塔1997年6月15日

今回は, 「ものみの塔」誌1997年6月15日号に絞り論考します。

11頁「もう一つの情報源となっているのは, 第一神殿時代, つまりバビロニア人が西暦前607年にエルサレムを破壊する以前の墓地です」。

11頁「聖書は列王記第二25章, 歴代誌第二36章, およびエレミヤ39章で, 西暦前607年に起きたエルサレムの滅亡について述べ, 」。

12頁「ですから, ダビデの時代から西暦前607年に滅亡した時までのエルサレムに関する聖書の記述は, 多くの点で, 過去25年間に行われた考古学上の発掘調査によって裏づけられてきました」。

訂正:エルサレム陥落は, B.C.586年です。エルサレム陥落をB.C.607年とする考古学上の発見は一つもありません。『聖書理解の助け』の執筆者のひとりは, B.C.607年の根拠を見つける事ができませんでした。 レイモンド・フランズ著『良心の危機』第140頁をご覧ください。

12頁「イエスが, 『この神殿を壊してみなさい。そうしたら, わたしは三日でそれを建てます』と言われるのを聞いてびっくりした人がいたのも不思議ではありません。イエスは『ご自分の体の神殿』のことを言っておられたのですが, 人々はイエスがその巨大な神殿の建造物のことを話していると思ったのです」。

ノート:だれがイエスの体を復活させましたか。

ガラテヤ 1:1「使徒となったパウロ・・私が使徒となったのは, 人間から出たことでなく, また人間の手を通したことでもなく, イエス・キリストと, キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです。」。

ヨハネ 10:17-18「わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ, 父はわたしを愛してくださいます。だれも, わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには, それを捨てる権威があり, それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父ら受けたのです。」」。

ペテロ第一 3:18「キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは, 肉においては死に渡され, 霊においては生かされて, 私たちを神のみもとに導くためでした」 聖霊

ペテロ第一 3:18 For Christ also suffered once for sins, the just for the unjust, that He might bring us to God, being put to death in the flesh but made alive by the Spirit, NKJV.

23頁「ここに言及されているイザヤ 32章17節と18節に注目して下さい。こう記されています。『真の義の働きは必ず平和となり, 真の義の奉仕は定めのない時に至る平穏と安全となる。そして, わたしの民は平和な住まいに, 全き確信の満ちる住居に, かき乱されることのない休み場に必ず宿る』。クリスチャンの家庭は, 義と平穏と安全と神の平和の宿る休み場となるはずです」。

訂正:この預言は真のクリスチャンの最終的住まいについて述べています。

ヨハネ 14:1-4「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ, またわたしを信じなさい。わたしの父の家には, 住まいがたくさんあります。もしなかったら, あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために, わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って, あなたがたに場所を備えたら, また来て, あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に, あなたがたをもおらせるためです。わたしの行く道はあなたがたも知っています。」

23頁「15 地上のすべての家族はその名を, 家族の創造者であるエホバ神に負っています。(エフェソス 3:14, 15)ですから, 幸せな家庭を築きたいと思う人は, 詩編作者がしたように, 神の導きを求め, 神を賛美すべきでしょう。詩編作者は, 『もろもろの民よの諸族よ, エホバに帰せよ』と述べています。(詩編 96:7)」。

ノート:イエスを忘れてはいけません。

ヨハネ 3:18「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので, すでにさばかれている」。

黙示録 5:11-12「また私は見た。私は, 御座と生き物と長老たちとの回りに, 多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の幾万倍, 千の幾千倍であった。彼らは大声で言った。『ほふられた小羊は, 力と, 富と, 知恵と, 勢いと, 誉れと, 栄光と, 賛美を受けるにふさわしい方です』」。

24頁「もう一つの不可欠な原則は, 次のように述べることが出来ます。すなわち, 頭の権を認めることは, 家庭内で神の平和を追い求めるのに助けになるということです。パウロはこう書いています。『あなた方に次のことを知って欲しいと思います。すべての男の頭はキリストであり, 女の頭は男です』。(コリント第一 11:3)これは, 家庭内では男が指導の任に当たり, 妻は忠節に夫を支え, 子供は従順であるべきことを意味しています」。

訂正:ものみの塔はイエス・キリストを退けています。

エペソ 5:25-27「夫たちよ。キリストが教会を愛し, 教会のためにご自身をささげられたように, あなたがたも, 自分の妻を愛しなさい。キリストがそうされたのは, みことばにより, 水の洗いをもって, 教会をきよめて聖なるものとするためであり, ご自身で, しみや, しわや, そのようなものの何一つない, 聖く傷のないものとなった栄光の教会を, ご自分の前に立たせるためです」。

25頁「22 エホバはご自分の意志を行う家族のために, すばらしい事柄を準備しておられます」。

ノート:父のご意志はすべての人が御子を期待することです。

ヨハネ 6:40「事実, わたしの父のみこころは, 子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」

文責:F

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