04年3月27日(土)に瀬戸町の大久東トンネル近くで出会った"金太郎"さんたち4人。その人たちのこと、それからのこと・・・(もしメールが続くようであれば・・・ですが。) 勝手に応援!! で伝えたいと思います。(記:04年4月3日)

04年3月27日(土) 出会った。


 メロディ・ラインを走っていると、うん?4人の外人さんたちが歩いている・・・。う〜ん、2月になるとバイクの若者が・・・、3月だと自転車の若者が・・・目立ってくるものの、歩いている、それも4人の若者、それも外国の・・・
 しばらくそのまま走ってみたものの、やはり知りたくなってUターン。
 歩海(あゆみ)さんが通訳をやってくれて、やりとりに不自由はないものの肝心のわたしが、緊張してちゃんとしたことが聞けない。とりあえず、わかったのは
 ニックネームの「金太郎」。鹿児島県の佐多岬から北海道の宗谷岬まで歩く とのこと。一緒の2人は四国の大学生で春休み中の応援で一緒に歩いているとのこと。 今朝、フェリーで四国に上陸し、そのまま歩いているとのこと。そんな話の最中に金太郎さんは、カードにさっと書き込み、手渡してくださった。(カード表) (カード裏)
金太郎 HPを開いていることを伝え、写真撮影をお願いしたところ、快く承諾してくださった。そして、金太郎さんは何度も「Happy」を繰り返し、握手。その大きな手に、私はますます緊張!
 とりあえず、メールアドレスを書いてもらい、自分の電話番号を書き、安全と好天が続くことを願ってわかれました。
 ヤマザクラが咲き誇る佐田岬で、思いがけない出会いでした。

04年4月2日 新聞に・・・ そして、なんとメールが。


 新聞を開くと、なんとなんと金太郎さんが30日に松山入りしたとの記事が載っている。 この間は、あだ名しか知らなかった金太郎さんの本名、旅の動機もわかった。う〜ん、サイコー。 (愛媛新聞に書いてある彼のことば〜いつも明るく「サイコー」を連呼。〜)

 夕方、再びなんとなんと。通訳をしてくださった歩海さんからのメール。発信時間は18:33。 
「今金太郎は松山を越え、11号線を高松の方へ向かって歩いています。 」とのこと。そういえば、金太郎さんが背負っているバッグに日本地図が縫いつけてあり、それを指でなぞってくれたコースが四国の瀬戸内海側をとおり、淡路島、そして、本州も日本海側を歩く感じでした。
 あわてて返事。夜、女先生に頼んで金太郎さんにも英語でメールを送信。

参考:愛媛新聞04年4月2日付け「日本縦断3000キロ徒歩旅行 "金太郎"さん松山入り」〜約3000キロを四〜六ヶ月かけて歩く予定。〜

04年4月6日 歩海さんから2通目のメール。


 14:27発のメールです。「今金太郎は淡路島まであと100kmのところです。88ヶ所のうちの少しでもめぐりたいとのことで、いくつかお寺を回るみたいです。」
 慌てて地図帳を出して、観音寺? 善通寺? と勝手に思ったりしました。金太郎さん、がんばるなぁ。お遍路さんと一緒になったりして、励ましあいながら歩いているんでしょうねぇ。サクラの花びらが舞うなか・・・。

04年4月18日 金太郎さん ご本人から直接メールが届きました。


 18日13時58分のメールです。 現在は大阪に、2日後には京都だろうという金太郎さん。順調に旅を続けている模様です。
とりあえず彼からのメールのあと、私たちが送ったメールも合わせて載せます。
Hello Mrs. Akemi Kimura. I remember meeting your husband and his parents very well. It was a very fun experience for me. It is very touching what his mother said. I have made it to Osaka now and I will be in Kyoto in two days. Thank you for the support. Take care, Kintaro
4月2日に こちらからおくったメールです。
Hi, Kintaro. What's up? Where are you now? I'm Mrs. Akemi Kimura. Do you remember meeting Mr. Akito Kimura? I'm his wife. We live in Honai Town in Ehime Pref. I found you on "the Ehime Shimbun" this morning. Last Saturday my hasband saw you in Oku.(Sadamisaki) His parents were with him then, and his mother said, "This is my first time to see a foreigner. I'm very happy to see him. That gave me a hope of life. I feel I can live more some years" When I heard this, I was very amazing! It is very funny that the forigner's name is Kintaro. Yet Kintaro is very friendly name, and it means strong, I think. It is very hard to walk up to Hokkaido, but I believe you 'll finish walking up. Take care and may you have a nice trip! Bye-bye

04年6月18日 金太郎さんご自身から2通目のメールが届きました。


 今回はこちらから送ったメールを先に載せておきます。心配していてだけに安心しました。それにしても、すごい!!
Hi, Kintaro. Where are you walking now? On May 16th, I received an e-mail from a man in Yokohama. It said "I saw Kintaro walking on the street in Minami-ku in Yokohama City. He walked with a legache." How was your legs? Are you OK? We're worrying about you. If you have some time to tell us, contact us, please. The hotter, the more tired you will be. Take care and walk on.
Bye, Your friends, Mr. and Mrs.Kimura. From Ehime Pre

 金太郎さんからのお返事。
Hello, I am in Akita and I am OK! Sometimes it looks like I have a legache but it is only the way I walk. I feel very strong. I sleep a lot and eat pleanty. Thank you for your concern. Only about 45 days to Soya Mizaki.
Hope all is well with you!
Kintaro

04年7月15日付け「北海道新聞」のHPより


 北海道におすまいの「さとみ」さんから教えていただいたHPからのものです。
「北海道新聞」のHP上での記事が読めなくなりましたので、ここにその一部を掲載したいと思います。(了承は得ていないのですが・・・)< 案内人 04年8月7日 >
そう言えば、学習会の会員の方にこのコピーを配ったところ、一人の方が3月28日昼食に入った「ファミリーレストラン」で金太郎さんたちに出会ったと教えてくださった。その方はお孫さんと一緒で、そのお孫さんに金太郎カードを渡してくれたとのこと。私が出会ったのが27日だったから半島で一泊したということらしい。

2007/7/15【余市】五十五年前、宣教師の妻として来道していた祖母が描いた風景のスケ ッチを手がかりにして、日本縦断の徒歩旅行中の米国人タイラー・マクニブンさん (24)が、父親の出生地が後志管内余市町近郊だったことを突き止めた。今月下 旬には、父親とともに余市を再訪したいという。
マクニブンさんはサンフランシスコ在住。訪日は二度目で、三月六日に鹿児島 県佐多岬を出発し、最北の宗谷岬を目指している。マクニブンさんの祖父は宣教 師として戦後、道内に滞在。一九四八年に父ジェーミスさんが生まれたが、約一 年後に一家は米国に戻り、間もなく祖父が死去。本道の思い出は、祖母が四九 年に描いたメモ用紙大の風景のスケッチだけになってしまった。
 日本縦断旅行に先立ち、父親から道内で出生地を探してほしいと頼まれ、祖母 からは「スケッチした場所から一番近い町で父親が生まれた」と聞かされた。スケ ッチに描かれたのは、断がいと細長くそぴえる奇岩など。六月末に青森県むつ市 で出会った旅行者から「積丹半島のローソク岩に違いない」と指摘され、今月二 日以降、函館、長万部、岩内と進むうちますます確信を強めたという。
 十四日に余市町豊浜町の海岸で、スケッチとほぼ同じ光景を目の当たりにしたマクニブンさんは「北海道を 思いつづけ、ついにここまで来た。今までの旅の長さを初めて感じた」と振り返った。
 今後、日本海沿いを北上し、下旬には宗谷岬に向かい、父ジェーミスさんも米国から合流して再び豊浜の 海岸を訪れる予定だ。映像ジャーナリスト志望で、帰国後に今回の旅を本やビデオにまとめ発表するという。