■ 来月は禅の「牛十図」


今回は、幻の詩人とも言われている「サミュエル・ウルマン」が書いた「青春の詩」をご紹介します。

 「青春の詩」は、ウルマンが70代で書いたものです。彼は1840年4月13日、ドイツのヘヒンゲンでユダヤ人両親の長男として誕生。両親とともにアメリカに移民し、後半生をアラバマ州バーミングハムで過ごしたウルマンは、教育者として、またユダヤ教のレイラビ(精神指導者)として、実業家として幅広く精力的な活動をし晩年になって数編の詩をつくりました。実はこの「青春の詩」は1922年に家族が発行した詩集「80年の歳月の頂から」の巻頭の詩です。ウルマンはこの詩集が発表された2年後の1924年3月21日84歳でこの世を去りました。

 この詩は「リーダーズダイジェスト」が1945年に”HOW TO STAY YOUNG”のタイトルで掲載しました。そして、1955年、故マッカーサー元帥がロスアンゼルスの講演で「青春」を引用。1958年、森平三郎が群馬県桐生の東毛毎夕新聞に「岡田義夫訳」の「青春」を紹介したことによってこの詩が次第に広がりはじめました。その後、1982年、宇野収氏が日経新聞に「青春」の一部を紹介、大きな反響を呼びました。

 1985年、この詩に心を深く打たれた宮沢次郎氏(当時トッパンムーアー且ミ長)によって「青春の会」が発足、財界産業界のとトップたちの共感を呼び、静かにして強力な活動がはじまりました。その2年後、財界人200名による「青春」と作者をたたえる祝賀会が開催。ウルマンの遺族も来日し、1992年サミュエル・ウルマン賞が制定されました。そして各界から浄財が募られ、ゆかりの地バーミングハムにサミュエル・ウルマン記念館の開館となったのです。

もうすでにご存知かと思いますが「青春の詩」・・・・(岡田義夫訳)をご紹介します。


青  春
原作 サミュエル・ウルマン

邦訳 岡田 義夫

青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相(ようそう)を言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、

こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や狐疑(こぎ)や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ(あたか)も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも(あくた)に帰せしめてしまう。

年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる、

人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる、

希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。 これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷(あつごおり)がこれを堅くとざすに至れば、この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。

蔵版   青春の会


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