今週の主張4月10日

編集人と志賀直哉の謎

 「噂の真相」(5月号)にはショッキングな記事が出てたよ。「封印された『赤報隊』事件は現職警察官の犯行だった」。神奈川県警の警察官だったらしいですよ、犯人は。それも、野村秋介さんの「元運転手」が告発している。なんとも凄い話だ。これが本当だったら、「容疑者」とされていた僕らの人権はどうなるんだ、どう賠償してくれるのだ。詳しくは本を読んでもらうとして、この警察官は過激な右翼思想の持ち主だったというし。普通、犯人を特定する場合、「動機」と「実行力」の二つから絞り込む。いくら動機があっても、銃の撃ち方を知らない、銃を持ってない、では犯人とされない。新右翼関係者は、「動機」があるが、「実行力」はないから、シロとされた(いや、灰色か)。その点、この警察官なら両方ともに備えている。又、事件の日は全て、休みをとっている。ウーン、すごい、これで 赤報隊事件は解決か。
 だったら、「右翼説」をいってきた人々はどうなるんだ。でも、まだまだ二転、三転するかもしれない。事件はいまだに五里霧中、薮の中だ。
 いま、週刊SPA! で「三島事件」を書いてるが、当時の「楯の会」関係者に話を聞いても、かなり食い違っている。又、僕が「こうだ」と思い込んでいたことが覆されることもある。芥川龍之介の『薮の中』と同じだ。事件は一つなのに、各人の証言、見方、評価が各々違い、いっぱいあるのだ。又、「スコラ」で、見沢知廉が僕と木村三浩氏と対談しながら、15年前の「スパイ査問事件」について書いてたが、あれも三者三様、まるで「薮の中」だった。事件後、自首をすべきか、逃がすべきか・・。当事者たちの「証言」も違っている。「12年間、刑務所でそのことばかり考えていたんだから俺の記憶が一番正しい」と見沢は言う。しかし、そういうものでもない。一人でじっと考えてたら、自分の「思い込み」は全て正しくなり、訂正はきかなくなる。この事件も、いつか、「真相はこうだ」という全く別の話が出るのかもしれない。
 たった15年前や30年前のことだって、分からないんだ。戦争中のことはなおさら、薮の中だろう。そして、思い込みや、伝説や、作り話も生まれる。(乃木坂注・「ディズニーランド反対運動」をしていたある団体の前会長は、ディズニーランドが完成するやいなや、女連れで遊びに行ったという「伝説」もあります)
 ここで、話はこのHPのことになる。ある雑誌の編集者がギックリ腰になった。これは本当らしい。どっかのバアやさんがそれを証言した。このバアやさんとギックリ腰には因果関係があるのか、ないのか。「いや、もっと若い女と寝てた時の話だ」という証言もある。ともかく、寝床でなったらしい。「無理な体位をしたらしい」という人もいる。「48手だけではもの足らず、裏48手の一つ、逆松葉くずしをやったらしい。"イヌブタ・スペシャル2000"をやったらしい」という証言もある。噂は噂を呼び、謎は謎を呼んでいる。そして20年後、このことは、いろんな本に書かれるだろう。「はたして 逆松葉くずしとは何か。あるいはこんなものなのか」と、写真入りで想像、解釈がでたりする。大事件になる。このHPもその時の「証拠」となるだろう。「ほら、爺やもこう証言している」「17才の少女と交わってる時の事故だ、と真理バアやも証言してるぞ」・・と。(乃木坂注・独り舌技説もある) そして、「歴史」はつくられる。「歴史」なんて、そんなもんですよ。「薮の中」を笑えないんですよ、おいらたちもみんな、薮の中にいるんだ。「みんな、薮の中」という歌もあったね。「みんな、夢の中」だったっけ。
 ここまで書いたら、その編集者から突如、抗議が来た。パソコンで打ってるから、そのまま「盗聴」(盗視?)されてるんだ。困るな、盗聴が合法化されてから、誰でも盗聴できるようになってしまった。その「盗聴」した編集者が言うんだよ。「僕のギックリ腰なんか歴史に残りませんよ。下らない」。いやいや、将来、彼は有名な作家になって「昔、こんなことがあった」と本が出るかもしれない。あるいは、「鈴木邦男攻略本」が出て、その中で、とり上げられるかもしれない。断言する。きっとそうなる。おいらは予言者だ。
 「こんな、どうでもいい話が後世に残りますかね」と彼はいう。残るんです。ささいなことでも、下らないことでも、それが謎をはらんでいれば残る。神は細部に宿るんです。だって、志賀直哉だって、「小さな謎」があるから、今も人気があるし、残っているんだ。「志賀直哉って"小説の神様"っていわれたんでしょう。あんな清らかな、聖人君子のような人にも、謎があるんですか」と、「謎の編集者」は言う。あるんだよ。謎ばかりなんだよ。
 志賀は、作品数は極端に少ない。今は売れてるが、生きてるうちはロクに売れない。収入もない。じゃ、どうして食ってたか。親に食わせてもらってたんだ。パラサイト・シングルだったんだ。いや、結婚してからも親に食わしてもらってたから、パラサイト・ダブルだ。でも、親に寄生はしてたが、家にひきこもっていたわけじゃない。芝居に行ったり、遊廓に行ったりして遊び回った。小説をかくための人生勉強といってたが、なに、ただの遊び好きだったんだ。
 「城の崎にて」という短編がある。すばらしい小説だというので、小説家希望の人は皆、原稿用紙に一字一字うつして書き、練習している。見沢もやった。おいらもやった。 城の崎は温泉場だ。志賀は東京で電車のホームからおちて足を怪我して、それで療養のために行ったのだ、と思っていた。でも通院がのびて、かなり後で城の崎にゆく。高校の国語ではそう習った。ところが違う。その怪我は治ったが、性病の病院にも通っていて、そっちが治らないので、城の崎にいくのはおくれたのだ。足の怪我の治療か何か分からんよこれでは。まァ、これも足の治療かもしんないけど。(乃木坂注・真ん中の足ということですか?)
 「それと僕のギックリ腰とどう関係あるんですか」と編集者は文句を言う。まァ、まァあせんないで。その志賀には不朽の名作『暗夜行路』がある。中学や高校の国語教科書にも出てるが、じつは、かなり、エッチなんですよ。遊廓で女と遊び、赤坂ばあやのような巨乳おんなを抱いて、「豊年だ! 豊年だ! 」と叫ぶ。もちろん、志賀じいやの実体験ですよ。これは。じっさいにやった人間じゃないと書けない。
 さて、一つ一つ、エッチな場面を紹介してたらキリがない。問題は次の所だ。
 「坂口が旅先で死んだらしいと聞く。何で死んだのかと友人の宮本に聞くと『播摩をやったそうだ。到頭やったネ』という」
 これが有名な「播摩問題」だ。「暗夜行路」の謎であり、志賀直哉の謎だ。
 播摩とは、やってはいけない「体位」のようだ。キルケゴールがいった「死にいたる体位」だ。いらい1千年(そんなにないか)、志賀直哉研究家はこの謎にとりくんできた。SPA! (96年5月22日号)で四方田犬彦も、この謎に挑戦している。「シックスナインじゃないか」「首をしめるんじゃないか」「アナルセックスじゃないか」・・と。阿川弘之は生前、志賀に聞いたそうだ。志賀は言った。
 「あれは言葉だけが夢に出てきたんで、具体的にどうという形態は何もない。しかし、夢の中ではハリマと仮名だった。それを作品に書く時、国の播摩(磨)という字に直したのは、ある意味で弱くしたんだ。いろんな人に聞かれるけど、こっちはそれ以上は説明のしようがないんだよ」
 何とも要領をえない説明だ。でも夢の中で、「形態(体位)」も浮かんだんだろう。あるいは自分で研究してる時に、発見したんだろう。「これは新しい形態だ」と思った。いつかは、詳しく書こうと思った。しかし、他の人から、「もうすでにある体位だ」と教えられ、ガックリした。だから阿川には「みんな夢の中」と歌ってごまかした。こんなところだろう。おいらの推理に狂いはない。だてに「火曜サスペンス劇場」を60年も観てるわけじゃない。おそれいろ、志賀め。
 と、これはおいらの推理。それはそれとして、「播摩問題」は今後、何百年も謎のまま、語りつがれるだろう。と同時に「ある編集者の謎」として、「逆松葉くずし」(あるいは「逆松葉」「乱れ松葉」と呼ばれることもある)のことも長く語り伝えられることになるだろう。おそろしいことだ。こうして「謎」は生まれ、「伝説」は生まれるのだ。その歴史を皆は同時代的に体験しとるんよ。何という幸せ。
 そうか、播摩は薬物かもしれないな、と今、急に思いついた。大麻かなんか吸って、いつまでも、どこまでも入ってゆく。あっ、私も天国に行けそう。おいらもだ。といってる間に天国に行ったのだろう。あるいはSMプレーという可能性もあるか。よし、今年は「志賀直哉研究」に没頭し、一冊書いてみるか。

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