アオリストについて

5, ギリシャ語のアオリスト時制についての論証 『霊感』330頁16段落

アオリスト時制は, 特異な時制ではありません。

『霊感』 90年版第330頁 第16段落は, 次のように述べています。「ギリシャ語には, 1回の, または瞬間的な動作を指すアオリストと呼ばれる特異な時制があります。」と述べています。しかし, アオリスト時制は, 特異な時制ではありません。アオリスト時制は, 普通に言えば「過去形」です。この様な時制は, ギリシャ語に限らず, スペイン語の過去完了時制(別名:点過去時制)やロシア語の完了態動詞は, ギリシャ語のアオリスト時制と似た表現方法です。詳しくは次の論考をご覧ください。 ギリシャ語の過去時制には, 未完了時制とアオリスト過去時制の二通りの時制があります。しかし, 現在時制には, 1通りの表現形式しかありませんし, 進行形もありません。  従ってギリシャ語の現在時制は,「〜している。〜し続けている」と訳すことも出来ます。そのどちらを採用するかは, 前後の分脈の示す状況と訳者の判断によります。

未完了過去について

未完了過去形とは,「…していた」, 「…しつつあった」, 「…せんとしていた」と表現されます。 「未完了過去は, ある動作または状態が, 過去において継続, 反復, または開始されるものとして叙述する時称です。従って「…していた」「…しつつあった」「せんとしていた」と訳して適切な場合が多く, 単に「…した」というのは意味が異なります。 田中美智太郎, 松平千秋著『ギリシャ語入門改訂版』1978年 岩波全書第25頁§87。

アオリストとは

アオリスト過去形とは「…した」と表現されます。 「アオリストは, ある事実が過去において一応片づいてしまったものとして言い表す 時称である。…未完了過去が継続的, 描写的であるのに対して, アオリストは瞬間的, 列挙的であるとも言える。フランス語のpasse' simple(単純過去のこと…引用者)の用法がアオリストのそれに似ている」。参考文献 『同書』第36頁§121。

フランス語の過去形について

フランス語直説法には, 完了形を含めて, 複合過去, 単純過去, 半過去, 大過去, 前過去の 5種類の過去形があり, その用法は次の通りです。

A複合過去…一般的な過去の事実を述べるのに用い, 「〜した」と和訳される過去形。日常会話, 平易な文章, 手紙の中で用いられる過去形。

B単純過去…過去のある時期に行われた動作を客観的に述べる。主に, 歴史の叙述, 伝記, 小説の文章の中で相次いで起こった動作に用いられる。

C半過去

ア, 過去においてその時進行中であった有様を描写する。

イ, 過去において継続していた動作, 状態を表す。

ウ, 過去において未完了であった動作, 状態を表す。

エ, 過去において何度か, 繰り返された動作, 状態=過去の習慣を表す。その他

D大過去…ある過去の時点よりもさらに以前に行われた過去を表し,「〜してしまった」 と訳す。

E前過去…単純過去形で表されている過去時点の直前の過去を表し, 「〜してしまった」  と訳す。

以上のことからも分かるように, ギリシャ語の未完了過去形は, 仏語の半過去に, ギリシャ語のアオリストは, 仏語の単純過去に似ていることが分かります。ですから, ギリシャ語のアオリスト形は, 特異な時制ではありません。大井征著『フランス語の基礎』1966年第三書房発行の122頁§125には半過去が, 150頁の§148には単純過去について述べられています。

次に, スペイン語から考察しましょう。

スペイン語からの論証

ギリシャ語のアオリストとスペイン語の完了過去(通称点過去)の共通性。 スペイン語の過去時称は4つあります。線過去, 点過去, 過去未来, 過去完了時制です。 瓜谷良平著 『改訂スペイン語入門』1993年白水社89頁には, スペイン語の未完了過去(線過去)と完了過去(点過去)を次のように説明しています。 「スペイン語の過去は2種類あります。

例文「私が家に戻ったとき((a)点過去volvi), 兄は勉強していました。( (b) 線過去estudiaba)」。

例文の中で, 『戻った』では《戻る》という行為は終了(完了)しています。 『勉強していた』は, その時点では《勉強するという》行為は終了していません。 (a)『戻った』の様な『…した』を表す過去を《完了過去》と呼び, (b)『勉強していた』のような『…していた』を表す過去を《不完了過去》と名付ける書物もある」。ですから, ギリシャ語のアオリストとスペイン語の点過去は, 類似した過去形であることが分かります。

ロシア語からの論証

参考文献:兼田一真澄著 『NHKラジオ ロシア語講座』 1996年5月号第13頁と第15頁。

「動詞の時制とは, 単純にいえば動作の行われる時点を指しています。(状態については 除く)。露語の動詞直説法の時制は, 現在, 過去, 未来の三時称です。ただし,露語についてはアスペクト(態)という表現があります。これは動作の行われ方を表すものです。 露語の動詞, 態には完了態と未完了態との二態があります。露語の動詞の完了態はヾ扱訶, 遂行的行為を又は1回の具体的行為を表し(下線は著者) 未完了態は〃兮嚇, 状態的行為を又は反復的, 習慣的行為を表します」。

ここでも, ギリシャ語のアオリストとロシア語の完了態の◆蔽者下線部)は, 類似した 用法であることが証明されます。

ラテン語からの論証

次にラテン語から, ギリシャ語のアオリストが特異的なものなのか見て参りましょう。 参考文献 田中利光著『ラテン語初歩』 岩波書店, 有田潤著『初級ラテン語入門』白水社

「ラテン語直説法の過去時制は, 完了形を除けば未完了過去と完了過去の二形があります。未完了過去は過去の行為や現象が完了しないこと, つまり継続, 反復, 繰り返し, 習慣, 開始の意味を表し「…していた, よく…したものだ, …せんとしていた」と訳されます。英語のwas〜ing, used to〜に相当する場合が多い。完了過去は, 未完了の「…していた 」とは違い,  屐弔靴拭廚琉嫐を表し, 動作が完了し, その結果が現在に続いている(私は知っている)あるいは終えている意味を表す」。以上のことからラテン語においても, ギリシャ語のアオリストと類似した用法の存在が証明されます。

ギリシャ語のアオリストは, 諸外国でもよく用いられる過去形に似ています。

ギリシャ語の直説法の未完了過去とアオリスト過去に似ている過去形を持つ原語として フランス語, スペイン語, ロシア語, ラテン語を調べた結果ギリシャ語のアオリストは, 決して特異な時制ではありませんでした。

風間喜代三氏は『大日本百科事典』第二巻1986年版小学館の「インド・ヨーロッパ語」 の項目第851頁で次のように述べています。

"(インド・ヨーロッパ語の中には=引用者の補充)…ギリシャ語の過去に未完了 アオリスト(不限定), 完了を持つ原語もある。この場合, アオリストはその行為を 一目的にとらえた場合で, 継続的, 繰り返しを表す未完了と対立する完了は既に行われた行為の経験に基づく現状の表現で, 「憎らしい」, 「覚えている」, 「知っている」などが その典型である。 この場合には, 単なる時間の関係よりも行為の様相が加味されてくる。"

以上のことからも分かるように, ,ものみの塔が『霊感』第330頁第16段落で主張している「アオリストが特異な時制」表現ではないことが, 一目瞭然です。

アオリスト時制の続き 『霊感』330頁16段落

ヨハネ第一3:8を原語から見てみましよう。 ギリシャ語の「罪を犯す」と言う動詞は, αμαρτνω( ハマルタノ− )です。 そしてヨハネ第一 2:1の「君達が罪を犯すことがないために」という文の「罪を犯す」の動詞は, ギリシャ原語ではαμαρτια(ハマルティア)のアオリスト形が用いられています。これは一度の罪を犯す行為, または一つ一つの罪を犯す行為を, 表していると思われます。

それに対して同3:6の「彼の中に留まっている全ての者は罪を犯さない」, 同5:18の「神から生まれた全ての者は罪を犯さない」という文の「罪を犯す」という動詞はギリシャ語でハマルティアの現在形が用いられています。これは何度も罪を犯す行為が, 反復されていないこと, 習慣化されていないことを表しているものと思われます。この部分に関してはものみの塔の翻訳は正しいと言えるでしょう。

ヨハネ第一 2:1はアオリスト形ですから, 一度の罪も犯さない(commit a sin)と訳出している点は他の邦訳よりもより原語に近く訳しているといえるでしょう。 同3:8は現在形ですからαμαρτανει(ハマルタネイ)を新世界訳は「罪を犯してきた」と訳し, 英語版は‘has been sinning’と訳出しています。同 5:8は‘practice sin’と訳出しています。practiceには繰り返すという意味がありますから『新世界訳』がアオリスト時制に注意を払い, 訳し分けをしていることは, 注目に値します。ただこの翻訳もオリジナリティから言えば『新改訳』聖書も2:1は時制に注意を払い, 「罪を犯す」と訳出しています。3:6は「罪のうちを歩みません。」と訳しています。

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