
3月 2日(月)
(ナガノ II)
長野で冬期オリンピックが開かれ、日本とフィンランドの選手が活躍してくれたので、2月後半は職場でも近所でも話題に困らなかった。毎晩のように午前2時からの実況中継を見ていたミカ(ホッケーチームの男の子です)のお父さんは、勤務時間中辛くなかったのだろうか。スポーツ観戦に興味のない(自分ですることは大好きだが)マラさんでも、漏れ聞いたのか結果を知っていることがあった。アイスホッケーのフィンランドースウエーデン戦の時間には、私の滞在中初めて休憩室のテレビがついているのを見た(この試合、第三ピリオドまで0ー0が続いたから、観戦していた人は席を離れられなかったに違いない)。準決勝の対ロシア戦のときは、さらに凄かった。いつもは静かな玄関ホールの休憩所がホッケー観戦の学生、職員であふれかえり、彼等の歓声と悲鳴を聞いていれば、テレビ中継を見ていなくても試合の経過を把握できるほどだ。残念ながらこの試合、惜しくも破れたが他の競技では見られない盛り上がりだった。
国外にいると、やけに日本選手の活躍が嬉しく、誇らしい。ジャンプの金メダルのときなど、誰かに話したくてうずうずしてしまう(ほとんどの場合、先方も知っているのだが)ほどだから、不思議なものだ。TV1 のオリンピックニュースはいつも和太鼓をバックグランドに毛筆の長野のタイトルで始まる。このタイトル、デザイン優先のためか「野」の字の書き順が学校で教えるのとは違っていた。智は相当気になるらしく、受像機に向かって毎回文句を言っていた。少なくともフィンランドでは、「ナガノ」と和太鼓の響きは一気に有名になった(ただ、長野の位置まで正しく知っているフィンランド人は少ないと思うが)。
ヘルヴァンタには小さなスキー場がある。始めてヘルヴァンタに来た昨年5月、エーリッキさんの車で高速道路を降りてタンペレからヘルヴァンタに入る街道を進むと、左前方にスキージャンプ台が見えたものだ。ジャンプ台は、ヘルヴァンタの丘の北斜面に設けられ、その横には芝生が広がる。もしかしてダウンヒルのコースではないかとの期待は間違っていなかった。秋の子供フェスティバルで配られたパンフレットには、ムスタブオリとヘルヴァンタの2ヵ所に各リフト2本のスキー場があると書いてあった。
暖冬のせいで積雪は少なく、なかなか開業しなかったが、1月中旬、久々にお日さまを迎えた日曜日に偵察に行ってみるとリフトが動いていた。スキー場の駐車場に向かう道はゲレンデの横を通る急坂で、セカンドギアでエンジンブレーキを効かせてようやく降りれる道だが、何しろヘルヴァンタ内である、近いことは何ものにも替え難い利点である。
残念ながら、ヘルヴァンタのスキー場は極めて小さい。リフトは150mのTバー2本が並行して設置されているのみ、一部やや斜度のきつい10mほどの坂を除けば、スキーを始めて数日の素子でもすいすいと降りて来られる。我々は2時間券を購入して滑るのだが、十分である。ロバニエミ/オウナスバラの丘と同様、ここでも主人公は子供達で、過半数はスノーボーダーである。皆、顔写真入のリフト券(シーズンチケット)をぶらさげ、子供達だけでグループを作って滑っている。智もスノーボードをやりたいと言い出した。
(コース) (Tバー) (ジャンプ台)
以来、ホッケーの試合のない日曜日に、条件が許せば(気温がー15℃以上で雨が降っていないこと)、このスキー場を訪れるようになった。スキーの好きな人は来ないので(マラさんもダウンヒル・スキーをやるがヘルヴァンタで滑る気はしないと言っていたし、他の人々に聞いても、子供用のスキー場ねとの答えが返ってくる)、ゲレンデが空いている。片道 90km を走れば、フィンランド南部で最も人気のある(マラさんおすすめの)ヒモスのスキー場に着くが、Unoでこの距離をこなすことは少々冒険である。一日屋外で過ごした Uno が再び目覚めるかどうか疑問が残るし、無事往復する自信もない。ヘルヴァンタの丘で我慢するのが妥当のようだ。この丘で、素子はスキーを覚え、智はスノーボードを始めた。彼等の両親の滑りに上達のきざしは見えないのが少々残念ではある。
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