ものみの塔2001年12月15日号

今回は、ものみの塔誌2001年12月15日号に絞り論考していきましょう

この他にも聖書や史実と整合しないところが、存在しますが代表的なものに絞りました。

聖書は、特に注記のない場合、『新改訳聖書』を用いています。

All Scripture quotations, unless otherwise noted , are taken from the Holy Bible Shinkaiyaku Version.


  4頁「しかし, 学者たちは, イエスを神の子, メシア, 請け戻す方とまでは呼びません。殆どの学者は, イエスが天から来られたこと, およびイエスの復活に関する聖書の記述に疑問を差しはさみます。」

ノート:ものみの塔は, イエス・キリストを全能の神であると呼ぶのをやめています。

詩篇19:14「私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。」

詩篇78:35「彼らは、神が自分たちの岩であり、いと高き神が自分たちを贖う方であることを思い出した。」

イザヤ4:6「昼は暑さを避ける陰となり、あらしと雨を防ぐ避け所と隠れ家になるからだ。」

ヨハネ1:1「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」


4頁「困難に直面しているこの惑星は, イエスの指示の下で, 壮大な生物多様性と生態バランスを取り戻すでしょう。聖書預言は, イエスの王国が飢えた人に食物を与え, 貧しい人をいやし, 死者をよみがえらせることを保証しています。」

訂正:神の王国は今日, 真のクリスチャンを通して働いています。

マルコ6:17-18「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」


5頁「あなたは生ける神の子です。」

ノート:エホバの証人は, イエス・キリストを全能の神として扱いません。

ゼパニア3:15「主はあなたへの宣告を取り除き、あなたの敵を追い払われた。イスラエルの王、主は、あなたのただ中におられる。あなたはもう、わざわいを恐れない。」

マタイ18:20「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」


6頁「ウィル・デュラント」

ノート:ウイル・デュラントは, 著名な歴史家ではありますが, 聖書を信じない未信者です。


6頁「C・S・ルイス」

ノート:C・S・ルイスは, 教会の牧師です。


7頁「イエスは哀れみと同情心ゆえに, 病気, 盲目などの苦しい問題を経験している人たちを助けました。」

訂正:福音書は, 人々の内的癒やし, 肉体的癒やしを通して, イエスの中にある神性の内住を描いています。

マタイ9:3-6「すると、律法学者たちは、心の中で、「この人は神をけがしている。」と言った。イエスは彼らの心の思いを知って言われた。「なぜ、心の中で悪いことを考えているのか。『あなたの罪は赦された。』と言うのと、『起きて歩け。』と言うのと、どちらがやさしいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言って、それから中風の人に、「起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われた。」


8頁「真のクリスチャンは, 「王国のこの良いたより」を他の人々に宣明することにより」

訂正:真のクリスチャンは, イエス・キリストの王国について宣教します。

使徒28:31-31「こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。


9頁「イエスが語りかけた多くの人々は, 律法にかなった事柄を行おうと懸命に努力していたにもかかわらず, 「荷を負って」いました。ユダヤ人の指導者たちが宗教を重荷のようにしていたからです。(マタイ23:4)それらの指導者は, 生活のほぼ全分野に関する膨大な数の規則に気を取られていました。あれこれ「してはならない」と言われ続けるとストレスが高じるのではないでしょうか。」

ノート:ものみの塔は, ユダヤ人の指導者のようにエホバの証人に対して「荷を負わせ」ていませんか。

「ものみの塔の数々の出版物は, モーセ的律法のラビ的解釈に基づいたタルムードのユダヤ人の間における非常に, ネガディブなテーマについてしばしば, 語っている。「会衆を清く保つ」や「世から分かれる」という名の下に行われている。それが神の前に義とされている。組織自身が, そのような律法の存在を認めている。」

In serch of christian freedom. レイモンド・フランツ 238頁。英文。


11頁「イエスの主な活動が他の人を教えることであり, 神の王国が強調されていたことに疑問の余地はありません。」

訂正:真のクリスチャンは, イエス・キリストに関する良きたよりを宣教します。

ペテロ第一4:14「もしキリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら、栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。」


19頁「あら探し, あら探し, あら探し。それがバリサイ人のやり方でした。…敬虔さを見せびらかす服装をし, 国民にあれこれ指図をしようとしました。」

ノート:ものみの塔は, エホバの証人に対してドレスアップするように教え, またそれを自慢します。

「このインタビューが…身なりもマナーも非常によい2万5,000人もの人々が一つの場所に同時に集うことなどなかったと思います。」「ものみの塔」誌2001/6/1/6頁。


20頁「律法は, 息の詰まるようなものではなかったのです。」

訂正:真のクリスチャンは, 律法の業によってではなく, 信仰によって義とされイエス・キリストのために生きます。

ローマ3:28「人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。」

ローマ7:6「しかし、今は、私たちは自分を捕えていた律法に対して死んだので、それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。」

ローマ10:4「キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。」


By Rance.

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