2月 2日(月)

February 2nd (Mon), タンペレ通信に戻る( Back to Index)

(黒ソーセージ)

 タンペレの名物はムスタ・マッカラ(黒ソーセージ)である。実物に出会ったのはタンペレ滞在の数ヵ月後、秋になってからと記憶しているが、家内がカウッパハッリで買ってきたのを食べた。割安で、これ1、2本に焼たてのパンを購入挟んで食べれば、高価な(割には魅力の少ない)サンドイッチを購入するよりかなり割安で、ユースホステルを利用する旅行者にはもってこいの昼食となろう。ただし、このソーセージ、名前はソーセージだが肉は含まれていない(それが安価の理由?)。主成分は穀物と血、それをソーセージと同様に包んで焼いたものである。なぜ黒いのかお分かりだろう。

 我が家でも、ムスタ・マッカラに対する評価は二分され、子供達はほとんど手をつけない。家内と私は好きである。もう少しスパイスが効いていて辛さが加われば申し分ないのだが、甘すぎることはフィンランド料理全体に対する個人的見解になってしまう。大学の食堂でも、毎回チリソースをたっぷり使い、本来の味付けを損なっているわけだから。

(黒猫のタンゴ)

 この曲を知っていると世代がばれるが、日本で一世を風靡したこの曲が、世界のタンゴを紹介するタンペレ・ラジオの番組で紹介された。歌詞もフィンランド語に翻訳され、かわいらしい声の男の子が歌っているのは、原曲と同じである。歌詞の中に「日本から . . . 」という部分があり、「そんなのあったっけ」と家内と一緒に首をかしげたが、曲後の紹介でも日本のタンゴ曲と紹介されていた。
 実はこの曲ムスタン・キッサン・タンゴ(日本語の曲名の直訳)は、来フィン早々にスーパーで適当に購入した童謡のカセットに、私が好きになった「ミナ・ソイタン . . .」の2つ前の曲として集録されており、頻繁に聞いていたのだが、「 日本から . . . 」はない。たぶん、番組用に歌詞を一部変更したのだと思うが、故国の曲が紹介されることは、なぜか誇らしいから不思議だ。

(本当の冬)

 ようやく本格的な寒さがやって来た。天気予報はフィンランド南部でもー10〜ー25℃の予想気温を報じ、ベランダの温度計も連日ー10℃を下回る。もしかして、今年は来ないのではないかと密かに思っていた本当の冬がやってきた。ヘルヴァンタで気温が低いことを知るには、インシニューリン(技術者)通りのボイラーが動いているかどうかを調べればよい(と思う)。我が家も含めヘルヴァンタのアパートは温水(手で触っても火傷しないくらいの温度)によるセントラルヒーティングで、その温水は遠くヘルヴァンタ外の施設からパイプで送られてくる(と聞いた)。しかし、気温が低くなると、この施設からの温水では熱量が足りないらしく、先ほどのボイラーが稼働し始めるのである(たぶん)。このボイラー、夏から秋にかけて動いているのを見たことがないのだが、最近はよく煙突から白い湯気をもうもうと吐き出している。煙突から湯気が出ているのは決まって天気の良い(従って、気温の低い)日である。青空を背景にした白い湯気は、いかにも冬を感じさせる。
 零下十数℃という気温が、零下数℃と異なることは、寒いことである(当り前だが、冷蔵庫と冷凍庫の違いだと言えば、その意味するところは分かっていただけるだろう。道路に積もった雪は軽く、車が通るたびに白い粉となって舞い上がる。スケートリンクの氷も固くしまって良く滑る。)。フィンランドでは、湿度が低く、また、日本のような北風が吹かないことから、零下数℃ではそれほど寒く感じない。日本の太平洋側の冬と同じ服装で防ぐことができる。しかし、さらに10℃下がると防寒が必要になる。私の場合、上は下着に加えて毛のシャツ毛のセーターにコート、下は合成繊維のタイツにコーヂュロイのズボン、さらに綿入りのオーバーズボンと着込む。帽子、手袋はともに二重である。

  
(ボイラー)         (アイスホッケー)         (Uno) 

 この時期、屋外で最も長時間過ごすのは、智のホッケーの練習や試合のときである。上記のように防寒は十分のはずだが、約1時間半動かずにいると足元からの冷え込みがきつい。スノーブーツの中では靴下を3層に重ねているのだが不十分である。帰ることには、現時点で最も効果的な防寒方法は、自分もスケート靴をはき滑っている(止らない)ことである。ホッケー観戦には、スケート靴が欠かせない。
 土曜日には、タンペレ西方のテソマでホッケー三連戦があった。12月からの一連リーグ戦とは独立した4チームの総当り戦で、8時半(夜明け前?)から4時半(日没後)までの時間帯に試合が点在(ホッケーチームは年齢毎に編成されている。他年齢の試合も含めるとコートの空く時間帯はない)している。智の第一試合は9時15分開始、気温は18℃である。さすがにフィンランドの少年達も動きは悪いがキエッコ(ホッケーのパック)は走る。ヘルヴァンタは体が暖まってきた後半に、ようやく追い付き2ー2の引き分け。次の試合まで2時間あることから、逃げるようにして片道20kmの道のりをアパートまで戻る(Uno は冬になっても活躍しています)。午後からの試合は気温14℃、いくらか耐え易いはずだが、それでも、ホッケーコートから駐車場に向かうわずか1、2分間(二重の)手袋をはずしただけで痛くなるような冷たさである。空は青空(色は薄い水色だが)、陽光に照らされた氷面は本当にきれいだが。美しいものにはトゲがあるということか。午後3時半、ヴィデオカメラは回らなくなった。

  
    (遊園地)         (半島)         (タンペレ中心部)

 日曜日も快晴、気温は更に下り20℃に達した。こんなに光りあふれる良い日にもったいない話しだが、昨日より更に低い気温の中、屋外でスポーツを楽しむ気力はない。フィンランド人はスキーを積んで出かけて行くし、スケートリンクにも人が絶えないが、我々には少々きつい。軟弱な選択肢だが、サルカンニエミの展望塔に上り屋内からタンペレの冬景色を楽しむことにした。ナシ湖、ピュハ湖とも完全に凍り、遊園地も4月25日開園予告の大看板の向こうは雪に埋もれている。唯一凍っていないのは、両湖を結ぶタマー運河、流れが速く冬でも凍らないというのは事実だ。タンペレ中心の製紙工場を始め、多くの煙突から出る湯気は青空を背にして雲のようである。青と緑が支配的だった夏と異なり、この日の色は青と白、フィンランド国旗の色である。あの旗を見るとき、今後私が思い出すのは光りあふれるフィンランドの夏だろうか、それとも全てが凍る冬だろうか。展望塔からは、ナシ湖の氷上を岸から数百メートルも離れて散歩している人々が見えた。

(ナシ湖)

ちなみに、今朝、出勤時の気温は22℃、万全の防寒体制でアパートを出たことは言うまでもない。


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