出会いの必然性と偶然性

二度とない?おかえりなさい・・・

一度旅行に行った先に贔屓の宿やショップなどがあり、誰かに会う為にその場所へ行くというものがある。 ユースホステルとかその傾向が強いのではないだろうか。そこで会った親しい人と再会する為に・・・ 私にそれがあるのかどうかといえば残念ながら殆どない・・・ 確かに人との出会いというのはかけがえのないものであるが、私の場合、旅先での偶然の出会いに価値観を求める。 迷っているときに偶然会った人に聞いたり、宿で出会ったり・・そのときその時間にその場所に奇跡的に出会えた・・ ここにある種の美学を求めている。宿の場合でも同じでその人だからというわけではなく偶然のファクターが 偶然その宿を選んだに過ぎない。確かに宿の方にはお世話になるのであるがだからといって再度その宿に行くことは まずないであろう。そのときその場所で偶然出会った非現実的な空間に酔いしれている。。 そしてその宿のその人はこんな人であるということがわかった以上、もう訪れたいとは思わないのである。 そういう宿であるということがわかってしまった以上、初めて来たときのどきどき感はなくなるからです。

最もその場所自体二度と来ることは稀である。 世の中、無数に未開の場所や知らない場所があるので一度行った場所をもう一度行きたいとは思わないのだ。 冒険心を感じない。。。 いくら良い印象を持った宿であってもそのときの思い出として残されるだけである。 もう一度この方に会いたいというより、まだ見ぬ人や物、場所に繰り出したいのだ。 一度知ってしまった事柄をおさらいしている時間はないのである。 それだけ世界は多様性があり可能性があるのだ、一度知ったところを見ている間に一つ知る可能性が減ったのである。 旅の出会いに偶然性を求めていてそこに美学を感じているというわけだ。待ち合わせして出会うのは普段の生活で充分。 行き当たりの旅はそこに何があるのかわからないからわくわくしてくるのであり、それは会う人も一緒だ。

では私が再訪する可能性がある場合とは・・やはり商売相手ではなく私個人を知ってもらうことだろうか・・・ いくらかのショップや宿からは手紙などがあり繋がりを持っているのも少なくはないが残念ながら商売気を感じてならない。 やはりその場所への訪問者、お客様としてでしか接して頂けていないのだ。。これでは彼等にとって自分は お客様でしかないのだなとしか感じられず再訪などということは考えもないだろう。 どうして欲しい?と聞かれると何かずうずうしいのだが、ここだけの話、具体的に言いますともっと私の別の活動や 中身などを個人として見て欲しいのだ。つまりあちら様であったことのみではなく私が別でやっている活動などを 見てもらい話題として話してくれること・・そのとき初めて私は相手を宿主様(ショップスタッフなど)の枠組みから離れ 〜さん個人としてみることが出来る。そのとき交友感情が生まれ、また会いたいとなるわけである。 ちなみに今迄そう感じた方は一人としていない・・・いや別にかまわないのだが・・・

どんどん知らない世界を垣間見てみたい私にとってはこちらに転んじゃうと悩みそうだから・・・

九十九島で時間配分を間違い真夜中になって商店の方に電話してもらったこと・・ しまなみ海道で年配のおじさんと一緒に走ったこと・・・ 秋田で車で追いかけてペットボトルをくれて熱い握手をしてくれた宿のご主人・・・

これらは待ち合わせなど一切ない、偶然その場所に居てその場所に行ったことによる出来事である。 待ち合わせをしているわけでもなく予想もしていない。この場所にこの時間に来なければ実現しなかった必然。

思い出をありがとう、そしてありがとうございました。



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