2001.1.30作成

2002.8.062007.3.01






大通りから横に入った町筋や道の事を横丁(横町)と呼びますが中心市街地にも沢山のあります。

横丁に入ると未だ懐かしい所沢が沢山残っています。





銀座通りの中央にあった山田呉服店の横町


昭和53年頃の山田屋横町 2006年同位置
マンションが建ち並んでいる。


薬王寺横丁の南側の坂道の角には明治24年に創業した山田呉服店がありました。
時代の先端を行く日用雑貨も取り扱う所沢で最初のデパートとして賑わいました。
東京の五大呉服店と同じ店より仕入れる地方店はここだけであったと言われています。

「いさか横町」とも言っていた様です。
大型スパー等が進出するまでは賑わい昭和40年頃まで営業していました。

ここにも私の同級生がいて小学生時代は良く遊びに行きました。

立派な奥庭のある大きなお屋敷でした。

大きなショウ・ウインドウがあり入口は大通りの正面入口と横丁からの入口もありました。

立派な奥庭のある大きなお屋敷でした。

当時の三枚組の絵葉書も残っています。



山田呉服店絵葉書より



奥玄関






奥庭





店内の展示




金平だんご
絵画は地元で活躍していた故峰岸さんが描いたものです。
戦後娯楽のない頃、ボランティアで腹話術や音楽で子供達を楽しませてくれました。

山田屋横町は、久米の水天宮へ行く通り道でもあり、毎月五日の縁日、三・八の市がたつ日には久米地区から来る人達で、
特に人通りが多く坂の途中には「金平だんご」と「新井だんご」という2軒のだんご屋さんがありました。
特に100年前から食べられていた名物の焼きダンゴで知られた「金平ダンゴ屋」さんには奥座敷があり、
だんごの粒も大きく「所沢のでか団子」と呼ばれ人気がありました。
水天宮のお参りの人がたちより賑わっていました。

坂を登ると学校新道に突き当たり所沢小学校の横にでます。







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