
2月23日(月)
February 23rd (Mon), タンペレ通信に戻る(Back to Index)
(冬のおわり)
今年のフィンランド南部は(も?)異常な暖冬で、我々一家の予想、期待を裏切り、大雪も零下30℃の極寒もない、日本人にとっては平穏ともいえる冬であった。ー10℃を下回る気温が続いたのはわずか二週間に過ぎず、報道機関が何と言っているかは知らないが、私は勝手に200年に一度の暖冬(この冬が200年に一度の暖冬だろうと平年並みの冬だろうと、我々にとっては唯一フィンランドで過ごした冬には違いがないから、同じことだ)と呼ぶことにしよう。
このところ気温の変化が激しい。フィンランドでは、特に日照時間に恵まれない冬は、日中と夜間の温度差が小さく、全く変わらないこともめずらしくない。代わりに高気圧、前線の動きや、欧州全体に流れる風の向きによって、気温が上下する。今週も火曜日の夕方は零下20℃で、少年ホッケーの試合を観戦したかと思うと、木曜日の気温は一日中プラス6℃、雪も氷も融けだしてしまった。久々に路上の氷に足を取られて転倒するおまけまでついた。一日二日で気温が20℃以上も変わるのを異常と感じるのは外国人だけなのだろうか?
寒い頃:(少し放置すると) (エンジン予熱装置) (中庭)
データも持たずに言うのは正しい態度ではないが、気球温暖化が単なるキャッチフレーズではなく、実体を持つ(ウインタースポーツファンにとっては致命的な)現象だとの感じを受けた。このような冬が、いや、さらに暖かい冬が続くとすれば、スキーはもちろん、屋外スケートリンクを使えないフィンランド南部の少年ホッケーは、練習場を失って規模を縮小せざるを得ず、アイスホッケーの裾野が極端に狭くなる。北欧出身(たぶん、カナダも同様)のスタープレイヤーが減って北米ホッケーリーグ(HML)は技術水準が低下し、人気を失って解散するのではないか。日本ホッケーにとっては、一時的にはチャンスがめぐってくるのかもしれないが、冬期オリンピックそのものが閉幕すれば、活躍する場所を失う。ついつい、そんなところまで空想が飛んでしまうほど、今年の冬は、聞いていた姿と距離がある。
2月に入って季節の変化を最も感じさせるのがアウリンコ(お日さま)である。11月〜1月にかけて、ほとんど姿を見せなかったのに、最近は少なくとも一週間に一日、多ければ数日、快晴の日があり、太陽がさんさんと輝く(ブラインドを通して、そのように感じる?)。もう出勤時の空も真っ暗ではなく、夜明けの近さを感じさせるし、帰宅時に夕焼けを感じることも可能である。アウリンコが帰ってきた。
(大学への小道) (帰って来たアウリンコ) (テーッカリン通りの夕焼け)
(サーバー機の帰国)
このサイトのサーバー機(Power Macintosh 8100/80av)を帰国させるべき時期となった。新学期から戦線に復帰するためには、一足先にフィンランドを出国させ、我々の帰国までに職場に届いている必要がある。最新の同種機に比べれば処理速度も数分の一という旧式マシンだが、フィンランド滞在の約8ヵ月、ハードディスクの故障以外ノンストップで働き続け、このサイトの全てのサービスを一手に担ってきた働き者である。帰国後も、豊田高専電気工学科にある我々研究室のサーバーとして休みなく働き続けることは自明(サーバー機を更新する予算的余裕がない)にて、彼にとっては帰国の旅が今後唯一の休暇となろう。
今後、本ページは、我々の離フィンまで、タンペレ工大の研究室からお借りしている代替機(Macintosh Quadra 840av)で行うことになる(接続方法に変更はありません)。こちらは我がサーバー機より更に一世代前の旧式機にて、多少反応が鈍くなるかもしれない。更に、私の勤務時間帯(日本時間では、午後2時半から深夜過ぎまで)は、プログラム開発も同一のマシン上で平行して行う(ここ半年間は、2台でプログラム開発とサーバーとしてのサービスを分担していた)ため、一部サービスの停止、アクセス中断(開発中のプログラムが暴走すると、サーバー機自体を再起動しなければならない事態となる、この場合、数分間は、ネットワークからはサーバーが見えなくなるし、場合によっては、サーバーソフトそのものを止めないと、私の仕事が継続できないかもしれない。)等もあるかもしれない。ご容赦頂きたい。
また、このページは3月第二週で閉設し、新しい場所に引っ越すことになりました。

(冬のケスクストリ:中央広場)
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