3月16日(月)

March 16th (Mon), タンペレ通信に戻る( Back to Index)

(ロックアウト)

 ついにやってしまった。先週の水曜日(11日)は、セッポさんに読んでもらっていた報告書の手直しなどで、久々に遅くなったのだが、アパートに戻ると玄関に錠がかかっていた。午後8時にロックされるため、我々は自室の鍵と玄関の鍵の二種類を常に持っている。おもむろに鍵を探して気がついた。鍵を入れている小銭入れを研究室に忘れて来てしまったのだ。戻るのは無駄である。校舎の玄関は施錠されていないかもしれないが、研究室には入れない。研究室の鍵も部屋の中だからである。帰るとき、廊下の電気は消えていたので、残っている人がいるとも思えない。今まで、その危険性を予知し、細心の注意を払ってきたつもりが、帰国を前に一瞬気が弛んだか、それとも、疲れからか、いわゆる、ポカである。我が家は3階(日本式に言うと4階)、三重ガラスの窓越しに帰宅を伝えることは難しい。近所の公衆電話ボックスまで行き、自宅に電話をかけることにした。こんなとき手帳に差し込んであるテレフォンカードが役にたつ . . . はずであった。
 電話器にカードを差し込んむと「ヘットウキネン」(ちょっと待って下さい)のあとに「エイ . . .」と表示された。つまり、通話時間が残っていないのである。「なぜ使えないテレフォンカードを大事に持っているのか?」などと言っても意味がない。小銭を探すと、小銭は小銭入れだと気付く。つまり、鍵と一緒に研究室に残っている。仕方なく玄関前に戻る。誰かアパートの住人が来ないかとしばらく待つが、こういうときは誰も来ないものである。雪玉でも作って窓にぶつければ、家内が気付いてくれるだろうか。でも、フィンランドの雪で雪玉を作るのは難しい。手持ちのスキー手袋なら、うまく投げれば届くかもしれないと思い、指の先端を持って思いきり投げ上げる。3階(1階下)の寝室の窓に当たった。電灯が消えているので留守なのだろう。落ちて来た手袋をもう一度投げると、今度は同じ窓の桟にひっかかって落ちてこない。踏んだり蹴ったりとでもいうのだろうか。もう一方の手袋で試すつもりはなかった。
 最後の手段は、少々離れるがパルモネンさん宅で助けを求めるしかない。丸い月を見上げながら南に向かう。留守ではないかとの心配から自然に急ぎ足、駆け足になる。呼び鈴に答えて現れたみどりさんの姿は、可愛いさくらちゃん(天使)を抱えた女神に見えた、といったら言い過ぎか。とにかく電話をお借りし、家内に連絡をとった。アパートの自室に戻ると8時半をまわっていた。

  
(テレホンカード)          (月)          (さくらちゃん) 

 冷静になって考えてみると、アパートの玄関前から大声で叫んでいれば済む話だった。酔っぱらいのふりでもしていれば、近所迷惑ではあるものの、フィンランドの雰囲気からそれほど外れるとは言えない。中庭で遊ぶ子供達の歓声や、近所のカラオケ喫茶からの歌声を自室内で聞くことができたのだから。いつものことだが、自分で自身を窮地に追い込んでいただけとも言える(後からなら)。翌日、手袋が戻ってきたことが救いである。

(春の予感)

 土曜日は、30番のバスでタンペレ中心部に出かけた。ついこの間まで土曜日といえば少年ホッケーの試合と決まっていたのだが、リーグの試合は全て終了、あとは3月下旬(すなわち、我々の帰国後)のイルヴェス・カップまで試合はない。家族全員でバスに乗るのも久しぶりのような気がする。ストックマン百貨店、アカテミ−ン書店、コスキケスクスのスポ−ツ店、ケヘラサーリ、カウッパハッリ(屋内市場)からソコス百貨店と、知っているところを一通り回ったことになる。コスキケスクスからケヘラサーリへは、タマ−運河にかかる歩行者専用の橋を渡るのだが、ショッピングセンターの扉を開けたとたん、流れの音に驚いた。ゆるやかに、ゆったりとしていたはずの流れが、波を立て激しくピュハ湖の入り江に注ぎ込んでいる。上流のナシ湖に集まる雪解け水のせいだろうか。タンペレに春の訪れを告げる合図のひとつかもしれない。

  
    (タマ−運河からの流れ)   (子供達)    (冬も暖かいショッピングセンター)

 昼食は、カウッパハッリでとった。肉屋でソーセージと肉団子を、パン屋で焼き立てのパンを買い、壁ぎわのベンチに座って食べる。水はペットボトルに入れて持参しているので問題ない。家族4人分、60マルッカ(1500円)でおつりがくるから安上がりであろう。我々の知見によれば、フィンランドでは食材は日本より安いものの外食(ファストフードも含めて)はかなり高い。調理の不要な食材を買い集めての食事は、日本で行うよりはるかに節約効果が高い。私のお薦めは薫製の魚(スモ−クサ−モン等)、売り場での見栄えはよくないが、スモークうまい。安価とはいえないが、高級食品ではない。周りを見れば、我々同様、ここで食事を楽しむ人々が少なくないことが分かる。屋内市場は、雰囲気も好きである。
 フィンランドの習慣に染まったか、食後にアイスクリームを要求する子供達のためソコス百貨店に向かう。ここは北側玄関を入ってすぐ左側にアイスクリーム売り場がある。しかし、あまりの賑わいに恐れをなしたか家内は地下の食品売り場で市販のアイスクリームを買うことにしたようだ。すぐに食べたい子供達と一緒に、私は歩行者天国のクニンカ−ン通りのベンチで荷物の番をした。家内はポスターを買いにムーミンショップ(ムーミン谷博物館横)に向かう。私はソコス玄関(屋内)でなく、屋外を待ち合わせ場所に選んだことを直ぐに後悔し始めた。好天に恵まれた日中とはいえ、気温は零下5℃までしか上がっていない。買い物中は暑いと考え、今日はオーバーズボンを履いてこなかったからである。子供達も寒くないのだろうか。アイスクリ−ム好きのフィンランド人でも、零下の屋外でアイスクリームを楽しむ光景は見たことがない。一部往来の人々も、不思議そうに振り返る。もしかして、彼等の日本人理解を歪曲するような行動だっただろうか。

(ヘルヴァンタ水道塔)

 智のユニホームをコーチのアンッティ宅に返した後、おなじみのヘルヴァンタ水道塔に向かった(アパートの窓から見えるので、これまで、何回もこのページにその画像が登場しているから、皆さんも御存じだろう。夏には、毎週月曜日、智のサッカーの練習が、水道塔下のグランドで行われたので、我々はかなり頻繁に足を運んでいる)。しかし、階段を上るのが大変だし、暗くて少々こわくもあり、今まで一度も上ったことがなかった。日曜日は無風、快晴の小春日和、気温もー5℃まで上がって絶好の機会である。最後に一度だけというつもりで塔内に入った。
 まず、驚いたのはエレベータがあること、「階段を上らなければならない」とは、最初に訪れたときに見落としたのか、それとも、単なる(いつもの)思い込みにすぎないのか不明である。エレベータには、1、13、14、15、17階の表示があり、1、17階以外は鍵がないと止まらないようになっている。たぶん、水道関係の施設があるのだろう。17階は大きなお皿の上になり中央南側にはカハヴィオがあり、賑わっている。食べ物はドーナツ程度だが、コーヒー、ジュ−スにビールも飲める。11時から22時までの営業とあるから、夜は夜景を楽しみに人々が集まるのだろう。

  
(水道塔)   (塔上)    (タンペレ中心部)

 眺めは素晴らしい。タンペレ中心部に近いサルカンニエミの展望塔ナシンネウラも南北にナシ、ピュハの両湖を眺望でき絶景であったが、ヘルヴァンタ水道塔からは、より多くの森を眺めることができる。タンペレ中心部が北西から北に広がり、西にはピュハ湖の対岸に(たぶん)ノキアの町が、北東にはジャンプ台の向こうにカウカヤルヴィが、遠く東南には(これも、たぶん)カンガサーラの面する東の湖が見える。南側足下には、ヘルヴァンタの町が広がり、我々のアパートもアイススケート場も、学生寮と大学の講堂も良く見える。町の向こうは地平線まで森が続く。ヘルシンキのあるはずの方向である。最後の最後であったが、スキップせずによかったと思う。
 ヘルヴァンタの西にあるサルキ湖では、多くの人々がスキーを楽しんでいる。湖上にいくすじもの道ができ、相互に交差する小道を走るスキーヤーは、暖かい日の光を浴びて、この素晴らしい季節を楽しんでいるようだ。屋外を散歩する人々も増えた。冬の間は(屋外で)ほとんど見かけなかった四酔っぱらいも再登場、アハヴェニス湖に鴨はまだ戻っていないが、小鳥のさえずりは日に日に賑やかになってきている。午後は、子供達と最後のスケートを楽しんだ。リンクの氷にはひびが入り、ホッケーコートも北側のフェンスの下がスカスカになっている。この二週間続いた好天氷も融けはじめているのだろう。気温は低いが陽光は眩しいほどだから。この時期、早春のフィンランドは、とても美しく、居るだけで心が軽やかになる。長く暗かった晩秋から冬の後ではなおさらである。マラさんでなくとも、サンバのリズムに合わせて踊りだしたくなるのではないか。今この地を離れるのはもったいないようであるが、最も美しい季節に幕を閉じるのは、しあわせかもしれない。

(ヘルヴァンタ)


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