット中央部から出火、二十八店舗類焼、東亜、カネショーストア全焼、
戦後市内最大の火災と言われました。2709u、三億五千万円が灰になりました。

現在は閉店していますが最盛期には30店ちかい店がありました。

当時の写真をご覧下さい。




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