海上自衛官時代の回想記

嗚呼,花の艦隊勤務其の弐
艦内生活篇





(海上自衛隊最新鋭潜水艦・おやしお型)



1.海上自衛官の誇り・艦船勤務



艦船乗り組みの自衛官は、みんな決まってこう言う。
「やっぱり海上自衛官は船だぜ。船に乗ってこそ、海の男だぜ。」

しかし、潜水艦乗り組みの海上自衛官はみんな決まってこう言う。
「やっぱり海上自衛官は潜水艦だぜ。潜水艦に乗ってこそ、本物の海の男だぜ。」

そして、航空隊勤務の海上自衛官は、みんな決まってこう言う。
「やっぱり飛行機だぜ、自衛隊は。船なんて、あんな狭くて揺れる乗り物、気が狂うぜ。」

みんながいいたいように言う、海上自衛隊。しかし、人員比率で最も多いのは,最初の船乗り,
艦船勤務員である。



2.艦船乗組員のメリット


そんなもの、あるんだろうか?
休みはない・狭い・ムサいの3拍子の艦船勤務。
しかし、多少のメリットは、あるのだ。

まず、俸給がでかい。基本給の他に乗り組み手当や、航海したら航海手当等が支給される。
この手当が基本給を上回ることもあるのだから、あなどれない。

次に、地方に行ける。地方での寄港は、船乗りのお楽しみである。私だって、何度いい思い
をさせていただいたことか。しかも、旅費要らず。こんないい話は、他にいったってないだろう。

他にもおいしいことはあるが、それはまたのちほど。



3.艦が住所!?


これはびっくりさせられた。本当の話なのである。
始めて艦船に乗り組んだ私は、翌日、市役所の出張所に、転入届を出しに行き、今後のため
に住民票をとっておいた。受け取って住所を確認する。
「世帯主  神奈川県横須賀市西逸見町1丁目無番地 海上自衛隊●●○○(艦の名前)」。
一瞬、「えっ!?」と思った。て言うことは、俺の住所って、船?
そう、海上自衛隊の独身隊員は、船がそのまま住所となる。で、居住区の狭いベッドが、自分
の世帯。で、自分はそこの世帯主。日本一小さい世帯かもしれない。
因みに、運転免許証の住所まで、船の住所。絶対、悪いことは出来ない(ハズ)。



4.狭いながらも楽しい我が家


前の項で述べた通り、船が住所の海上自衛官。では、その「お宅拝見」。
私が乗っていた艦は、3段ベッド。最近の新鋭艦は、処遇改善と少乗組員化の影響で2段
ベッドが主流になりつつある。3段ベッドの場合は、いちばん上段以外は天井までのスペー
スもない。ムクッと起き上がれば「ガン!!」という感じ。出入りは転がってやる。
大体は艦首の方向に頭が向いている。で、足元にはちょっとした物が入れられる棚がついて
いる。最上段の場合は若干上にゆとりがあり、起き上がることは可能。また、フレームの隙間
などを使って、物置を増やすことも可能。上り下りに若干苦労する難点はあるが、それさえ我
慢すれば、後は結構いいもんだったが、私のような最上段好きはどうも珍しいらしい。
一応、個人用のロッカーはある。概ね、学校のロッカー2個分くらいだろうか。扉もついていて、
便利なロッカーである。これが、海上自衛隊の船乗りの「世帯」。なんだかこじんまりとしてる
なー。



5.真水という超貴重品


海上自衛隊の艦艇では航海中の真水の使用は厳しく制限されている。真水タンクの容量に
制限があるからだ。造水機という装置で海水から真水を作ることも可能だが、フル稼働して
もやっぱり消費量には遠く及ばない。出航すれば周りは四方八方水だらけなのに、悲しい
話である。



6.健康促進!海水浴


・・・とはいっても、夏にやる海水浴ではない。日本人にはつき物の「お風呂」のお話。
前項で紹介した通り、真水は貴重品。しかし、風呂には入りたいと思うのが、やっぱり日本
人の性。実際、最悪の場合には入浴制限もありうるが、それは公衆衛生上よくない。
そこで、航海中は時間制限つきで入浴が許可される。ここでよく考えたもので、浴槽には
艦の外に売るほどある海水を汲み上げて、それを蒸気で沸かして入浴する。うーん、自衛
隊、とってもエコロジー。
ちなみに、入浴の手順というものがある。ざっと説明すると、まずすっぽんぽんで入場し、
おもむろにシャワーを浴びる(シャワーはさすがに真水。だから、ささっと)。その際に垢すり
も湿らせておいて、シャワーを止めた後、ひたすら、ゴシゴシガシガシ。泡がついたのもなん
のその、ついでにヒゲもそってしまいます。ジョリジョリ。その後はシャンプー。ボリボリボリ。
ここまでの段階で全身泡だらけ。コニーちゃんの「バブルバスガール」も真っ青。
そこまでやったら、シャワーで洗い流します。そしてお楽しみの海水浴槽へ直行。海水のお
風呂は温熱効果がよく、とても温まります。実は私は結構好きだった。しかしこの海水風呂、
生傷があるときは地獄。もうしみるなんてものではない。強烈。私は分からないが、痔にも
結構いいらしい。・・・さあ、温まった。後はもう一度シャワーを全身浴びて(じゃないと全身
べたべたになってしまう)、終了。
ここでワンポイントアドバイス。先に浴槽に入ってはいけない。浴槽が垢だらけになってしま
うから(先に海水につかると泡立ちが悪いからという証言もある)。
教育隊のくだりでも述べたが、自衛官はすっぽんぽんが旨。これは艦の中でも一緒。
ただ、艦の場合は男しかいないからもっと始末が悪い。居住区から風呂上りのオヤジの様
にタオル1枚で直行。凄いのになると垢すりタオルで直行。もう完全シースルー状態。お下
品。しかし、それでもモロ出しで居住区から直行する輩はいなかった。ここらへんは、まだ
理性を残しているらしい。



7.海の男の、お洗濯


風呂とくれば、お洗濯。「なんの関連もないじゃないか」と思ったアナタ、あなたはまだ海上
自衛隊を理解しきっていない。艦船勤務の海上自衛官の場合、「フロとメシ」がセットでは
なく,「フロと洗濯」がセットなのである。
洗濯機は航海中は使用不可。賢い奴は次の寄港予定までの日数分の下着を支度してく
るのだが、大抵は2・3日に一度、航海中に洗濯する。洗濯機は使えないので、海上自衛
隊伝統の技術、「手洗濯」で行う。
−分かりやすい手洗濯講座−
まず、洗面台にバケツを置き、水を入れる。このとき、水は8分目,ぬるま湯を作っておくの
がコツ。次に、少量の洗剤を入れ、バケツの中でひたすらこする。このときに、洗剤を入れ
すぎるとその後のすすぎが大変厄介なので要注意。その後、いったん水を捨て、洗濯物を
きつく絞っておく。バケツに洗濯物を開いて戻し、水を一杯に入れる(これがすすぎの工程)
ここまで終わったら、いざ、お風呂へ出陣。・・・風呂から上がってご満悦のあなた。さあ、
もう一仕事。最後に水を捨てて、脱水機(水は使わないから、脱水機はOK)にかければ、
出来あがり。ここまでに使った水はなんとたったのバケツ2杯分。しかもすすぎの水を次の
人の洗い水にあげれば、2人分で3杯!うーん、海上自衛隊、とってもエコロジー。
最後の乾燥は、「乾燥室」という開きスペースで干す。もっともここは既に一杯なことが多
いため、居住区で干すこともある。こうなると、その光景はどこかのダウンタウンと一緒。
まあ、男所帯ですからね。こんなもんです。



8.トイレという新文化(ちょっとおげれつ)


艦艇のトイレ。ここにも一般のカタガタにはなじみない習慣がある。
「海水便所」というのだが、真水の貴重な自衛隊の艦艇では流し水に海水を使っている。
ここまでは想像がつくだろうが、それだけなら話題にはしない。問題は、その流し方。
なんと、ボタンやレバーではなく、バルブ。それも真鍮製。これでもって小の方は海水を
流しながらいたします。大のほうはと言えば、まずは「戦闘」して、そのあとに、海水をた
っぷりと流す。これでOK。ちなみに航海中は垂れ流し。では、停泊中はどうするか?
さすがに垂れ流しはまずいので、いったん汚水タンクに溜めておいて、「バクテリア君」
に食べていただくのである。余談だが、小の方のアンモニアは、じつは海水とは相性が
良くない。ほおって置くと、パイプのなかに石のようなカタマリができ、最悪パイプを詰ま
らせてしまう。こうならない様に大量の海水を流しながらいたすのであるが、それでもや
っぱり詰まるときは詰まる。そこで登場するのが掃除部隊、通称「衛生掛」。これは、そ
のトイレ(艦艇には通常3〜5ヶ所のトイレがある)を使う分隊で持ち回りで回ってくる係
で、この部隊が、清掃道具一式と工具を持って出動と相成る。
便所の下へ周りこみ、パイプを外してパイプをゴシゴシガリガリとやるのだが、このとき
必ず気をつけなければならないのは、事前に「清掃中につき使用止」という掲示をしな
ければならないこと。これを怠ったり、やり方が悪かったりすると、作業中に思わぬプレ
ゼントを頂戴することとなる。しかしながら、人間と言うものは切羽詰ると理性を失うもの
で、挙句の果てには生理現象を伴っているから、ブレーキをかけるにもかけられない
状況と言うものは、ある。アンモニア入り海水をかぶるのはまだかわいい。固形物入り
海水など浴びてしまったら、それはもう地獄絵図。その状況は、ご想像におまかせさせ
ていただく。いくら私でも、これ以上は語りたくない。
そんな艦船のトイレだが、2世代くらい前のディーゼル艦ではサニタリー方式(新幹線や
ブルートレインと同じような循環方式)だったため、ニオイがかなりきつかったと聞く。
また、最近の艦でも、広報行事の後はトイレが臭い。一般国民のカタガタは、海水便所
の使い方をよく知らないため、いたして流さずに退場してしまうためである。



9.酒保・今昔


これで「しゅほ」とよむ。帝国海軍時代からの伝統施設。かつての海軍ではここで嗜好
品や菓子、タバコなどの他、お酒も買えたらしい。
時代が変わって海上自衛隊では一部の特例を除き、艦内での飲酒はご法度。酒保と
いうのは単なる昔の名残コトバであり、現在の酒保で買えるのはタバコとお菓子、
日用品が少々と言った程度。通常、巡検(術科学校の話参照)後の限られた時間の
み営業してくれる。



10.C.P.O(シーピーオー)


「先任海曹室」というのが正式名称。口の悪いやつは「隠居部屋」とか「仙人の間」
とか言っている。部屋自体は文字通り各職の先任海曹の入る部屋。何十年も海上
自衛官をやっている大先輩が入る由緒正しき部屋なのだ。
海上自衛隊では階級よりも飯を食った数勝負のような気質があるため、若い幹部
(海上自衛隊では「士官」という)ではこのカタガタには全くうだつがあがらない。
むしろ、怒られる始末。このCPOに入るようになるとやはり自分の年を自覚するよう
になるらしく、私が勤務していた頃にも私達の班長がCPO入りすることになり、居
住区のメンバーで送別会(?)を開いたのだが、その班長はしきりに「やめてくれ
よ、やめてくれよー」と嘆いていた。



11.士官室(しかんしつ)


CPOとくれば次はこれ。読んで字の如く、幹部自衛官の部屋。この部屋はちょっと
だけ高級仕立てになっていて、部屋もリノリウムではなく赤絨毯である。
CPOでは配膳はやってくれるのだが、士官室では給仕までやってもらえる。では
誰がやるのか。当然男所帯だから、美人秘書などいるわけがない。持ちまわりで
海士乗員がやるのである。「士官室」係と言う。
仕事としては、食事の用意、来客の接待、雑役など様々。要は「茶坊主」のような
もの。これをやっているからといって通常の仕事を休めるわけではなく、結構ハー
ドである。また、朝食の準備は朝5時半から始まるので、かなり忙しい毎日となっ
てしまう。さらに、この仕事はだいたい2〜3人で組むのであるが、相棒が新兵さ
んだったりすると、船酔いで使い物にならないので、最悪1人になってしまうことも
しばしばある。
さて、この士官室係、日頃の士官への鬱憤を晴らす絶好の機会である。
このテの仕事は、なにかとストレスがたまる。その出所は大抵士官によるものが
多いので矛先は当然士官に向けなければなるまい。
よくOLの皆様は嫌な上司に雑巾の絞り汁入りのお茶を出したりすると聞くが、ま
さしくあれの船乗り版である。しかももっと強力。
船乗りの場合は色々手段はあるが、よく聞くのが通称「ママレモンコーヒー」であ
る。カップに1・2滴たらしてコーヒーを注ぎ、表面の泡をすくって出す。これだけ。
あまりママレモンを入れすぎると、飲んでても泡が出てばれるうえ、許容量を超
えると「毒物事件」となって自分のクビがやばくなるので要注意。あとは、それを
飲む上司の姿を見て爆笑する。もう、幸せ。
つぎに、「ピカールカレー」。ピカールとは、海上自衛隊を問わず全自衛隊で流通
している金属磨き。これをカレーの上に小さじ半量入れ、グリグリと混ぜる。これ
以上入れるとニオイでばれるから、やっぱり要注意。
他にもいろいろな手段があるのだが、これ以上ここで語ると海上自衛隊の士官
の皆様が警戒してしまうのでやめておく。
ただ、最近は余りこういうことはやっていないという話を聞いている。
最近の士官はどちらかと言うと部下思いのやさしい士官が増えてきているから
らしいのだが・・・。



11.肥満警報発令中!


船乗りは、太る。
そりゃそうだ。黙ってても運動不足な上、朝・昼・晩に夜食まで取るのだから。1日
の食事エネルギーは3000Kcalにも達する。その上、艦内の自動販売機でジュ
ースをガバガバ飲んだり持ちこんだお菓子をポリポリやっていれば、太らないわ
けがない。この点を自覚しているものは港でプールやマラソンをしたり航海中に
も艦上体育といって甲板の上を走ったりするのである(海上自衛隊の艦隊で平
均的な大きさの「あさぎり型」で一周約250m、最新の「こんごう型」なら約320
m)のだが、面倒屋さんや「あしたやるから」なんてタイプの奴ならあっという間に
太ってしまう。実際、秋にやって来た筋骨隆々の新兵さんが冬を前にしてたった
3ヶ月でブヨブヨになってしまった例もある。
多少のでぶっぷり(爆)はご愛嬌だが、限度を超えると話が変わる。ちなみに「限
度」とは、緊急脱出用の丸ハッチ(上甲板と艦内を仕切るハッチ。通常の出入り用
のハッチにもうひとつ設置してあるものと、本当に緊急用の丸型しかないものとが
ある。潜水艦の場合は水圧の関係もあるので出入り用は殆どが丸型。)がくぐれ
なくなるまで太ってしまった場合である。丸型ハッチの直径は4〜50cmくらいし
かなく、これをくぐれる程度の最低限の運動はしておかないとならないわけであ
る。
では、悲しくもこの「限度」を超えてしまったらどうなるか。
結論から言えば、艦を降ろされる。
正式には健康診断のときに「艦船不適」という烙印を押されることにより、艦艇以
外の部隊へ転勤させられてしまうのである。
しかし、こうして艦を遠のいたカタガタは悔しさのあまりダイエットを試みるのかと
思ったいたら、なかなかどうして、更に体重を増やしているではありませんか。
実際私の同期にこういういきさつで陸上部隊へ移った奴がいたんですが、出港し
て1ヶ月後に再会したら、またまた太っているではありませんか。「お前、艦に戻
りたいとか思わないの?ダイエットするなら手伝ってやるのに・・・。」と私が言う
と、本人曰く「いやー、ここは広いし、ベッドもシングルだし、日課も楽でいいよ―」
こういう奴は、退官するまで陸上勤務だろうな―と思ったものである。