2001・8・27


ザリガニ・メダカ捕り・釣りの想い出話です。

町中育ちでしたので子供の頃は郊外へ行くのは一つの冒険でした。

地元の子供達が町から来る私達を待ち受けて喧嘩したりした事もありました。


久米の大谷たんぼ

八国山北側の現在松ヶ丘団地がある地域は昭和40年頃までは大谷たんぼと呼ばれた所沢随一の水田地帯が広がっていました。

春になるとレンゲの花が咲く大谷タンボへザルや網を持ってメダカ、タナゴ、オタマジャクシ、ザリガニを捕りに行くのが楽しみでした。






  

畑の中の路をヒバリのさえずり等を聴きながら、鎌倉街道の坂を下り勢揃橋を渡り水天宮への道を左に曲がると一面タンボが開けていました。

坂の途中の竹やぶの赤土色の壁の土を唇にあてると、何故か唇に吸い付きました。
これは亡くなった武士の血が染み込んで赤土になったと聞かされていました。


この橋の下で夏には水泳をしたりしました。当時は綺麗な水が流れていたのです。

吾妻小学校(現・南稜中学校)の横の道の急坂を下ると木製の橋が架かっていました。
皆、
久米の一本橋と呼んでいました。
橋を渡り桑畑で桑の実(ドドメ)を食べ、口周りをドドメ色にしながら水天宮様や大谷田圃へ行っていました。

当時は小川には沢山のメダカやザリガニ(海老ガニ)がいました。
小川を堰き止めて水を抜くカイボリ、やザルですくったり、タンボの中の小さな穴を掘ってザリガニを捕ったり、
蛙を捕まえてお尻の穴に藁を突き刺して空気を入れてお腹を膨らませたり、随分残酷な遊び等もしていました。

一本橋の下の柳瀬川にサナギの粉を入れてビン胴を仕掛けて置くと今では保護魚になっているタナゴが沢山捕れました。

柳瀬川・アカバッケ

自転車に乗り、砂利道を七世橋を渡り、松井、上安松から愛宕山を右に折れ坂道を下りると柳瀬川に突き当たります。
この辺になると久米地区の柳瀬川より川幅が広くなり格好の釣り場が沢山ありました。

ここの坂道で自転車の輪に釣り竿を入れて転んで膝小僧を大きく擦りむいてしまったのも想い出の一つです。

大字上安松本郷境付近に柳瀬川が大きく湾曲して流れる北側に見事な地層が露出した茶褐色の崖がありました。
「アカハゲ」が訛って
「アカバッケ」と呼ばれていました。
ここは絶好の釣り場で大きな鯉等も釣れました。現在は護岸整備され橋も架かっています。




現在は橋も架かっています。

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