1260日の解釈

1260日の解釈

「神のみ言葉はすべて霊感を受けて書き記されましたから(テモ二 3:16), 霊の教えが収められているのは, そのみ言葉だけです。ですから, クリスチャンは, 神のみ言葉と矛盾する教えには一切注意を向けるべきではありません。」『洞察』第一巻476頁。

出版物(発行年)

1260日の期間

解釈内容

「シオンのものみの塔」1881年12月号7頁

西暦538−1798年

ローマ法皇の支配から1260年間

「シオンのものみの塔」1889年1-2月4頁, 『御国の来たらんことを』1891年版第28, 40, 58, 63-9頁。

西暦539−1799年

ローマ法皇の権力支配から1799年迄, ナポレオンの生涯と合致

『終了した秘義』1917年版173頁

西暦539-1799年

同上

『神の立琴』1921-1926年版英文230-231, 234頁

同上

東ゴート族の崩壊を西暦539年として適用*1

『神の立琴』1928年前期版英文234-236頁

同上

同上

『神の立琴』1928年後期版英文235-237頁

同上

同上

『光』第一巻1930年英文199頁

1914年11月7日−1918年5月7日

協会が反対者により侮辱・蹂躙された。過ぎ去ってから適用。

『奉仕者になる資格』1955年版英文312頁

1914年の秋から1918年の春

粗布を着る。

『御心が地になるように』英語版1958年, 邦版1963年版183, 327頁

1914年11月7日−1918年5月7日

協会が反対者により侮辱・蹂躙された。過ぎ去ってから適用。

『その時神の秘義は終了する』1976年289頁

1914年10月4/5日−1918年3月26/27日

第一次世界大戦の始まりから異邦人諸国民により「油注がれた残りの者」が踏みにじられた。

『来るべきわたしたちの世界政府−神の王国』1977年版英文131頁

1914年12月28日−1918年6月21日

1918年6月21日にラザフォードと7人の役員が投獄された。キリスト教会の指導者により踏みにじられた。

『啓示の書−その最高潮の時は近い!』1988年版164頁

第一次世界大戦が始まって1918年初頭

第一次世界大戦の始まりから異邦人諸国民により「油注がれた残りの者」が踏みにじられた。

『ものみの塔』1993年11月1日10-11頁

1914年12月−1918年6月21日

1918年6月21日にラザフォードと7人の役員が投獄された。キリスト教会の指導者により踏みにじられた。

箴言 4:18 「義人の道は, あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。」(新改訳) 新世界訳では, この箇所をこう読む。「しかし, 義なる者たちの道筋は, 日が堅く立てられるまでいよいよ明るさを増してゆく輝く光のようだ」。証人は, 何年にもわたる教団の数多くの教義変更を正当化するため, この聖句を使うように教えられる。

日付を預言している手段・方法としてのエジプトの大ピラミッドと過去の組織の関わりについて尋ねられると, 典型的な証人はこう答えるだろう。「光はますます輝きを増したのだから, 私達は, もはや, その様に信じていません」。

あるいは, 1970年代初めになぜ喫煙者が突然バプテスマの希望者から外されたかを問われた時, エホバの証人はこう答える。「私達は, その問題に新しい光を受けました」。教団指導者が頼りなく, あるいは人間の間違いやすさの証拠としてそうした変更を考えるよりも, 寧ろ, 成員は神が, 組織を支配・管理していて, その変更は絶えることのない原理に立つ神との活発な関係を証明していると結論づける。

「キリスト教会は暗闇の中にいるが, エホバは証人にもっと輝きを増し続ける光の中にいる」。ある証人は, こう説明するだろう。実際, エホバの証人は大会で告げられたり, 新しい出版物で伝えられる教義の変更に熱狂するし, なんらかの「新しい真理」を売り物にしない新しい書籍や大会は, 証人にとっての失望の的となる。

今日のバプテスト派やルター派は100年前のバプテスト派やルター派と同じ信仰を受けているからといって, 伝統的なクリスチャンは本当は暗黒にいるのか。私達が神からの「新しい光」を見逃しているからといって, 私達は暗黒にいるのか。それが本当に箴言 4:18が言っていることか。

全くそんなことはない。イエス・キリストは「すべての人を照らすそのまことの光」である(ヨハネ 1:9)。キリストに来る者は光の中にいる。それよりも輝く光はどこにあるのか。箴言 4:18の文脈は, 「悪者どもの道」(14節)と義なる者の輝きを増す光と対照をなす。

「悪者の道は暗やみのようだ。彼らは何につまずくかを知らない」(19節)。義なる者がまっすぐにするための‘新しい光’を受けるまで邪悪な指示につまずくことを表わしていない。もし, ‘新しい光’が古い教えに矛盾するなら, ‘古い光’は実際には, 暗やみだったはずだ。ものみの塔教団がまだ幼児期にあって, 独自の教義につぎあてをあて始めるまでにはまだだいぶ時間があったとき, 創始者C・T・ラッセルは, 後に離れることになるアドベンティスト派の一つの流れとしての際立つ実践を指摘した。彼は明言している。

「私達がある人に疑いも持たずに従うなら, 私達と違ってくるだろう。疑いなく, 人間の考えはほかとは矛盾するだろうし, 一年か二年か六年前には正しかったものが今 や暗やみと関係することだろう。しかし, 神と共にいれば, 移りゆく様はなく, 変化する陰もない。

そして真理とともにある。神から来る知識も光も, その作者に似るに, ちがいない。 新しい真理の考えは, 決して前の真理と矛盾しないだろう。『新しい光』は決してそれ以前の『光』を絶やさない。それに付け加えるのだ。」(『シオンのものみの塔』1881年2月3頁)。

しかし, 時代が進むと, ラッセルの新しい教団は, 以前のものみの塔の教えと矛盾する「新しい真理」を紹介することによって, あの特徴的なパターンの中に堕落した。

しかし, 箴言 4:18のエホバの証人の誤用に反対するもっとも確かな証拠は, おそらく以前に否定した考え方に何度も戻る組織の中に見つかる。たとえばローマ 13:1「上位の権威」は, まず政府と教えられ, その後, これを偽りの教義として否定し, 「上位の権威」を 神とキリストであるとした。

さらに後になってこの世の政府と再定義した。その活発な信者に対し, その全員が「聖職者」であると組織が教え, そしてこれを1970年代半ばに否定し, それに代わり, 油そそがれた指導者だけが聖職者だと教え, 1980年代初期に活発なエホバの証人は, 聖職者だと宣言して回復させた。

行ったり来たりの同じ様な変更は, マタイ 24:45の「忠実で思慮深い奴隷」の同定に関する教団の教義の中にも起こった。初めにその「奴隷」は, 集団的にクリスチャン会衆だと言われ, そしてC・T・ラッセル個人になり後に再び, 集合的な会衆全体となった。とんぼ返りをする, 行ったり来たりのものみの塔の教えは, ソドムの人々が復活するかどうかの問題がもっと徹底している。1879年, 公式に肯定し1952年に否定し, 1965年に再び肯定し, さらにもう一度, 1988年に否定した。(「Watchtower」 1879年7月8頁, 1952年1月1日338頁,1965年8月1 日479頁,1988年6月1日31頁 )。

これらの各号で‘ますます光が増す’のではなく, エホバの証人の光は, 点滅を繰り返してきた(前方の危険な交通を, 警告する高速道路の信号灯のようだ)。実際, すべての人は, ものみの塔の道が「義なる人の道」(箴言 4:18)ではないとする警告を選ぶだろう。滅びに至る広い道の数多くの通行車線の一つにもっとよく似ている(マタイ 7:13)。エホバの証人組織が数年にわたって経験した数多くの教義の変更は, 実際に聖書に述べられている。それは, 箴言 4:18ではない。新世界訳の適切な聖句はエフェソス 4:14である。「人の悪巧みや, 人を欺く悪賢い策略により, 教えの風に吹き回されたり, 波に持てあそばれたりすることがなく」。

「ものみの塔」誌1995年7月1日6頁は「真理は変化しない」と述べている。ものみの塔は, ‘真理’を宣べ伝えて来たのだろうか, それとも‘単なる人間の解釈’を宣べ伝えてきたのだろうか。‘新しい光’がなぜ‘古い光’に, 何度も戻っているのだろうか。組織の中に真理はあるのだろうか。

*1は, 歴史的事実は西暦539年ではなく, 西暦555年である。(『ジャポニカ万有百科事典』第9巻514頁)

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