塔1997年7月1日

今回は, 「ものみの塔」誌1997年7月1日号に絞り論考します。

5頁「適切にも, イエスはいやしを行う自分自身に注意を引くようなことはされませんでした」。

訂正:イエス・キリストは, 人々の注目を自らに向けました。

マタイ 9:6「『人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを, あなたがたに知らせるために。』こう言って, それから中風の人に, 『起きなさい。寝床をたたんで, 家に帰りなさい。』と言われた。」

5頁「イエスや使徒たちの行ったいやしが神の力によるものであったことを考えれば, いやしを受けるのに, 受ける人の側の信仰が必ず必要というわけではなかった理由も容易に分かります。」

訂正:イエスは, クリスチャン信仰の対象です。

ローマ 3:21-22「しかし, 今は, 律法とは別に, しかも律法と預言者によってあかしされて, 神の義が示されました。すなわち, イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって, それはすべての信じる人に与えられ, 何の差別もありません」。

マタイ 13:58 「そして, イエスは, 彼らの不信仰のゆえに, そこでは多くの奇蹟をなさらなかった」。

マタイ 13:58 「そして, そこでは強力な業を多くはならなかった」。

5頁「いやしは, 『王国の良いたよりを宣べ伝え(る)というご自分の主要な関心事に対して二義的な事柄でした。(マタイ 9:35)」

訂正:癒やしは, 神の国の一部であり彼の宣教の中核をなすものです。

ルカ 4:18-19「わたしの上に主の御霊がおられる。主が, 貧しい人々に福音を伝えるようにと, わたしに油を注がれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕われ人には赦免を, 盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし, 主の恵みの年を告げ知らせるために」。

補足説明:イエスは, 「神の国」について譬えをもって話されました。(マタイ 13章他多数)そして, 神の国には, 死や病がないことを, 言葉だけで語るだけでなく, 「病気」の人を癒やすことによって, 実際的に「神の国」を見せられました。イエスの宣教方法は, まず癒やして, 福音を解き明かした場合もあれば(ルカ 14:1-4)福音を語ってから, 癒やしを実行された場合もあります。(ルカ 6:18)つまり, 癒やしそのものが, 目的ではなく, そのことによって, 神の約束の真実さと神の国を確かさを証明されました。

それ故に, 癒やしは, 神に出会う為の一つの方法ではありますが, 癒やしそのものが, 必ずしも神に出会わせる体験とならないこともあります。ルカ17章には, ライ病から癒やされた10人の内, 神をほめたたえたのは, 一人のサマリヤ人だけであったことを述べています。つまり, 私達が求めるべきものは, 癒やしという表面的な出来事ではなく, その中に働かれる神に対して信仰を置くことです。癒やしそのものを, 求めるのではなく, 私達の癒やし主であるイエス・キリストに出会うことなのです。たとえ, 肉体的に癒やされても救い主なるイエス・キリストに出会わなければ, その癒やしの目的は, 達成されていません。癒やしの目的は, 癒やし主である神があがめられることです。(マタイ 15:31)

多くの人々は, 奇蹟や癒やしを求めます。しかし, 私達の主は, 癒やしを通して, 癒やし主なる神に出会っていただきたいと願っておられます。そして, 最大の奇蹟は, 肉体的な癒やしだけではなく, 石のようなかたくなな心が, キリストに出会い, 変えられることではないでしょうか。

6頁「では, 神は今日でもいやしによってご自分の力を証明される, と期待すべきなのでしょうか。いいえ。イエスは, 神の力で奇跡的な業を行うことにより, ご自分が, 到来すると神の約束しておられたメシアの力ある活動は, だれもが読めるように聖書に記録されています。人々の世代が替わるたびに神がそのような活動を行わせてその点を証明する必要などありません」。

訂正:神はイエスがこの地上から取り去られた後も癒やしの賜物を使徒たちに与えられました。(コリント第一 12:1-31)

7頁「むしろ, イエスは神の王国の良いたよりを宣べ伝えることを主要な業とされました。(マタイ 9:35。ルカ 4:43; 8:1)その王国は, 人類の奇跡的ないやしを成し遂げて, 罪と不完全さのゆえに人類の被ってきた害すべてを神が相殺するための手段です」。

訂正:神の御座から流れ出るいのちの水は将来に於いて人々を癒やします。

黙示録 22:1-2「御使いはまた, 私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て, 都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には, いのちの木があって, 十二種の実がなり, 毎月, 実ができた。また, その木の葉は諸国の民をいやした。 」。

7頁「すべての証拠が示すとおり, 神の大反対者サタンは1914年以来地の近辺に落とされたおり, その王国は今, 現実のものとして活動しています」。

訂正:王国はイエスの再臨と苦難の後まで活動していません。

マタイ 24:29-30「だが, これらの日の苦難に続いてすぐに, 太陽は暗くなり, 月は光を放たず, 星は天から落ち, 天の万象は揺り動かされます。そのとき, 人の子のしるしが天に現われます。すると, 地上のあらゆる種族は, 悲しみながら, 人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです」。

8頁「聖書預言の成就において, エホバの崇拝者たちは霊的パラダイスに住んでいます。(コリント第二 12:1-4)エホバの証人は, 愛と一致を特徴とする一つの国際的交友関係に属しています」。

訂正:多くの除名と家族との遮断は 愛情の不足を反映しています。エホバの証人家族の中から信仰を捨てる者が出るとその人は, 孤立した状態になります。

8頁「エホバはご自分の民を保護する方, また支える方です」。

ノート:イエス・キリストも忘れてはいけません。

マタイ 11:28 すべて, 疲れた人, 重荷を負っている人は, わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」

8頁「エホバはご自分の民を見捨て(られません)」。

ノート:イエスを忘れてはいけません。

ヨハネ 14:3「わたしが行って, あなたがたに場所を備えたら, また来て, あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に, あなたがたをもおらせるためです」。

8頁「それらの人はだれもエホバに知恵を仰ぎ求めません。その結果として人間の苦しみは多くなります。聖書は, エホバの民が人間の不完全さや邪悪さの悲しむべき結果を必ずしも避けられるわけではないことを明示しています」。

ノート:イエス・キリストを忘れてはなりません。

コリント第一 1:22-24「ユダヤ人はしるしを要求し, ギリシヤ人は知恵を追求します。しかし, 私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき, 異邦人にとっては愚かでしょうが, しかし, ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても, 召された者にとっては, キリストは神の力, 神の知恵なのです」。

9頁「次いでパウロはこう述べています。『各人の業は明らかになります。その日がそれを示すのです。それは火によって表し示されるからです。まさにその火が, 各人の業がどんなものかを証明するのです。その上に建てただれかの業が残るなら, その人は報いを受けます』。(コリント第一 3:10-14)ここでもまた, 聖書は, わたしたちのだれもが必ず何らかの火のような試みに遭うことを説明しています」。

訂正:パウロは, さばきの日について述べています。

黙示録 22:12「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために, わたしの報いを携えて来る」。

11頁「12 今日のエホバの民はどうでしょうか。わたしたちは一つの組織として, この終わりの日の間, また大患難の際, 神の保護を受けて無事に通過できるという期待することが出来ます」。

訂正:真の信仰を持っていれば肉体的に守られるという聖書の約束はありません。イエスも「わたしの名のために苦しむ」と述べられています。(マタイ 10:22; 19:29; 24:9; マルコ 13:13; ルカ 21:12, 17; 使徒 9:16; 黙示録 2:3)

ダニエル 7:21-22「わたしに向かって, 『主よ, 主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく, 天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。その日には, 大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ, 主よ。私たちはあなたの名によって預言をし, あなたの名によって悪霊を追い出し, あなたの名によって奇蹟をたくさん行なったではありませんか』」。

黙示録 13:15「それから, その獣の像に息を吹き込んで, 獣の像がもの言うことさえもできるようにし, また, その獣の像を拝まない者をみな殺させた」。

ノート:文章を整合的に考察すると人格を持っておられたイエスが遣わされる聖霊は人格を持っておられることになります。

補足:ペテロは, 会衆に「聖霊を受けるでしょう」と言いました。

使徒 2:38「そこでペテロは彼らに答えた。『悔い改めなさい。そして, それぞれ罪を赦していただくために, イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば, 賜物として聖霊を受けるでしょう。』」

13頁「長老たちは, 『ものみの塔』誌と『目ざめよ!』誌, ならびに『忠実で思慮深い奴隷』が備えた他の出版物を活用するよう励まされています」。

訂正:パウロは, 雑誌ではなく聖書を用いることを勧めました。

テモテ第二 3:16-17「聖書はすべて, 神の霊感によるもので, 教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。それは, 神の人が, すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。」

16頁 「エホバ神は天地の偉大な創造者, とこしえの宇宙主権者です」。

ノート:エホバ神は, 天と地と全てのものを彼自身によって創造されました。

イザヤ 44:24「あなたを贖い, あなたを母の胎内にいる時から形造った方, 主はこう仰せられる。「『わたしは万物を造った主だ。わたしはひとりで天を張り延ばし, ただ, わたしだけで, 地を押し広げた。』」

ノート:イエスは, 天と地を創造されました。

ヨハネ 1:1-3「初めに, ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は, 初めに神とともにおられた。すべてのものは, この方によって造られた。造られたもので, この方によらずにできたものは一つもない。」

注目:ここには,  [他の]という単語は, 含まれていません。

16頁「4 イエスは, エホバを賛美するという自分の目的から決してそれませんでした」。

ノート:イエスは, 決してエホバの名を使って祈りませんでした。

ヨハネ 17:1-5「イエスはこれらのことを話してから, 目を天に向けて, 言われた。『父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現わすために, 子の栄光を現わしてください。それは子が, あなたからいただいたすべての者に, 永遠のいのちを与えるため, あなたは, すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。その永遠のいのちとは, 彼らが唯一のまことの神であるあなたと, あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。あなたがわたしに行なわせるためにお与えになったわざを, わたしは成し遂げて, 地上であなたの栄光を現わしました。今は, 父よ, みそばで, わたしを栄光で輝かせてください。世界が存在する前に, ごいっしょにいて持っていましたあの栄光で輝かせてください。」

イエスが「エホバよ」と祈っておられる聖書箇所は, 存在しません。イエスの弟子たちでエホバの名によってバプテスマを受けた人もいません。イエスの弟子たちは, イエスの名によってバプテスマを受け, 迫害され, 苦しみました。

16-17頁「ポンテオ・ピラトの前で審理を受けていた時でさえ, 『真理について証しすること, このためにわたしは生まれ, このためにわたしは世に来ました』と証言されました。(ヨハネ 18:37)イエスは自分の業の重要性を認識しておられました。どこにいても, エホバについて証しし, エホバを公に賛美されました」。

訂正:イエスは, 父と自分自身について証ししました。

ヨハネ 14:6-7「イエスは彼に言われた。「『わたしが道であり, 真理であり, いのちなのです。わたしを通してでなければ, だれひとり父のみもとに来ることはありません。あなたがたは, もしわたしを知っていたなら, 父をも知っていたはずです。しかし, 今や, あなたがたは父を知っており, また, すでに父を見たのです。』」

17頁「5 詩編22編22節には, エホバの主要な賛美者に関するこの預言的な陳述があります。『わたしはあなたのみ名をわたしの兄弟たちに告げ知らせ, 会衆の中であなたを賛美します』と記されています。そして, ヘブライ 12章11.12節で使徒パウロはこの節を主イエスと, エホバ神が天的な栄光のために神聖なものとされた人たちに当てはめています」。

訂正:パウロは, クリスチャンが, 彼の兄弟でありキリストにあって一つであることを明らかにしています。

ヘブル 2:11-12「聖とする方も, 聖とされる者たちも, すべて元は一つです。それで, 主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで, こう言われます。『わたしは御名を, わたしの兄弟たちに告げよう。教会の中で, わたしはあなたを賛美しよう。』」。

ヘブル 2:17「そういうわけで, 神のことについて, あわれみ深い, 忠実な大祭司となるため, 主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために, なだめがなされるためなのです」。

19頁「神は, とこしえの命に導くご自分の真理を認識するよう人々を助けるために, 国際的な教育プログラムを設けてこられました。ご自分の忠実な奴隷級を通して 導きを与えておられます」。

訂正:神の教育プログラムは, 聖霊ご自身です。

ヨハネ 14:26「しかし, 助け主, すなわち, 父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は, あなたがたにすべてのことを教え, また, わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」

19頁「聖なるみ名を神聖なものとし, 王国によって宇宙主権を立証するというエホバの目的は, わたしたちの生活を意味あるものにしました」。

訂正:父のご意志と目的は, すべての人が御子イエスを通して救われることです。

ヨハネ 3:16-17「神は, 実に, そのひとり子をお与えになったほどに, 世を愛された。それは御子を信じる者が, ひとりとして滅びることなく, 永遠のいのちを持つためである。 神が御子を世に遣わされたのは, 世をさばくためではなく, 御子によって世が救われるためである。」。

ヨハネ 6:40「事実, わたしの父のみこころは, 子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます」。

19頁「14 一つに, エホバはご自分の民に真理を託して来られました。特に興奮を誘うのは, 神の王国が1914年に支配しはじめたという啓示です」。

ノート:彼の王国は, 1914年に始まっていません。

1914年を過ぎた今も地上の青草は, 青々と茂ったままです。

黙示録 8:7「第一の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると, 血の混じった雹と火とが現われ, 地上に投げられた。そして地上の三分の一が焼け, 木の三分の一も焼け, 青草が全部焼けてしまった」。

今世紀, 人類の三分の一は, 戦争によって死んでいません。

黙示録 9:18「これらの三つの災害, すなわち, 彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために, 人類の三分の一は殺された」。

文責:F

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