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朝顔の墓はT氏という個人のお宅のお庭にあります。ご迷惑がかかるといけ ませんので、詳しく書くことは控えますが、松原通を歩いていて、左の表示が 見えてきましたら、あとはもうすぐそこです。 お墓は古いものなのだそうですが、古い記述は見つからず、大正4年刊の 『京都坊目誌』には「土人云平宗盛の侍女朝顔の墓なり。」「朝顔は湯谷の 謡曲より出るものにして、素より寓言なるのみ」などと書いてあるのだそうで す。『湯谷』というのは『熊野』とも書き、この曲では 朝顔がツレで登場するん ですってね。 とはいえ、端役の彼女のために わざわざお墓をつくったというのは 納得しが たいので、『源氏物語』の朝顔の斎院の墓だという言い伝えのおかげで 今に残ることになったのではないか……という説もあるようです。(゚-゚)b 矢野寛一著『京都歴史案内』(講談社 昭和49年)から少し引用しますと、 この西に、『源氏物語』の夕顔の墓がある。それならと、これを『源氏物 語』の朝顔の斎院の墓だといいだした好事家が、いつのころかあったの ではあるまいか。しかし、どちらの墓も、『源氏物語』から直接にヒントを えたのでなくて、『源氏物語』に取材した謡曲の『夕顔』『朝顔』によって、 それぞれおもいついたものではなかろうか。というのは、町人たちの古 典的教養はほとんど謡曲につちかわれたものだったから。(引用終了) と、まぁ、そういうことらしいです。 ここへ一人で行くのは なかなか勇気がいりますので、私たちはオフの機会 に みなさまと一緒に寄らせていただきました。 |
まずは 玄関で「どうぞどうぞ」といわれるままに、靴を脱ぎながらも、「え〜っ!(゚〇゚; マジィ? お庭を通っていくのではなかったの? (((((^_^;)ススッ もしかしてσ(^_^;)って、すっごく厚かまし いことをお願いしてしまったのね。ど、どうしよう。(;^_^A」と あせります。 そして、部屋を通り抜け、廊下を進み、さらに部屋を突っ切った先にありました。(何と こんな ところに!!) まさか 個人のお宅の中にあんなにずんずん入っていくことになるとは思ってもおりませんでし たので、本当にびっくりしてしまいました。(;^_^A 奥様から「庭に下りて 写真を撮って下さってもいいですよ」と言っていただいたのですが、そ の時は こんなHPを作ることなど考えてもいませんでしたので、何だか恐れ多くもあり、写真 は撮らずに帰ってきてしまいました。 快く見学のご承諾を下さいましたT氏には、本当に感謝しております。(-人-) |
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