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下京区木屋町通五条下ルにある 「河原院址」の石碑の横には 榎 の老木が茂っていますが、この榎 にはいわれがあります。 この辺りはかつて「籬の森(まがき のもり)」と呼ばれ、もと河原院の 邸宅内の庭の中の島「籬ノ島」が 鴨川の氾濫によって埋没し、森と して残ったものであると伝えられて いるのです。(竹村俊則著『昭和京 都名所図絵』洛中参照) ただし、これは「あくまで伝説であ る」ということですので、その点は お含みおき下さいね。(;^_^A |
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さて、この「籬の森」、明治初年まではあったそうなのですが、押し寄せる都市化の波には逆らえず、 今では この森を偲ばせるものと言えば、石碑の横の老木だけになってしまったということです。 また、この石碑の位置も、平安京復元図にあてはめてみますと(ほんの少しではありますが)残念な がら河原院の東側にはみだしていることが確認できます。(^◇^;) まっ、そうは申しましても、本来「河原院」というのは「東京極大路と鴨川の間に営まれた邸宅」を指 すそうですので、その観点で考えれば、これはもう間違いなく「河原院」の跡ということになるわけです。 せっかく見に行ったのですから「ここは まぎれもなく河原院址だった ( ̄^ ̄)キッパリ」ということに しておきましょう。(笑) |
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←そうそう、この写真ではけっこう普通っぽいですが、 実際に中を覗くと、なんだか 怪しげな祠もありまし たよ。(゚-゚)b |
なお、河原院については、他にもいろいろ調べたことがありますので、「つれづれなるままに」の コーナーの「河原院あれこれ」もご覧下さいませ。(^o^) |
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