序文

まず, この記事を書くに当たってエホバの証人の方たちに, 敬意を表したいと思います。誰よりも聖書を尊重し, 実際生活に, みことばを適用しようとしておられる生き方に感銘を受けます。今回は, 「三位一体」について論考する前に, 何故この様な記事を, 書く気持ちになったか, 述懐したいと思います。組織を離脱した多くの元証人の方から, 「三位一体を理解できない」という声を, お聞きして参りました。

まず, このArticlesの目的 は, 何が何でも「三位一体を理解させる」ことを, 主要な目的としていません。 「三位一体」についての神学的論証は, 先駆の神学者に譲り, こ こではものみの塔聖書冊子協会あるいは, エホバの証人に於ける 間違った, 「三位一体」についての理解を是正していくことを主眼と しています。従いまして, 結果として「・・・大変複雑な説明を苦労し て読んで調べたところで, 結局, 依然として納得できずに終わって しま(1)」うかもしれません。

「三位一体」の神学的定義は, 「地獄の教理」が, 人間の自然の感情に反するのと 同様に「合理的な思想」には, 受け入れがたいものです。 従いまして, 「地獄」や「三位一体」について教えてやろうとする動機 は, 相応しくないと考えます。合理的思考を, 発展させるならば, 「神 が, 全能ならばどうしてエデンの園に善悪を知る木と自由意志を持 った人間を, 置かれたのか」という結論に至るでしょう。 究極的合理主義は, 聖書の信憑性や神の贖罪計画否定にも及ぶ ことでしょう。その様なことを, 踏まえつつ, この記事を書いています。 重複しますが, このArticlesは, 主に「ものみの塔」誌や現役証人の「 反三位一体」の中で取り上げられる「三位一体論」について, 考察す ることを主眼としてしています。

最後に, この記事を書くにあたり主が示して下さったみことばを, ご紹 介致します。 ヤコブ 5:20 「罪人を迷いの道から引き戻す者は, 罪人のたましいを死から救い 出し, また, 多くの罪をおおうのだということを, あなたがたは知って いなさい」。『新改訳』聖書。 (1), 「三位一体」第4頁 ものみの塔聖書冊子協会

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