2001・8・27
2002.6.27 2007.6.01


ザリガニ・メダカ捕り・釣りの想い出話です。

町中育ちでしたので子供の頃は郊外へ行くのは一つの冒険でした。

地元の子供達が町から来る私達を待ち受けて喧嘩したりした事もありました。

久米の大谷たんぼ

八国山北側の現在松ヶ丘団地がある地域は昭和40年頃までは
大谷たんぼと呼ばれた所沢随一の水田地帯が広がっていました。

春になるとレンゲの花が咲く大谷タンボへザルや網を持って
メダカ、タナゴ、オタマジャクシ、ザリガニを捕りに行くのが楽しみでした。

所沢小学校の裏の畑の中の路をヒバリのさえずり等を聴きながら、鎌倉街道の坂を下り
勢揃橋を渡り水天宮への道を左に曲がると一面タンボが開けていました

坂の途中の竹やぶの赤土色の壁の土を唇にあてると、何故か唇に吸い付きました。
これは亡くなった武士の血が染み込んで赤土になったと聞かされていました。

この橋の下で夏には水泳をしたりしました。当時は綺麗な水が流れていたのです。

吾妻小学校(現・南稜中学校)の横の道の急坂を下ると木製の橋が架かっていました。
皆、
久米の一本橋と呼んでいました。

吾妻小学校



現在も門柱は残されています。右は橋に下る坂道

     

   



橋を渡り桑畑で桑の実(ドドメ)を食べ、口周りをドドメ色にしながら水天宮様や大谷田圃へ行っていました。

柳瀬川


一本橋の下の柳瀬川にサナギの粉を入れてビン胴を仕掛けて置くと
今では保護魚になっているタナゴが沢山捕れました

当時は小川には沢山のメダカやザリガニ(海老ガニ)がいました。
小川を堰き止めて水を抜くカイボリ、やザルですくったり、タンボの中の小さな穴を掘ってザリガニを捕ったり、
蛙を捕まえてお尻の穴に藁を突き刺して空気を入れてお腹を膨らませたり、随分残酷な遊び等もしていました。





我が家にやって来る野鳥達をご紹介します。




航空公園で出会える野鳥を紹介しています。
 戦前所沢飛行場にあった懐かしい飛行機の写真をご紹介します。


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