●平等寺(因幡薬師)(左京五条三坊十三町)



「この寺の起りは、「因幡堂縁起」(現東京国立博物館蔵)にくわしい。
すなわち、長徳三年(九九七)因幡国司橘行平が、任終って帰洛の途
中、夢告によって因幡賀露津の海中から一体の薬師如来像をひきあ
げ、仮堂に安置しておいたが、薬師は行平のあとを追って京都に飛来
したといわれ、長保五年(一〇〇三)行平は自宅を改造してこれをまつ
ったという。(引用終了)」と、右の写真には書いてあります。
つまり、ドンピシャリ 紫式部たちと同時代なんですよね!!

重要文化財に指定されている本尊薬師如来は平安時代の成立当初
のもので、善光寺の阿弥陀如来,清涼寺の釈迦如来とともに 三国伝
来の日本三如来とされ、中世から治病や安産の霊験で聞こえ、町衆
の信仰を集めたそうです。
平等寺の立て札


「因幡堂」の名が また、ここは狂言『因幡堂』の舞台でもありまして、庶民の町堂として
栄えてきました。

なお、以下は、そのだインターネッ卜キャンパスで、五島先生に教えて
いただいたことなのですが、中御門(なかみかど)右大臣藤原宗忠の日
記『中右記』の焼亡記事の中で、この因幡堂は「小霊験所」とか「霊験
所因幡堂祇園大政所」といわれ、「北に隣接する祇園大政所旅所とと
もに、下京町衆の宗教的なセンター(引用終了)」とも言うべき役割を
果たしていたのだそうです。


陰陽易道の看板 ちなみに、ここに行く途中で、道の左側にこんな看板を発見いたしました。

陰陽道にご興味をお持ちの方のご参考までに。


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