ものみの塔1999年8月15日号

今回は, ものみの塔誌1999年8月15日号に絞り論考していきましょう

この他にも聖書と整合しないところが, 存在しますが代表的なものに絞りました。

聖書は, 特に注記のない場合, 『新改訳聖書』を用いています。

All Scripture quotations, unless otherwise noted , are taken from the Holy Bible Shinkaiyaku Version.


4-5頁「不滅の魂の教理は, 聖書の教えではありません」

訂正:パウロが間違っていなければ, 肉体は魂ではありません。

テサロニケ第一 5:23「平和の神ご自身が, あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき, 責められるところのないように, あなたがたの霊, たましい, からだが完全に守られますように。」


5頁「その約束には, 天における命のために, 忠実なクリスチャンの限定されたグループを選ぶことが含まれていました。」

ノート:すべての真のクリスチャンは天に於いて復活させられ体を持つという希望を持っています。

ペテロ第一 1:3-5「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は, ご自分の大きなあわれみのゆえに, イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって, 私たちを新しく生まれさせて, 生ける望みを持つようにしてくださいました。また, 朽ちることも汚れることも, 消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために, 天にたくわえられているのです。あなたがたは, 信仰により, 神の御力によって守られており, 終わりのときに現わされるように用意されている救いをいただくのです。」


5頁「そこには, 間もなく起こるこの邪悪な事物の体制の滅びを神に保護されて生き残る人たちが含まれるでしょう。」

ノート:144,000人は神の怒りから守られることでしょう。ところで, ものみの塔の主張する144,000人の締め切られる1935年以前には地的災害はありませんでしたか。

黙示録 7:2-4「また私は見た。もうひとりの御使いが, 生ける神の印を持って, 日の出るほうから上って来た。彼は, 地をも海をもそこなう権威を与えられた四人の御使いたちに, 大声で叫んで言った。『私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで, 地にも海にも木にも害を与えてはいけない。』それから私が, 印を押された人々の数を聞くと, イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されていて, 十四万四千人であった。」


9頁「あなたのみことばのうちにわたしの歩みを堅く定めてください。どんな有害なこともわたしを支配することがありませんように。豊かな平和はあなたの律法を愛する者たちのものです。彼らにつまづきのもとはありませんと, 詩編作者は述べました。(詩編 119:133, 165)このことはあなたにも当てはまります。」

ノート:真のクリスチャンは律法によってではなく信仰によって義と宣せられています。新世界訳でもお読みください。

ガラテヤ 3:22-25「しかし聖書は, 逆に, すべての人を罪の下に閉じ込めました。それは約束が, イエス・キリストに対する信仰によって, 信じる人々に与えられるためです。信仰が現われる以前には, 私たちは律法の監督の下に置かれ, 閉じ込められていましたが, それは, やがて示される信仰が得られるためでした。こうして, 律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。しかし, 信仰が現われた以上, 私たちはもはや養育係の下にはいません。」


10頁「新ブリタニカ百科事典(英語)は, アウグスティヌスの『精神は, るつぼである。新約聖書の宗教がギリシャ哲学のプラトン的伝統と渾然一体になっている。またその精神によって, この融合の結果が, キリスト教世界の中世におけるローマ・カトリックとルネッサンス期におけるプロテスタントに伝えられた』と述べています。」

ノート:「ものみの塔」誌は, この聖書の知恵の代わりに, この世の知恵に頼っています。

コリント第一 1:21「事実, この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは, 神の知恵によるのです。それゆえ, 神はみこころによって, 宣教のことばの愚かさを通して, 信じる者を救おうと定められたのです。」


12頁「ギリシャ哲学とは逆に, 魂とは人が持っているものではなく, 人そのものであることを聖書ははっきり示しています。(創世記 2:7)人が死ぬと, 魂は存在しなくなります。」

訂正:イエス・キリストの主張は, 「ものみの塔」誌の主張と整合しません。「アリストテレスの述べる魂は形態, 或いは, 実際上の肉体であり, 人間また地上の種々の魂より高い形態である理性的魂であり朽ちていくものの中で最も崇高な種類である」と『フンクとワグナル辞典』第二十巻356頁に述べられています。つまり, 「ものみの塔」誌の神学は, アリストテレスのギリシャ哲学に酷似しています。イエス・キリストの主張は, 「ものみの塔」誌やアリストテレスの主張と整合しません。

マルコ 12:26-27「それに, 死人がよみがえることについては, モーセの書にある柴の個所で, 神がモーセにどう語られたか, あなたがたは読んだことがないのですか。『わたしは, アブラハムの神, イサクの神, ヤコブの神である。』とあります。神は死んだ者の神ではありません。生きている者の神です。あなたがたはたいへんな思い違いをしています。


13頁「聖書は魂は不滅であるという教理を説いてはいません。」

訂正:ものみの塔は, 旧約聖書から三つの聖句を引用しているだけです。

質問:イエスはルカ16章の中で何故, 死後の世界の話をされたのでしょうか。イエスの例話は, バビロン社会の思想の影響を受けていたのでしょうか。

ルカ 16:22-25「さて, この貧乏人は死んで, 御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。その金持ちは, ハデスで苦しみながら目を上げると, アブラハムが, はるかかなたに見えた。しかも, そのふところにラザロが見えた。彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように, ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で, 苦しくてたまりません。』アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間, 良い物を受け, ラザロは生きている間, 悪い物を受けていました。しかし, 今ここで彼は慰められ, おまえは苦しみもだえているのです。」


13頁「人を欺くもう一つの教えは, 人間となる以前のイエスの立場に関するもの, つまりイエスはみ父と同等であるという考えに関する教えでした。・・・聖書とは全く異質の源に由来するものであったと説明しています。」

訂正:由来は, クリスチャン聖書です。ヘブライ語の「echad」は一つのグループと同じであることを見いだします。

申命記 6:4 Hear O Israel: Our Jehovah God is a grouping of one Jehovah. (Amplified Text)

ピリピ 2:5-7「あなたがたの間では, そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。キリストは, 神の御姿であられる方なのに, 神のあり方を捨てることができないとは考えないで, ご自分を無にして, 仕える者の姿をとり, 人間と同じようになられたのです。」


13頁「そして哲学的論法を利用し, 何と神は三つの位格でありながら, ただひとりの神であり, それぞれが個体性を保持できると主張したのです。しかし, 聖書の真理から見てエホバだけが全能の神であられ, イエス・キリストは神より位の低い方で, 創造されたみ子であり, 聖霊は神の活動する力です。」

訂正:ものみの塔は, 創作の考えである「あなたと共に活動の力がいる」と教えます。 イエス・キリストが父なる神から低くされたのは, 地上生涯に於いて肉体を持たれたときだけです。cf ピリピ 2:3-8 終わりの時代になると真のキリスト教が回復されるのではなく, 惑わす霊と悪霊の教えに心奪われ, 信仰から離れるようになることを聖書は, 証しています。

テモテ第一 4:1「しかし, 御霊が明らかに言われるように, 後の時代になると, ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ, 信仰から離れるようになります。」


13頁「聖書は, 真理の唯一無二の源なのです。」

ノート:ものみの塔は, イエス・キリストを見失っています。

ヨハネ 14:6「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり, 真理であり, いのちなのです。わたしを通してでなければ, だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」


13頁「しかし, エホバの敵, そして真理や人類の, また永遠の命の敵−人殺しで偽りの父である悪魔サタン−は, そうした真理を不純なものにするため, 様々なよこしまな方法を用いてきました。」

ノート:「ものみの塔」誌は真理を不純なものとするために用いられてきました。

ヨハネ 8:18-19「『わたしが自分の証人であり, また, わたしを遣わした父が, わたしについてあかしされます。』すると, 彼らはイエスに言った。『あなたの父はどこにいるのですか。』イエスは答えられた。『あなたがたは, わたしをも, わたしの父をも知りません。もし, あなたがたがわたしを知っていたなら, わたしの父をも知っていたでしょう。』」


13頁「サタンが用いてきた極めて強力な道具の一つは, キリスト教の教えの主旨や本質を変えようとして利用してきた, 異教のギリシャ哲学者たちの教えです。実際, それらの教えはサタン自身の考えを反映するものです。」

ノート:体と魂は, 同じであると教えているのは, ギリシャ哲学に基づいています。


13頁「今日, 会衆の頭であるイエス・キリストの指導のもとで, 真のキリスト教の教えは 回復されてきました。」

訂正:真のクリスチャンの教えは, 決して回復されません。

エペソ 3:20-21「どうか, 私たちのうちに働く力によって, 私たちの願うところ, 思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に, 教会により, またキリスト・イエスにより, 栄光が, 世々にわたって, とこしえまでありますように。アーメン。」


13頁「エホバの証人は, そのような人々が純粋の真理の水を見いだし, わたしたちのみ父エホバが提供しておられる永遠の命という相続財産をしっかりととらえることができるよう喜んで援助したいと願っています。」

訂正:エホバの証人は, 決してイエスの名の重要性を教えません。

ヨハネ 3:18「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので, すでにさばかれている。」


14頁「エホバという名には彼はならせるという意味があります。」

訂正:ヘブライ語には, 英語の「J」に相当する発音はありません。詳しくはここをご覧ください。すべてのクリスチャンは, すべてをイエス・キリストの名によって行います。エホバの名前ではありません。

コロサイ 3:17「あなたがたのすることは, ことばによると行ないによるとを問わず, すべて主イエスの名によってなし, 主によって父なる神に感謝しなさい。」


14頁「次いで神は植物と動物を創造されました。」

ノート:イエス・キリストはすべてを創造されました。

ヨハネ 1:3「すべてのものは, この方によって造られた。造られたもので, この方によらずにできたものは一つもない。」

ヘブル 1:1-2「神は, むかし先祖たちに, 預言者たちを通して, 多くの部分に分け, また, いろいろな方法で語られましたが, この終わりの時には, 御子によって, 私たちに語られました。神は, 御子を万物の相続者とし, また御子によって世界を造られました。」

イザヤ 44:24「あなたを贖い, あなたを母の胎内にいる時から形造った方, 主はこう仰せられる。『わたしは万物を造った主だ。わたしはひとりで天を張り延ばし, ただ, わたしだけで, 地を押し広げた。』」


19頁「その後に, 長い背教の時代が到来し, 真理の光は弱められました。」

訂正:真のクリスチャンは, 常にイエス・キリストを宣べ伝えました。

マタイ 28:19-20「それゆえ, あなたがたは行って, あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして, 父, 子, 聖霊の御名によってバプテスマを授け, また, わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように, 彼らを教えなさい。見よ。わたしは, 世の終わりまで, いつも, あなたがたとともにいます。」


19頁「しかし, 近代になって終わりの時に再び真の知識が満ちあふれ, 幾百万人という人々に, 聖書に基づく永遠の救いの希望をもたらしてきました。」

訂正:その様な主張は, モルモン教や統一協会にも見受けられます。つまり, 自分たちの団体は, 新興宗教ではなく, 近代になって真のキリスト教が復興したと教えるのです。これは, 仏教界でも使われる方法です。聖書の教えではありません。イエス・キリストに対する知識は, どの時代にも入手可能であったことを聖書は, 示しています。

ユダ3「愛する人々。私はあなたがたに, 私たちがともに受けている救いについて手紙を書こうとして, あらゆる努力をしていましたが, 聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう, あなたがたに勧める手紙を書く必要が生じました。」


20頁「ノアの時代の箱船の建設と同じく, 王国を宣べ伝える業は, 1世紀も現代も, 桁はずれに大きな事業でした。」

訂正:真のクリスチャンは, イエス・キリストを宣べ伝えます。

ピリピ 1:18「すると, どういうことになりますか。つまり, 見せかけであろうとも, 真実であろうとも, あらゆるしかたで, キリストが宣べ伝えられているのであって, このことを私は喜んでいます。そうです, 今からも喜ぶことでしょう。」


20頁「同様に, 1914年に終わりの時が始まった時・・・」

訂正:以前, ものみの塔協会は, 「終わりの時」は1799年に始まったと教えていました。詳しくはここをお読み下さい。


20頁「その業の成功は, 1世紀にも20世紀にも目覚ましく成就した, 王国のこの良いたよりは, ・・・人の住む全地で宣べ伝えられるでしょうという預言の中で予告されていました。」

訂正:この邪悪な事物の体制の終わりは1世紀には現れていませんでした。

マタイ 24:14「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて, すべての国民にあかしされ, それから, 終わりの日が来ます。」


21頁「その時から, イエスは王国の力を取って臨在し始めたのです。聖書預言は, これが1914年に生じたことを示しています。」

訂正:イエス・キリストの臨在はペンテコステの日に始まりました。また, ものみの塔の1914年の計算の土台であるエルサレム陥落はB.C.607年ではなく歴史的事実はB.C.586-7年です。イスラエル大使館から出版された書籍もエルサレム陥落は, B.C.587年であることを示しています。つまり, ものみの塔の1914年キリスト再臨説の土台は, 全くありません。ものみの塔は, イスラエルの歴史を歪曲しています。

使徒 1:8「しかし, 聖霊があなたがたの上に臨まれるとき, あなたがたは力を受けます。そして, エルサレム, ユダヤとサマリヤの全土, および地の果てにまで, わたしの証人となります。」

使徒 2:1-2「五旬節の日になって, みなが一つ所に集まっていた。すると突然, 天から, 激しい風が吹いてくるような響きが起こり, 彼らのいた家全体に響き渡った。」


26-27頁「一つの方法は聖書の教えや, 忠実で思慮深い奴隷級を通して備えられるものが, 当たり前のもの, ありふけたものとなってしまわないように気を付けることです。・・・エホバとの関係も冷え始めます。」

訂正:真のクリスチャンは決して「ものみの塔協会」に留まらず, イエス・キリストに留まります。

ヨハネ 15:5「わたしはぶどうの木で, あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり, わたしもその人の中にとどまっているなら, そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては, あなたがたは何もすることができないからです。」


27頁「大多数は, 地上の楽園で永遠の命を楽しみます。」

訂正:大群衆は天におり, 大患難から守られます。

黙示録 19:1「この後, 私は, 天に大群衆の大きい声のようなものが, こう言うのを聞いた。『ハレルヤ。救い, 栄光, 力は, われらの神のもの。』」

文責:F

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