
| ここは 和歌山県にある和歌三神の一、玉津嶋神社まで行くのが大変だという人のために、 建てられた神社のようです。 |
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本当に薄汚れていますから、きっとこの写真で はわからないのではないかと思いますが(って 言うか、本物を間近に見てさえ わかりにくいの です)ちょうど下の「↓」のあたりに「衣通姫」の 名が書いてあります。↓(下に拡大写真あり) |
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初めてここを訪れた時、私は衣通姫が祭られているのを知って
意外な気 がしました。衣通姫が美人であることは 私も知っていたのですが、歌がう まいことまでは知らなかったからです。その時、ご一緒して下さった方の お話によれば、公任の書いたものに そういう記述がちゃんと残っているの だそうですね。 というわけで、あるかなきかの薄汚れた字ではありましたが、衣通姫の名 も 三番目に書かれている証拠の写真を載せてみましたので、みなさま モニターにお顔を近づけて ジ〜っとご覧になってみて下さいね!(笑) |
その後、冷泉家の至宝展に行ったときに「玉津嶋大明神図」というのを拝見したのです が、そこに 衣通姫の和歌が書かれていました。衣通姫は 人麿,赤人と並んで「和歌三聖」 と称せられていたんですって。なるほど〜! また、ここは『湖月抄』(源氏物語の青表紙系統本に 古注や自説を注記した古注の集大 成。『湖月抄』については、「つれづれなるままに」のコーナーの『遊女と湖月抄』の中でも 触れています)の作者 北村季吟が神主をしていた神社でもあるんです。 道を歩いていて すぐわかるところに「北村季吟先生遺跡」という石碑が建っていますから、 お見逃しなく! ちなみに、右上の写真がへんなのは この石碑の前に 車がピッタリとめてあって こんな 角度でしか撮れなかったからです。(^◇^;) |
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