■小林 清栄(1894−1987)

熊野市神川町神上の出身 旧名・茂。神川尋常小、木本高等小、津中学、久居農林学校卒業。下北山村の西村家は母方の実家で、西村伊作に油絵の手ほどきを受け、のち川端画塾に学んだ。鹿子木孟郎、藤島武二らにも師事。大正13(1024)年から昭和2(1927)年までの渡仏中、サロン・ドートンヌやサロン・ナシオナルに入選、帰国後は亭展に3年連続入選したりした。依頼を受け昭和12(1937)年「乃木将軍旅順入城図」を制作。海軍航空艦隊に従軍、19(1944)年帰郷。戦後神川町長続いて27(1952)年から初代熊野市長となり、34(1959)年から三重県教育委員長。40(1965)年に再び上京、サロン・ド・トウキョーの常務理事などを努めた。88歳から四国八十八ヵ所霊場を隈なく歩き、約300枚の作品を仕上げその後大作「那智の滝」などの制作中に没したという。

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