都で〜ん、カムバ〜ック!

 

帝都を網の目のように走りまくった都電。

最盛期には41系統、総延長213kmにも及んだ(トロリーバスを除く)。

しかし国の復興に伴う

都心部の空洞化、急速なモータリゼーションにより、

都電は次第に進路を失っていった。

 

1959(昭和34)年、道路交通法改正により

自動車が都電の聖域“軌道敷”内への進入を許され、

これにより定刻どおりの運転もままならなくなり乗客数が激減。

その後、地下鉄開通や東京オリンピックのための道路整備、

首都高速建設によって都電の運命は決まってしまった。

 

そしてついに都知事 美濃部亮吉が

1967(昭和42)年6月30日施政方針演説のなかで

「外部環境の悪化などにより

大衆輸送機関としての使命を果たせなくなった

路面電車とトロリーバスを廃止し、

地下鉄とバスに代替する」

と提案。

 

これに対し、東京都交通局は

「路面電車は昭和46年度までに、

トロリーバスは昭和43年度までに廃止する」

ことを基本方針に盛り込んだ。

 

撤去は、撤去5ヵ年計画に基づいて

1967(昭和42)年12月9日の第一次から第六次まで

約5年にわたって行われ、1972(昭和47)年11月12日に完了した。

荒川線(旧27、32系統)だけを残して。 
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