エスプリ便乗航海記
大阪から鳥取へヨットを運ぶので、誰か航路の案内人はいないか、と、鳥取の友人
N氏からメールが来た。
当然、瀬戸内海を走ることになる
明石、鳴門、速吸、それに関門の四つの瀬戸に囲まれているから瀬戸内、というの
であるが、何百という島々とその間に起きる、ところによっては9ノット(時速15キロ)
を越える速い潮流、4mに達する潮の干満に加え、沿岸の各港を往来する無数の船
など、航海の難しさでは超一流の海である。
幸い、私はかつて三回、時間を十分にとってこの海を航海する機会を持った。
通れる水路、潮流、快適な港、補給など、いろいろな情報を持っているので、案内人
としては適役である。
時間的にも、連休前半であるし、ちょっと調整すれば可能であるので、「よかったら
行きますよ。」とお答えしたところ、「オーナがぜひお願いします。」という返事。
食事と足代付きで喜んで参加させていただくことにした。
4月29日
深夜1時まで大騒ぎの余韻が残っている。
総勢9人の内、7人が酒飲みであるからたまらない。
もちろん私もその一人であるが、早出の前日に騒がれてはたまらない。
たまりかねて、「寝ましょうよ」と言ってこれだから、言わなかったら朝までやっていた
に違いない。
起床5時、何にしても出てしまうのが先決である。
二日酔いの面々を叱咤して、直ちに出港準備。
最初の難関、明石海峡を逆潮になる前に抜け出さないと、この航海は初めから躓く
ことになるから。
出港は5時半、朝日が眩しい。
朝の西宮ヨットハーバー
風は、東からの追手、潮は上げ潮、後ろから押されるようにしてあっという間に明石
大橋が迫ってくる。
橋ができて以来、淡路と明石を結ぶフェリーが大幅に減ったので、楽になった。
以前は、五分おきに横切るフェリーに神経を使ったのであるが。
ここの鉄則、真中から北寄りにコースを取って、予定より若干早く、7時半過ぎに橋を
くぐって瀬戸内海に入る。
風が西寄りに変わって、やや強まる。
小豆島は南側を通るつもりなので良い風であるが、島の影に入る頃には、時々波
をかぶるくらい吹いてきた。
夕方には止む風だし、昨夜のうちにあらかた酒を消費してしまったので、補給のため
に一度小豆島坂手港に入ることにした。入港13時15分。
坂手港
港の近くの酒屋で、きっちり一万円分の酒を仕入れてすぐに出港。
15時、特徴のある円錐形の大槌島を過ぎる。
少し寝かせてもらおうと、うとうとしたら、突然の汽笛に飛び起きる。
キャビンの窓には、大型船の赤い船腹が一杯に見えている。
舵をとっているS氏は、ヨットレーサー上がりだから、目一杯寄せる癖があるらしい。
大型船もうっかり避けられないから、汽笛の連吹で「どいてくれ」といっているのであ
ろう。
オーナーのT氏が大慌てで舵を奪い取り、大きく右に逃げて事無きを得たが、ぶつ
かってから航路権を主張しても、後の祭であろうが・・・
以後は平穏な海となり、夕なずむ瀬戸大橋下の与島には予定通り17時着。
まだ土産物屋が開いていて、つまみのイカを買い、ついでにビニール袋一杯の氷を
せしめる。
夕食はカレーライス。
夕べからの疲れもあってか、10時には静かになった。
天気図は、明日以降の好天を約束するように快晴のマークが並ぶ。
4月30日
寒くて目が覚めた。
朝の与島
駐車場のトイレで洗面し、気持ちよく与島出港、5時半。
瀬戸大橋をくぐり、内海の北側の塩飽諸島の間を縫って波穏やかな鞆の浦、観音堂
のある阿伏莵瀬戸から運河のような水面を通って、燃料補給のために境が浜のヨット
ハーバー着、10時半。
あぶと瀬戸
境が浜マリーナ
燃料と水を腹いっぱい詰め込んで、さらに狭い尾道水道を抜けて、三原沖へ。
右手の陸に煙が見え、火の手も上がっている。
尾道水道 火事現場
「火事だ、それ行け!」とばかり、岸いっぱいに寄せてみると大型トラックの落とした
積荷の発火物が、かなりの勢いで燃え上がっている。
もっとよく見たいけれど、この先は泳ぐしかないので、心を残して海路を急ぐ。
大三島と大崎上島の間の瀬戸は、川のような流れである。
大崎上島木江の温泉「清風館」下の桟橋に着岸し、買い物と入浴。
この温泉は高台にあるので、露天風呂からの眺めは抜群。
フロントのにいちゃんが、「4時で外来入浴は終わり」とつれないことを言うのを、強引に
押し切って入る。
清風館
どうせ誰も入っていないんだから、そんな役人みたいなことを言うなよ。
おまけに、役場の人間まで「桟橋に船をとめるな」と言いに来た。
どっちもどっち、なんか勘違いしてるんじゃないだろうか。
ヨットと言えども、観光客には違いがないんだし、何がしかの金を落としていく訳だから
もっと大事にしろっていいたいよ。
使ってない桟橋に船を止めてるんだし、「良くいらっしゃいました、ゆっくり島を楽しんで
行ってください」と言えばいいじゃないか。誰かの迷惑になるわけでもないんだから。
頭の固い小役人にも困ったもの、まだ排除の論理で世界は動くと思ってるのかね。
16時30分、居心地の悪い桟橋を離れ、今夜の泊まり場・大崎下島に向かう。
フェリーの往来がある御手洗を避けて、北側の久比の桟橋に着岸17時。
夕暮れの瀬戸内を見ながら、ちょっと時間がたったけど湯上りのビールは、最高!
就寝9時半。
私は天気図とってから10時半就寝。
5月1日
晴れの日が続く。
ちょっと早めの5時出港、豊島の瀬戸を越えて南下。
豊島瀬戸
早く出過ぎたために、クダコ水道の逆潮に突入する時間帯に、ちょっと遠回りだけれど、
四国寄りの釣島水道から周防大島に向かうことにする。
風も穏やか、やることがなくてアルコールの消費量だけが増加して行く。
上関海峡の橋をくぐり、先日、18才の少年が親子を殺すという事件のあった光・室積の
沖を過ぎ、笠戸島と本土を結ぶ宮の瀬戸の橋をくぐって、あっけなく下松市営桟橋に着
岸15時30分。
上関海峡
この早く着いたのが、実に幸運を呼ぶことになる。
船を止めて燃料を補給して、さあ風呂に、と思ったら突然、エンジンの過熱警報が鳴る。
驚いて調べて見ようと思ったが、なんと工具が何もない。
中古で買った船だから、載せていないとかって言われても困りますよ。
仕方ない、アーミーナイフの出番か。
調べてみたら、冷却水のポンプの部品が壊れているではないの。
このエンジンは、ボルボだからそう簡単に部品が手に入るとは思えない。
しかも、明日から本格連休に入ってしまったら、連休明けまでここに釘付けになってしま
う。
とにかく、聞くだけ聞いてみようと、先ほど給油したガソリンスタンドへ行って助けを乞う
と、実に親身になって心配してくれ、電話も自由に使わせてくださった。
しかし、近在のマリーナに聞いてもボルボの部品はないという。
近くの船の修理もやっている、という鉄工所に行った別働隊が、帰りかけた事務のおば
さんに無理に頼んで倉庫を開けてもらい、驚いたことにほぼ近い物を手に入れてきた。
それが17時5分前。
一応水は出るものの、ちょっと細い。
ま、だましながら行ってみよう、というところで、クアハウスに行き、焼き鳥屋で一杯やっ
てしまえば、明日は明日の風が吹く・・・
就寝11時。
5月2日
今日も5時に起きて、まだ暗い下松港を出たが、15分もしないうちにまた警報音。
やはり水が上がっていない。
沖じゃ何もできないので、帆走で元の桟橋に戻り再度点検したいが、工具がない。
スタンドの開く8時まで待って、工具を借りてきても、どうしたものかと皆で首をひねる
ばかり。
もう一度部品の組み直しをしてみようと外したら、パイプにゴムのカケラが一杯詰まって
いるのを発見。
パイプを外して息を吹き込んだり、水を通したりしてほぼ完全に取れたようだ。
改めてやってみたら、今度は完璧に水が出る。
しかし、もう時すでに遅く、関門海峡の昼の潮止まりには間に合わない。
とにかく、門司の友人に出迎えを依頼し、私は残念ながらここから帰ることにする。
記念撮影し、お世話になりました、と送り出して船影が防波堤の向こうに消えた。
いけねっ!!免許証と財布が船の中だ。
良かったね、困った時の携帯電話、急いで戻ってきてもらい、二度目の別れの挨拶。
下松からの山陽線で、通ってきた瀬戸内を眺めながら広島へ。
あっという間に過ぎ去った四日間の旅でした。
船はこのあと順調に走って、5月4日夕刻、無事に鳥取に到着したそうです。
めでたしめでたし。