玉垣・44本の一部

創立は寛政年間(1789〜1800)と言われています。
所沢宿の下町の商人を中心に信仰を集めていたお稲荷様


300年の伝統を誇る「所沢の三・八の市は、ここを起点にして上町(金山町)まで露天商が出て賑わっていました。
通称
私の幼少時代はここが遊び場で、石垣をよじ登ったり
参道で石蹴り、階段で遊んだり、狐の造に跨ったり
お堂の周りには桜の木があり桜の時期は満開の花が咲き
花びらを針で刺し糸に通して首飾りを作ったりしていました。
夏には蝉が沢山いましたし、周辺の植え込みには大きななデンデン虫(カタツムリ)がいて幼虫から孵ったチョウチョも飛び交っていました。



神 狐
天保14年・1843年・奉納
手水石
文化3年・1806年・奉納
玉垣
昭和11年・1936年
灯篭
昭和30年・1955年修復




昭和初期までは、三月の初午の日に行なわれていました。
丁度その時期は奉公人の出替わりの時期に当たり、奉公人が家に返り
女の人は一ヶ月以上針のお稽古をしたりしたものであった様です。
その為に初午は相当の人出があり、賑やかなお祭りだったそうです。
稲荷様の裏の窪地に舞台をかけて神楽を奉納するのが恒例でした。
神楽師は主に竹間沢の太夫を頼む事が多く、神楽の舞台と向き合った所に小屋をかけ、
五番(御幸町)と八番(日吉町)で交互に囃子をおこなっていました。

祭りの準備は前日の旗竿立てに始まり、鳥居の内側に鳶職頼んで幟を二旒立てる。


江戸後期の史家、斎藤鶴磯(さいとう・かくぎ)寛政12年(1790年)書になる「坂稲荷神社幟」・市指定文化財が残されています。
坂稲荷の初午
所沢市史より










2002.1.30.













近所に生れた江戸後期時代の南画家三上文筌の「社殿装飾絵」 
市指定文化財