神経ベーチェット病の症状と治療(医療相談会)

>>医療相談会>> 大阪大学医学部神経内科
阿部 和夫先生
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神経内科と神経ベーチェット

今日はベーチェットのことでお招きいただきましたが、あらかじめ伺ったところでは、前にこの会
でお招きしている先生方は、免疫の専門家ばかりで。しかも、かなり偉い先生ばかりで恐縮してお
ります。私の方は、神経内科の専門家で、しかも、ベーチェット病が専門家かと言われますとそう
ではないのです。むしろパーキンソンとか、小脳変性症などを専門にしております。しかし、神経
ベーチェット病の患者さんも私の方で診ており、本日は、神経内科から診たベーチェット病につい
てお話をさせていただきます。

 神経内科は、世界的には古くからありますが、日本では新しい臨床科です。阪大病院でも、6年
前にようやく独立いたしました。それまでは各内科で、神経内科の専門家が独自に診察をしており
ました。
 神経内科は、どんなことをやるかと言いますと、まず、大脳、小脳、脳幹など頭部の神経。それ
から、脊髄で、脊髄から出ている末梢神経、さらに、末梢神経が、皮膚とか筋肉といっている神経
接合部とか筋肉そして感覚器の疾患をあつかいます。

 ですから、神経内科が扱う神経ベーチェットは、ベーチェット病があってベーチェット病のため
に神経系に病変が生じている場合が対象となります。ベーチェット病について簡単なプリントをお
渡しいたしました。また、読んでいただければ良いかと思います。眼の症状については、湯浅先生
の方からお話があると思います。眼以外にも皮膚にも症状が出現します。これらの病変の原因には
免疫がかかわっており、リンパ球を介して、小さな血管の血管炎を引き起こすわけです。同じよう
な病変が、神経系にも起こるわけです。さきに、申し上げた大脳から、脊髄を経て末梢神経そして
筋肉にいたる神経系は、すべて血管が神経に栄養してるわけですから、血管がつまりますと、神経
系が障害を受けて、神経系の場所に応じた症状を出します。

 神経ベーチェットの症状は、障害を受ける場所によって非常に変わってきますし、広範囲に渡る
神経症状を出します。末梢のしびれ感も出しますし、脊髄の症状も出します。さらに、脊髄と大脳
を結ぶ脳幹と呼ばれるところの症状も出します。神経ベーチェット病は、脳幹に障害を出すことが
多いことが知られています。
 脳幹は非常に狭い、小さなところですがその中に、脳神経、つまり、眼や口を動かしたり、呼吸
を調整したりといった基本的な生命活動をつかさどる神経が全部そこに納まってるわけです。その
ために、非常に小さな病変でもかなり大きな症状が出ることがありえます。

 病変は、血管周囲にリンパ球が入って、炎症を起こすわけですので、最初に病変が生じたときに
は病変を含む周囲が腫れ、腫れたことによって周りの神経系を圧迫して様々な症状をだします。
 ただ、その腫れ<浮腫といいますが>は、徐々に引いてきますから症状は徐々に軽くなってきま
す。神経ベーチェット病で、大脳だけに限局して病変が生じるとことは比較的まれとされています
が、大脳にも病変が生じます。大脳には神経細胞があって、その神経細胞から神経の線維が出て、
いろんなところとつながってるわけです。最近、MRIという磁石で画像をとる器械が進歩した結
果、はっきりとした症状がなくても、大脳に、かなりの病変があることがわかってきています。

 ただし、大脳というのは、脳幹とは違いまして、非常に大きなものです。人によって大きさとい
うのは違いますけども、大体1200とかで、1500グラムぐらいの大きさがありますので、多少の病変
があっても、あまり大きな障害は出さないことがよくあります。だから、中枢神経系の神経ベーチ
ェットでは、脳幹の症状が主になることが多くみられます。脳幹の中でも、神経ベーチェット病で
は中脳とか、その下部の橋に障害を持つことが多く、眼の症状、手足の動かしにくさとか、しびれ感
といった症状が出ます。

 変わった症状としては、中脳の被蓋部と言いまして、背側の方に呼吸や意識を司る神経が通って
ますので、そういったところが障害を受けたときには、「中脳幻覚」と言う症状が出て色とりどり
の幻覚を見ることが非常に珍しいですけどもときどきあります。

神経ベーチェット病の診断

 この講演のお話を伺ってから、われわれの神経内科で過去2〜3年の間に神経ベーチェットの患
者さんがどのくらい受診しているかというのを調べました。全部で23人でした。新患の外来患者さ
んが年間に大体2000から3000人ぐらい来られます。そのうちの20人ぐらいですから、100人にひと
りぐらいの割合となります。私の専門であるパーキンソン病だったら非常に多い病気ですから、外
来患者さんの2割から3割くらいの数になります。それに比べると神経ベーチェット病は少ないと
言えましょう。

 神経ベーチェット病の診断というのは、他のベーチェット病の症状が出ていれば比較的診断は容
易です。つまり、それまでは眼や皮膚の症状からベーチェット病と診断をされていた方が、たとえ
ば、しびれ感とか、手足の麻痺を出したりした場合、「神経ベーチェット病」ではないかという診
断ができます。難しいのは、神経ベーチェット病と診断された方の2割ぐらいは、経過を通じて、
他の症状を出さないことです。ですから、神経系の症状が、その方の初めての症状である場合には
神経内科で取り扱う他の疾患とかなりまぎらわしいことがあります。

 例えば、神経ベーチェット病の場合には血管系が障害を受けますので、頭痛とか、頭が重いとい
った症状を出し、髄膜炎や脳炎との鑑別が必要になります。それから、多発性硬化症という病気が
あります。神経の線維が障害を受ける疾患で、先ほど申し上げたMRIという器械では、神経ベー
チェット病と同じような病変を出し、新しい病変の周りが、ちょっと腫れている画像を示します。
その場合、MRIで見ても、多発性硬化症と神経ベーチェット病とを区別することが難しくなりま
す。つまり、画像からは、病変が、多発性硬化症なのか、それとも神経ベーチェットなのかは、そ
れだけではわからないのです。

 それから、大体は区別できますが、脳血管障害も同じような画像を出します。ただし、神経ベー
チェット病と違って脳血管障害の場合は、障害されている血管というのはある程度わかりますので
鑑別は専門家だったら難しく有りません。それから勿論、脳腫瘍と間違えることは滅多にありませ
んが、神経ベーチェットの病変が大きい場合には、鑑別することが必要になります。これらの疾患
を鑑別するために、今日こられた方の中にも、いろいろな検査を受け、MRIもおそらく撮られた
こともあるでしょう。

 それから、脳脊髄液と言いまして、背中から液を取って見るという検査もすることもあります。
脳脊髄液では、多発性硬化症では、超急性期<起こってすぐですね>には細胞よりも蛋白の方が上
昇しています。神経ベーチェットの場合には、蛋白も上昇しますけれども、どちらかというと細胞
数が上がっています。ですから、脳脊髄液が一応の鑑別にはなります。ただ、必ずしもきれいに鑑
別することは不可能で、1回だけ症状を出した場合に、どちらかを決めかねることがかなりありま
す。ですから、多発性硬化症と神経ベーチェット、それからもうひとつサルコイドーシスと言う若
い方に起こるような炎症性疾患、と鑑別をつけることは、必ずしも容易ではありません。
 ですから、その場合には他の症状、例えば眼の症状がないかどうか。あるいは、皮膚症状を誘発
する針反応がないかどうか、といったことに注目して鑑別します。

 このように、神経ベーチェットは、他の神経疾患、特に炎症性疾患との鑑別がしにくいのは事実
です。しかし、治療法としては、他の神経系の炎症性疾患と同じ治療をします。ですから、最初、
神経ベーチェット病と診断しなくても、炎症性疾患として治療を、まず行います。
 我々の所を過去2ー3年で受診された23名の方でも、神経の症状だけが出た状態で来られた方は
半分ぐらいしか居られません。ほとんどの方は、他の病院で診断がつかず、阪大病院に紹介されて
くるということが多いので、ベーチェット病と診断されてから神経症状が出たのではなしに、最初
に神経症状が出て、その後に阪大病院を受診されたという方が多くありました。その中でも、最後
までどちらか鑑別がつかなかった方も二人ほどおられます。その方々では、皮膚症状などがなく、
神経系の症状だけで、画像からも、多発性硬化症なのか神経ベーチェット病なのかはっきりしませ
んでした。

 ただ、典型的な多発性硬化症とは異なり、脳幹に主病変があることなどから、神経ベーチェット
病の可能性が高いと考えて、治療しています。 神経ベーチェット病で多い症状の一つであるしび
れは、末梢の障害からだけ出るのかというとそうではなく、大脳の障害でもしびれは出ます。末梢
神経は、脊髄から脳幹を通り、頭の中に入ります。神経は、通る路が決まってますから、障害され
るところによってどの様な症状が出るのか、がわかるわけですが、頭の中心部に、視床とよばれる
部分があり、いろんな場所からの神経が集まり大脳皮質にいくという場所ですが、そこが障害され
ると、体のいろいろなところにしびれや麻痺が出ます。この場合には、末梢神経によるしびれでは
なく、中枢神経障害によるしびれです。

神経ベーチェット病の治療

 神経ベーチェット病の治療には、急性期という症状が起こったばかりの治療、急性期を過ぎてい
ろいろな症状が出ているときの治療、それから、症状が出ることを防ぐ治療があります。
 急性期の治療は、他の神経疾患とほとんど変わりなく、腫れを改善するためにステロイドを使い
ます。神経ベーチェット病の場合には、ステロイドを短期間だけ大量に使うパルス療法を行うこと
もあります。神経系は頭蓋骨の中、背中の骨の中、脊髄の中など、比較的狭いところを通っていま
すので、神経が直接障害されなくても、腫れによる圧迫だけで症状が出てしまいます。ですから、
一刻も早く腫れを引いてやる必要があります。

 その治療として最も行われているのが点滴で短期間だけ大量にステロイドを入れてやるパルス療
法を行います。おそらく今日来られている方々の中にもパルス療法を受けられた方が居られると思
いますが、量としては普通に口から飲む量の数10倍の量を点滴の中に入れて3日間おこないます。
3日間の点滴を1回として、大体2回から3回ぐらい行います。この治療だけで腫れにともなう神
経症状がなくなってしまう事もあります。ただ、治療をしている間に、発作を起こすことがありま
すから、そのときにはまた追加して点滴をします。急性期の治療は神経ベーチェット病と診断がつ
いてもつかなくても、先ほどの多発性硬化症の疑いがあっても、同じです。

 それから、症状に対する対症療法があります。対症療法ではいろいろな治療が行われます。後で
質問があるかも知れませんが、患者さんがとくに一番困るのは、しびれなどの症状です。しびれ自
体は、他の神経疾患でも出ますが、神経内科の中でも多い症状のひとつです。しびれに対してはい
ろんな治療を行いますが、神経系をブロックするようなお薬を出すことがあります。よく「てんか
ん」のときに使われるお薬です。この頃はお薬を薬局で渡されますと、薬の説明が書いてあること
があります。そうすると「てんかんのお薬です」というふうに書いてありますので、患者さんが
「私は、てんかんなんですか」と心配されて来られることがありますが、あれは別にてんかんのた
めに使うのではなく、神経の興奮を抑えるために使います。

 それから、抗うつ薬を使うことがあります。「うつ」のお薬ですね。これもおそらく「うつ」の
お薬ですといわれて、「私には、うつがあるんですか」と言われますが、抗うつ薬には、痛みとか
しびれを出す物質を押さえる働きがあり、痛みやしびれを抑える目的で抗うつ薬を投与することが
あります。もうひとつは、痛みがありますとちょっと抑うつ的になりますので、それを改善する目
的もあります。

 他にもいろいろな薬を使いますが、よく投与されるのはビタミン剤です。神経が障害されまた再
生されるためには、ビタミンが必要になります。中脳とか脳幹で障害があり、興奮症状とか、よく
寝られないとか、幻覚が出るというような症状が出た場合は、少し興奮を抑えるような薬を使いま
す。よく安定剤というふうにいわれる方がいるんですけども、実は安定剤はあまり使いません。い
わゆる安定剤を我々が使うときは、緊張を緩めたり、筋肉を緩めたりするために使うことのほうが
多くあります。

 幻覚を抑さえる場合には、精神科的な薬を使います。安定剤を少量使うより、精神科的な薬を使
った方がかえってよく効きますし、副作用も少ないと思います。眠れない場合には、睡眠薬を処方
することもありますが、精神科的な薬を少量使って、興奮を抑えた方が眠れることがあります。

 神経ベーチェットでは、薬の説明を見ますと、いろんなことが書いてありますが、神経内科的に
使う場合には、一般と異なった効果を期待して遣う場合があります。ですから、投薬内容に精神科
のお薬を使ったり、あるいはうつの薬を使ってるので気になるということでしたら、主治医の先生
とよくお話しした方がいいですね。むやみに心配するよりは、どういう目的で薬を使っているのか
よく理解していただいた方が、おそらく治りは良いと思いますね。

 神経ベーチェット病の診療で、我々が日常行っているのは、これぐらいです。お話しが短くて申
し訳有りませんが、後は質問があったときにお話しさせていただきます。

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