イエス之御霊教会教団

 村井ジュン(1897〜1970)が1941年(昭和16年)にペンテコステ系キリスト教の日本聖書教会(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の前身)から独立して設立した教団。村井は鹿児島県の加治木町にメソジスト教会の牧師、村井競ときぬの次男として生まれた。兄の村井一(はじめ)も後に日本聖書教会の牧師となるというキリスト教の環境の中で育った。村井ジュンも牧師になるためメソジストの青山学院大学神学部に進んだが、信仰の葛藤に苦しみ自殺まで考えたという。しかし、そのような煩悶の中、大正7年9月8日、岡山県児島湾の蒸気船上で突然に異言を伴う聖霊のバプスマを受けた。彼はこれこそ真のキリスト教であるという確信と喜びを得、青山学院を中退、単身で伝道生活に入った。後にバックストンの起こした日本伝道隊の巡回教師を経て、日本聖書教会の牧師となった。日本聖書教会の牧師であった1933年(昭和8年)7月23日の集会中、聖霊が下り、参加していた人々は口々に異言を発し、我を忘れて歌い踊ったという。

 1941年(昭和16年)日本聖書教会の教師たちは台湾の真耶蘇教会との交流のため同地を訪問したが、そこで村井と上井乙熊の二人は、その影響を受けて日本聖書教会の信仰と相容れなくなり、村井はイエス之御霊教会、上井は日本真イエス教会として独立した。この年、日本のプロテスタント教会の大部分は日本基督教団として合同(日本聖書教会は第十部に所属)したが、イエス之御霊教会はそこに加わらず独立を保った。イエスの御霊教会という名称は村井が天の異象を通して与えられたものだという。また1952年(昭和27年)には教師養成のための神学校、日本聖書大学院を設立し、日本国内はもとより南米を初めとする世界各地に積極的に伝道を進めており、現在はアフリカ伝道に力を入れているようである。1953年(昭和28)年6月1日に宗教法人の認可を受けた。

 この教会の特徴は次のとおり。
(1)聖書絶対主義(すべては聖書にあって神学なしという立場)
(2)イエスの御霊教会だけが真のキリスト教であって他の教派は認めない。
(3)イエス・キリストが唯一の神であり、父なる神と聖霊はイエスの中にあるというペンテコステ派の分派に特有のワンネス神観。
(4)人が救われるのは「水と霊」のバプテスマによる。霊のバプテスマの証拠は異言を語ることである。
(5)病気の癒しと奇跡の強調。
(6)正しい安息日は土曜日である。(普通のキリスト教では日曜日)
(7)死者の救いのための身代わり洗礼。
(8)再臨の日に信者は身体の栄化とともに携挙され、千年王国の祭司となる。
(9)聖礼典は、洗礼、洗足、聖餐の三つ。(普通のプロテスタントは洗礼と聖餐の二つ)
(10)教会政治は監督政治。二代目監督は村井スワ(村井ジュンの妻)現在の監督は息子の村井純基氏。



愛媛イエス之御霊教会

イエス之御霊教会から伝道された方の体験記(1)

イエス之御霊教会から伝道された方の体験記(2)

沖縄イエス之御霊教会の会堂


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