
ペテロ邦男の 宗教なんかこわくない! 乾太一(いぬい・ふといち)君の「告白」はおもしろかったね。自分でインタビューして書いたんだけど、HPで読んでまた感動を新たにした。「旧約」聖書を今も生きているっていうのが凄いね。
掲示板を見たら、僕が昔いた「生長の家」の信徒の「鈴木邦男ファン」さんからも書き込みがあって嬉しかった。
「ああ、まだ谷口先生の御心をご自身の心の中に保持しておられるのだなあ」と書いてくれてた。うん、そうかもしれないな。むしろ今の方が宗教家だし、信仰があついような気がする。キツイ時は「生長の家」の教えを思い出して乗り切ってるし。昨日だって、熱が出て頭がガンガンして倒れたのに、「神想観」(生長の家のお祈り)をして治ったし。信仰の力で病気を追い出してる。
9月にエスエル出版会から初の対談集『右であれ左であれ』を出すんだけど、その他にも何冊か出す本があって、毎日原稿ばかり書いた。『右であれ左であれ』は、大前研一、岩國哲人、猪瀬直樹、松本健一、佐木隆三・・・などそうそうたる人々とかなりシビアな対談をした。前に長い解説を書いたけど、それを削らなくちゃならない。また、はずしたくない対談もとらなくちゃならない。2冊分の対談を1冊にまとめたので泣きの涙で削る作業をした。自分のお腹をいためて生んだ子を殺してるような気分だった。
8月15日、お盆の夜中に原稿100枚をエスエル出版会にファックスしたんだけど、途中何十回もつまるし、カタコト、カタコト遅いし(旧式だから)。2時間以上もかかった。その間、中野図書館から借りてきた聖書のテープを聞いてた。
テープは旧約聖書10巻と新約聖書10巻。外に出たときとか資料整理するときとかずっと聞いてる。やっぱりいいなー。
あまりに感動する言葉が多かったので、乾君や神風真理ちゃんの留守電に入れてやった。そしたら乾君が「大変だ! 神の声が聞こえた。統一教会に戻ってこいといってるんですよ」と泣きそうになってた。「オレが吹き込んだんだよ」といいたかったが黙ってた。 早大生の鈴木昌生君(一水会の勉強会に来る人)がこんなことをいってた。「鈴木さんはミッションを出たからよかったんですよ。たとえ学校と喧嘩してもキリスト教について教わり、考えたでしょう。だから世の中のことも分かるし。うらやましいです。僕らはそれがないからダメですよ」。アッそうかと思った。最近、映画『プリンス・オブ・エジプト』を2回見たが、感動した。「アニメは面白いし、素晴らしいが、筋がよく分からない」という人もいた。その人はミッションを出ていないからだ。
その点、僕なんてよく分かる。日本の歴史よりも身近だ。それに「旧約」が分からないと世界が分からない。「旧約」と「新約」をセットで考える人は多いだろうが、そう認めるのはキリスト教だけなのだ。モーゼの後、預言者キリストを認めるからキリスト教になる。預言者はまだ来ていないといってキリストを認めないのが「ユダヤ教」だ。いや、マホメットが預言者だというのが「イスラム教」(マホメット教)だ。この世界三大宗教は「旧約」を認めることでは同じだ。
だから、日本の学校でも世界史や日本史を教えるより前にこの「旧約」を教えるべきだ。それを否定するにしろ肯定するにしろ「旧約」によって生きている人が多いのだから。「世界」を理解するのはまず「旧約」を理解することだ。そうしないと、世界の歴史、文化、戦争、美術、音楽などを理解することもできない。日本の歴史なんか自分で学べばいい。
それよりも、「旧約」を教え、モーゼやアブラハムのことを教えたらいい。こんなこと書くと、また右翼に攻撃されるかな。
でも、三島由紀夫と一緒に自決した森田必勝(まさかつ)君は、中学高校の6年間、ミッションスクールだった。彼の遺稿集を読むと、キリスト教のことがよく出てくるし、映画も「十戒」や「ベン・ハー」などを見て感動している。
乾太一君も6年間ミッション。それに森田必勝君と一緒に活動していた山本之聞君は名前を「しもん」と読む。これも聖書からとったものだ。そうすると、「民族派運動はクリスチャンがつくった」ともいえる。ちょっと強引かな。この前会った市民運動家は青崎「百合雄」さんという名前だった。「父がクリスチャンなので聖書からとったんです」といっていた。「野の百合」なのかと思ったら「ユリシーズ」だといってた。
感動して「実は僕も高校のとき受洗したんです。だから名前も実は鈴木・ぺテロ・邦男というんです」と誰にもいわなかった秘密を告白しちゃった(赤坂注・ウソです、みなさん)。
名前といえば、自分のイデオロギーを子供に押し付ける人がいるよね。特に共産党の人。あれはまずいんじゃないの。評論家の有田芳生(よしふ)さんは、ヨシフ・スターリンからとった。作家の戸井十月はロシアの十月革命からとった。2人とも、お父さんが共産党だからだ。かわいそうに。森田必勝君は、昭和20年の敗戦直前に生まれたが、お父さんが「日本が勝つように」と祈りを込めてつけた。宿命の子だったんだ。
鈴木昌生君は「ミッション出の人が羨ましい」といっていたが、だったら高校は全部ミッションにしたらいいんだ。そうしたら、世界のことがわかる。うん、これはいい。「日本が、日本が・・・」とばかりいってる場合じゃないだろう。でも、そんなことをしたら公明党が反対するかな。
そうだ、左翼も「日の丸・君が代」反対というなら、「中学・高校は全部ミッションにしろ!」ってそのくらいのこといえばいいんだ。国際化だよ。そして、「自分のことだけ考えてる利己的な憲法なんかいいらない。憲法をやめてモーゼの十戒にしろ!」と。
どうせ、憲法はおおまかな宣言ばかりだ。具体的なところは法律で決めらている。だから、イギリスのように憲法がなくても、なんら不自由なことはないんだ。「十戒」だっていい。これこそが世界普遍の真理だ。「犯すなかれ」「盗むなかれ」と人間が生きるうえで大事なことだけを書いている。これさえ守れたらいいだろう。
『右であれ左であれ』の校正をしていたら、桂文珍さんとの対談で思わずうなってしまった。討論の後「好きな言葉を」っていわれて聖書の言葉を書いたんだ、ペテロ邦男君は。
「義のために迫害されてきた人は幸いだ。天国は彼らのものだから。ミッションスクール出身の民族派、鈴木邦男」
「あっ、オレを支えてきたのは『聖書』だったのかと気づいた。「心の清い人たちは幸いである。天国は彼らのものである」etc・・・と「山上の垂訓」はスラスラと出てくる。
それに「新訳」の目次はすべて暗記してる。マタイ、マルコ、ルカ伝、ヨハネ伝・・・・と。「教育勅語」や「歴代の天皇」の名前は知らないのに。これも反日的で自虐的なのでせうか。罪深い日本人でせうか。去年なくなった景山民夫さん(作家で「幸福の科学」の信者) もミッション出身で、それが人生ではものすごく役に立っているといっていた。一緒にカラオケにいったときも「どうして賛美歌はないんだ。歌いたい!」って叫んでた。景山さんに誘われて東京ドームに「幸福の科学」の話を何度か聞きに行った。出版社の人たちも大勢来ていた。みんな信者だ。ドームの2階に空いた一画があった。なんでも高級霊の招待席だそうだ。でも、終わりまで空いていた。そしたら、出版社の人が「えっ、見えたでしょう。モーゼ様もいらっしゃってたし、アブラハム様もキリスト様もお釈迦様もいらっしゃいましたよ!」
そ、そうなのかと思った。オレは俗物だ。高級霊が見えないんだ。この話を他の俗人に話したら「いや、見える方が変じゃないの?」という。でも、いいだろう。それで清く正しく生活してるんだし、みんないい人なんだから。殺さず、盗まず、姦淫せず・・・。「十戒」通りの生活をしているんだ。「そんなのは迷信だ」といいながら、人は殺すは、盗むは、犯すは・・・という悪人よりもずっといいんじゃないか。どう思います、皆さんは。
と問題提起をして終わります。
今後も、宗教については考えていきましょう。ところで「いぬいふといちの伝道日記」はまだ始まらんのか。2週間待って始まらなかったら、オレが勝手に「いぬぶと日記」を書いちゃうぞ!