元正規開拓者の証言

 私は、10年ぐらいエホバの証人をやっていて、研究生の時代も含めると20年ぐらいになります。

 そしてバリバリの開拓者でした。「ものみの塔」誌(校正者補足:1996年2月15日号30頁)にも経験が載りましたし、大会にも何回も出たことがあります。

 集会の実演にもよく用いられて研究生は10人以上いて集会に行くと前にも後ろにも横にも全部自分の研究生を導いていました。

 それで近隣の会衆でも自分の名前を知らない人はいないぐらいというほど有名人になっていて長老からも地域監督からもとても熱い期待を掛けられていて、いわゆるエホバの証人のエリートコースという感じで来ました。

 開拓奉仕を朝から晩まで、台風だろうが雪だろうが、雨だろうが、やっていました。 要求時間は90時間でしたが90時間では自分の心が「神がこれではまだまだ。」と捉えて、自分にむちをうって熱があっても休まず、続けました。

 時間は90時間でいいのに、130時間以上、毎日働いて子供が泣いても尻を叩いて連れ出しました。真冬でも連れ出しました。

長靴を履いたり、歩けないうちからベビーカーに乗せ、ベビーカーの上にビニールシートをかぶせ、ずっと奉仕して来ました。

子供が熱があっても私が熱があっても集会に行ってそれでも神の恵みがなかなか感じられず、いつもいつも苦しい思いをして「まだ。まだ。」と自分を責め続けて来ました。 そんなある日、やはり体が弱いので、その生活に耐えられないかのように体を壊しました。

 昼間は奉仕に明け暮れてお家のことも「開拓奉仕をやっているから完璧にしなければならない。」という風にしていましたのでお家の家事も完璧にやっていましたし、一生懸命にやっていました。

 個人研究もかなりの量を奉仕していましたし、集会の予習なんかも模範的な注解をしなければならないのでとても、沢山の勉強をしましたから寝る間もなく勉強を続けて「知識」を取り入れましたが、ついに体を壊しました。

 奉仕にも行けない日々が続きましたら、自分を責められて神にはもう祈れなくなりました。神が遠くに行ってしまって、…やはり自分の業によって是認を得るという風に教わってきましたので、こんな自分では神には申し訳ないといって泣いてばかりいて、穴を掘って入りたい気持ちが続いてノイローゼのようになりパジャマのまま、玄関の前に立って奉仕カバンを持って、…お化粧もしないでばさばさ髪で玄関に立ったまま泣きながらブルブル体を奮わせたりということが続きました。

そういうことが続くようになって自分がしなければならないことが出来ないということが自分への物凄いプレッシャーとなって行って、それがとても辛かったです。

自分の気持ちだけでなく会衆の長老とか巡回監督からも「前の姉妹とは変わってしまった。」と言われました。

 熱が37.8度あって集会に行っても「目が死んでいるではないか。」という風に言われます。「熱が37.8度あって、どうして目が生き生きとしていられようか。」と思いますけれども、それでも「目が死んでいる。」とか「5人の愚かな処女は最初は灯火を持って立って主を待っていたが……今の姉妹は油を買いに行ってしまって、その間にエホバが来て滅ぼされてしまう。」とか「みんなが姉妹を模範にしていたのに今の態度はなんだ!」とかそういう風に言われました。

 体が弱いのに「早く開拓奉仕に戻るように。」、「戻るように。」「戻るように。」って言われ続けました。

 体が弱くなって開拓者をとうとう降りることになりましたが、暖かった…本当に家族のように私をもてはやしてくださった長老や巡回監督たちが手のひらを返したように冷たくなりました。

本当に使い捨てカイロの様な存在になってしまいました。 そういうことが続いて「神から自分は離れてしまった。」ということで段々と祈れなくなってしまって、病気でしたし、これ以上奉仕がてきないということで、3回ほど自殺を図りました。

 とても苦しい状態でエホバの証人には「命」をかけていました。「これが真理だ。」と思っていたので、「他には行くところがないし神に見放されてしまったのなら死ぬほかない。」と思っていました。

 でも、今思うと神が助けてくださったと思うんですけれどもそんなときに、私はエホバの証人になる前にカトリックの幼稚園を出ていまして、小さいころから「イエス様!」って歩んで来ましたので、高校生の時にカトリックの洗礼を受けていました。

 教会に行っていた頃とか小さいころを思い起こしてみると、いつもいつも「イエス様」 がいつも私の側にいて、私を支えてくださっていたのにエホバの証人になってから「イエス様」ということは一つもなくなり、ただエホバの証人の出版物にあるように‘ただのユダヤ人のおじさん’になってしまって、イエス様がとても遠くなってしまい、エホバの名前に代わって……でもエホバはとても遠くってイエス様は心のよりどころか長老とかそういう人たちの「今を求めよ!」という風になってしまったと思います。

 「あの時はイエス様ととてもつながっていて心の中にいたのにどうしてこんなになってしまったんだろう。」と思ってもう一回教会の門を叩こうと思いました。 それでそのことを長老にちょっと言ったんですが「姉妹は、とても知識があるから今、教会に行っても泣いて帰ってくることになるからそんなことをしても無駄だ。」といわれました。

 そして長老も泣きました。私はこの長老を置いては行けないと思ってちょっと頑張りだしたのですけれどもやはり頑張ることが出来ずに、今度は黙って「もし、見つかって排斥になるのを覚悟」で教会の牧師のところに行きました。

 行ったのは近くの教会の牧師のところです。「私はエホバの証人なんですけれどもこの奉仕について躓いて、とても苦しい思いをしていますので、私があなた方の教えを納得できるかどうか分からないですけれども教えてください。」と言いました。

 その時は忙しそうだったので、他の日を約束したけれども、私は結構せっかちなので その場で教えを聞けなかったのが残念で、次の日にキリスト教会の本屋に行きました。 エホバの証人のいわゆる「背教者」が出している本を沢山捜して5万円分ぐらい買って帰りました。

 三軒ほど廻って、色んな種類の本を全部買って5万円−7万円位になりましたけれども、……全部買って帰りました。

 それで『新世界訳』と『洞察』とカトリックの聖書と『新共同訳聖書』とか照らし合わせて、ギリシャ語の『王国行間逐語訳聖書』を持っていましたので、その聖書も照らし合わせたりしました。

 「ものみの塔」も50年代の出版物からみんな持っていますので、それを全部見ながら勉強しました。

 私は自分で言うのもなんですけれども知識がかなり入っていましたので、ダニエル書、エゼキエル書の……今思うと間違った教えだったんですけれども、全部聖書から説明することが出来るほど知識を持っていましたので、それがなかなか崩れないかなと思っていたんですけれども勉強してみて、本当にエホバの証人の教えが間違っているということが分かりました。  そして忠実で思慮深い奴隷級だけが神の組織だということもガタガタと崩れていって本当に目からうろこがポンと取れてしまって「私は何をしていたんだ。」と思いました。

 教会の牧師さんに話を聞く予定だったのが、「もう聞かなくてもいいや。」と思いました。こんなに多くの間違いが見つかって自分の命を懸けていたものが全て間違いだったことに気付かされ愕然としました。

 しかし、イエス様の下に帰りたいという気持ちがありました。家族のようにしていた長老とのお別れはとても辛いものがありましたが、それ以上にイエス様の下に帰りたいと思いました。

 それで教会の礼拝に次の週出席して、本を読んですぐに脱退届を「私たちはプロテスタントの教会に行きますので、あなたたちの教えは信じられませんから脱退します。」ということと「あなたたちも早く本当の神を知って欲しいです。」ということを書いて 私と娘と主人の三人の名前を書きまして長老のところにFAXをしました。

 私が教会に行くと決めたときは娘も半泣きして……「エホバ。エホバ。」と育ててきましたので、とても心に入っていますから何日も娘が泣きました。

 「ママ、ハルマゲドンになっちゃう。ママ、エホバを捨てるんだね。」といって泣きました。 「わたしだけ、集会に行く。」って言って行ってしまったり、あと主人と二人だけで行ってしまったり、……最初も娘だけ説得しました。

 私がこんなに傷ついていることも主人はよく知っていましたので一緒に文書を読んでくれて最初は会衆のみんなから「主人はアダムだ。」と言われました。「エホバよりも妻を取ったアダムと同じだ。」と言われましたけれども、主人もその文章を読んで間違いに気付いて、心から一緒に教会に行ってくれました。

 教会では忘れかけていた神への愛やイエス様にも戻れることが出来て、大粒の涙を流すことが出来ましたし、業によって救われるのではなく……いつも何かをして何かをやって、一生懸命頑張ってそれでも神が赦して下さらない怖い神というイメージから裸のまま十字架は私を受け入れて下さるということを思ったときに、本当に肩の荷がおりて、幸せを感じることが出来ました。

 エホバの証人の時は、救いなんか本当に感じなかったですし、最後まで耐え忍ぶものが救われる者でしたからハルマゲドンで救われても千年統治が終わるまで私たちは分からないです。そういう状況の中でいつも「行状。」「行状。」ということばかりに重きを取られていましたので、神の愛を本当に忘れていました。

 そのような中でずっといましたので、知識というのが教会から得られないとどうなるかと長老たちは言っていたけれども神様の言葉を聴く心と教会の礼拝に参加するするようになり、神様との関係を取り戻して、家でもスキップしたり、「今日は礼拝だ。礼拝だ。」とスキップするようになりました。

 本当に教会に行けてよかったと思いますし、教会がなかったら私はどうなっていたかと思います。楽園の夢はなくなりましたが、それに代わってイエス様がいるんだと立ち直ることが出来ました。イエス様がついていて下さるのでイエス様の愛をどんどん深めていって、子供の時に持っていたイエス様への愛をもう一度復活させたいと思います。

 ですから一度エホバの証人になられて聖書を知られた方々は、是非教会に行って本当の神の愛をもう一度知っていただきたいと思います。

 

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