伸び悩む日本でのエホバの証人

「王国宣教」2000年5月号 220,509人(奉仕報告は1月)

「王国宣教」2000年4月号 220,527人(奉仕報告は12月)

「王国宣教」2000年2月号 220,858人(奉仕報告は11月)

「王国宣教」2000年1月号 221,330人(奉仕報告は10月)

「王国宣教」1999年12月号 221,364人(奉仕報告は9月)

「王国宣教」2000年11月号 221,472人(奉仕報告は8月)

「王国宣教」1999年8月号 222,146人(奉仕報告は5月)*3

「王国宣教」1999年7月号 222,251人(奉仕報告は4月)*2

「王国宣教」1999年6月号 221,878人(奉仕報告は3月)*1

「王国宣教」1999年5月号 221,627人(奉仕報告は2月)

「王国宣教」1999年4月号 221, 808人(奉仕報告は1月)

「王国宣教」1998年4月 222,008人

「王国宣教」1997年4月 216,879人

*3 7万人の正規開拓者(月に70時間)の目標が, 打ち出される。補助開拓数は横這い。

*2 3月から4月にかけて, 約4千人が伝道者から補助開拓に移行。(補助開拓25,569人)総伝道時間が700万時間から, 710万時間に増加。(特に補助開拓者による時間合計は, 110万時間から145万時間に増加。しかし, 昨年から今年にかけて聖書研究の数は, 19%減少。

*1 2月から3月にかけて, 約8千人が伝道者から補助開拓へ移行。(補助開拓21,500人)

大戦直後は, 10名にも満たなかったが, 1973年の新世界訳聖書の頒布と共に急増。16,360人から1995年の201,266人へと22年間で12倍の増加率。

しかし, ここに来て日本での, ものみの塔の伝道にもかげりが見えてきている。

「王国宣教」によると1997年12月に221,116人の22万人を突破して以来1999年4月221,808人と足踏み状態にある。

実際は, 足踏みどころか減少傾向にある。なぜか。年間5,000人以上の受洗者があるにもかかわらず, 同数の人達が組織から離脱しているのである。

ものみの塔聖書冊子協会は, 伸び悩みの原因として, 1997年年鑑に於いて「カルト集団によるテロ行為のために強い反宗教的感情」があると述べている。[註1]  しかし, どうやら問題の本質は, 違うようである。某教団もサリン事件発生時出家信者が, 500名ほどといわれていたが現在は, 出家信者1,000名, 在家信者1,000名(公安発表)資産数十億と拡大している。 1998年に教勢が伸び悩んだのは, 日本経済の落ち込みからではない。ものみの塔の「王国宣教」を詳細に分析すると何かが見えてくる。1996年7月を境に「研究生」が激減している。1996年の25万人から現在の15万人と激減している。

「王国宣教」1996年の5月号で「知識の本の研究はどのぐらいの期間研究すべきか」という質問に対して「6ヶ月ほどで終了することが期待されている」と述べている。

この見解が示されて以来, 急激にものみの塔は, 推進力を失っている。また, 同時に「1914年の出来事を見た世代が過ぎ去る前に平和で安全な新しい世をもたらす」[註2]というハルマゲドンという当面の目標が, 漠然とした事もあげられる。また, 神聖化されていた「統治体」にも「大群衆」からの援助者によって補われる事などの教理的変更も, ものみの塔幹部の権威の失墜につながっていると分析する元証人関係者もいる。

エホバの証人の教育プログラムは, 半年間で教化できるほど安易なプログラムではない。 宗教に免疫のない旧ソ連や東ヨーロッパの国々では, この「知識」の本を用いての伝道は, 効果を上げているが, やがて陰りが見えるであろう。

日本に於ける課題

毎年, 6,000人以上の人達が, 組織から離脱しているのは事実である。しかし, 残念なことにすべての元証人がキリスト教会を訪れるわけではない。元証人の多くは, 社会の中で自分の気持ちを吐露することもなく, 潜伏化している。

「ものみの塔組織」の為に仕事を調整し, 友人や親族と袂を分かってきた人が新たにそれを捨てるには, 相当な勇気が必要であろう。かつて, 聖書を学びながらも, 組織不信に至り, 人間不信, そして聖書不信にまで至らせたものみの塔協会の受け皿として, キリスト教会に残された課題は, 大きいと言える。

註1 24頁

註2 「目ざめよ!」誌1995年10月22日4頁 11月8日以降この序文は変更される。

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