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がんばるな!?新左翼

 1. 革労協の分裂とゲバルト美学   

 乃木坂うづき

 新コンテンツを作ることになった。管理人を務めるわたくし乃木坂うづきが執筆する。題して「がんばるな!?新左翼」。鈴木さんの名著からの、なんともベタなパクリである。安直であるとのそしりは免れないだろうが、なにしろ私は平仮名を漢字に変換するしか能のない男なのだ(今週の主張2/14号参照)。一応連載形式にするつもりでいるが、なんせ素人である。第二弾はいつになるか謎のまま、新連載第一弾の始まりーっ。

 テーマは「がんばるな!?新左翼」である。なぜ「がんばるな」かは後述する。ところで「新左翼」とは何だろうか。字義通り新しい左翼かというと、そうでもない。新幹線や新ジャガや新世界と同じで、何十年経っても「新」なのだ。確か60年代後半にマスコミがつけた呼称だったと思う。それ以前は「反日共系」とか「反代々木系」なんて呼ばれていた。系統的には、革共同、共産同、社青同、構造改革、日共分派の五つの流派と、アナーキストやノンセクトラジカルズの類を総称していう。
 ただ当人達は自分で「新左翼」とはあまり言わない。もっぱら「革命的左翼」と自称する。でもその呼称を嫌がってはいない。現在は『人民新聞』と改称しているが、かつては『新左翼』という、そのまんまやんけ、もっとひねりなさい、と言いたくなる新聞もあった。もっとも70年代前後から、マスコミは「過激派」と呼び方を変えているし、警察は「極左暴力集団」、日本共産党は「ニセ『左翼』暴力集団」と呼ぶ。
 とまあ、解説はここまで。知らない人は知らないが、知ってる人には不要であろうから。

 てなことで、内ゲバの話である。ニュースなどでご存知の方もおられると思うが、最近、革労協の内ゲバがあり、標的をナイフで刺殺したとのこと。もう内ゲバ殺人なんて昔ながらのありきたりな事件であるから、関心のない人にはどうでもいいことだろう。しかし、ナイフでズブリなんである。ここが今までと違う。内ゲバの定番アイテムといえば、鉄パイプにバール、工業用ハンマーと相場が決まっていた。もともとは武器として作られていない道具を使用してきたのだ。これは逮捕され裁判になった時に、殺人か傷害致死かの分かれ目になるからともいわれている。だが、ナイフという殺傷用の凶器を使うというのは、和製独語化した意味での「ゲバルト」の美学に反する気がする。ま、実際はバールや工業用ハンマーで頭部をぐしゃりとやると、脳漿が飛び散って即死、なんてことになるらしいので美学もへったくれもないのだが、あくまで殺傷用ではない武器で戦うことにこだわってほしいのである。バーリトゥードでも金的と噛み付きは禁止されているように、ある一線は引いておくべきなのだ。
  なのに、 ナイフでズブリなんである。これはもう内「ゲバ」ではない。表通りで起きた「連赤」だ。暗殺だ。しかもつい最近までは、固く団結した同志関係にあったはずなのに、相手をそれぞれ「ミニ・スターリン主義」「ハザマ私兵」と罵り合い、殺し合っているのである。あの凄惨な戦争を繰り広げた中核と革マルでさえ、63年の革共同分裂当初はこんな風ではなかったであろう。奥浩平の「青春の墓標」を読めば分かるが、両派の男女が交際さえしていたのだ。希薄ながら仲間意識は残っていたのかも知れない。
  だけど、ナイフでズブリなんである。革労協は。確かに鉄パイプで殴るよりは効率はいいだろう。しかし微かにでも大衆を意識する感覚が残っているなら、最後の一線、ゲバルトの美学は守るべきではないか。勝敗を決するだけなら効率追求でいいだろう。でも勝負ごとには無駄もあっていいのだ。例えるなら、野球でホームランを打ったあとダイヤモンドを一周する必要はないし、相撲だって大銀杏も弓取りもいらない。だが観衆を魅了するためには不可欠なのである。政治運動だって観衆=大衆が存在するのである。
 されど、 ナイフでズブリなんである。原点に立ち返って、鉄パイプでぼこぼこやってほしいものである。これこそゲバルトの美学、戦闘の様式美ではないか。今対立している革労協両派の現代社も赤砦社も、もっと肩の力を抜いていくべきだ。そんなに頑張らなくてもいい。だってギャラリーは楽しくないぞ。

 もうがんばるな! 新左翼。もうがんばるな! 革労協。

 というわけで、やや社会通念を逸脱しつつ終わる。

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