「新世界訳聖書」の真実1

「新世界訳聖書」の事実1

まず,はじめに 当サイトは, 進化論を信じませんしまた, 偶像礼拝には, 断固として反対するという立場です。

エホバの証人の人権を尊重し, 個人の医療選択権には反対しないという立場を取ります。
 「新世界訳の評判」に付いては, 様々な学者が評価しておりますのでここをご覧下さい。
まず, 新世界訳は, ギリシャ語学者やヘブライ語学者が翻訳した聖書ではなく, 1950年クリスチャン・ギリシャ語聖書(一般に言う新約聖書)が刊行されました。

 ものみの塔聖書冊子協会の創始者であり初代会長であるチャールズ・T・ラッセルがギリシャ語に通じていなかったことは, 組織の「1,980年年鑑」93-94頁にも掲載されています。また, 当時の裁判記録でもラッセルは, ギリシャ語が出来なかったことが, 公の場で明らかにされています。ラッセルは, 地方を訪問中, 教会学校の教師の方がギリシャ語の知識があり, 赤面して逃げるという失態を演じたこともあります。

1913年3月17日 カナダのオンタリオ州ハミルトン市警察裁判所で, ものみの塔初代会長ラッセルはJ・J・ロスを「中傷的誹毀罪」で訴えました。
それは, J・J・ロスが「牧師と称するC・T・ラッセルにまつわる真実」という小冊子の中で「ラッセルは聖書の本文を読めない」と批判したからです。

その時の裁判所の記録は, 次の通りです。

J・J・ロス側の
スタウントン弁護士:「あなたは, ギリシャ語のアルファベットをご存知ですね。」
ラッセル「勿論ですよ。」

スタウントン弁護士:「では, あなたは私に正しいギリシャ語の読み書きを示すことが出来ますか。」
ラッセル「いくらかは出来ると思いますが, 少々間違えることがあるかも知れません。」

スタウントン弁護士:「ここにある聖書(ウェストコットとホートのギリシャ語本文)の447頁の上の部分を読むだけで結構ですから, そこを声に出して読んでください。」
ラッセル「うーん。読めないと思います。」

スタウントン弁護士:「こんなことがわからないのですか。良く見なさい。ギリシャ語を知っているというのならわかるはずです。」
ラッセル「私の読み方では----。」

(ラッセルは, この時点で説明することを中断させられた。)
スタウントン弁護士:「あなたはギリシャ語を良く知っているのですか。」
ラッセル「いいえ。」

フレデリック・フランズのヘブライ語能力


1954年11月
場所:イギリスのスコットランドの法廷にて

弁護士:「あなたはヘブライ語に精通してきましたか。」
F・W・フランズ「はい。」

弁護士:「それなら, あなたの語学力には実質が伴っているはずですね。」
F・W・フランズ「はい。聖書研究のためですから。」

弁護士:あなたは聖書をヘブライ語, ギリシャ語, ラテン語, スペイン語, ポルトガル語, ドイツ語, そしてフランス語も読んだり又, 理解できるそうですが---。」
F・W・フランズ「はい。」(原告の証拠書類7頁)

弁護士:「あなたは他人の力を借りずにヘブライ語を読み, 又, 話せるのですね。」
F・W・フランズ「ヘブライ語は話しません。」

弁護士:「話さないですって。」
F・W・フランズ「はい。」

弁護士:「ところで, ご自分でそこの部分をヘブライ語に翻訳できますか。」
F・W・フランズ「どれですか。」

弁護士:「創世記2章4節です。」
F・W・フランズ「ここのことですか。」

弁護士:「その通りですが。」
F・W・フランズ 「いやー。訳そうという気持ちが全然起こりませんので。」 (原告の証拠書類102頁)*

*創世記2章4節をヘブライ語に翻訳する語学力はどの程度なのだろうか。学校で2年ほどヘブライ語コースを選択している学生であるならば誰でも出来るやさしい練習問題である。
F・W・フランズは, 第四代目会長として在任中, 自分を優れた聖書学者として「ものみの塔」誌1977年10月1日号に紹介している。以下引用文
「フランズ兄弟は1945年以来, ペンシルバニア法人の副会長として奉仕しており, 1977年9月12日で84歳になりました。しかし依然として非常に活発にエホバに仕えており, この時もアイルランドからイスラエルまでの11カ国に及ぶ講演旅行から帰ったばかりでした。
優れた聖書学者としての同兄弟の際立った評判, および王国の関心ごとに対する勤勉な業のゆえに, フランズ兄弟はあらゆる所のエホバの証人の信頼と忠節な支持を受けています。」

更に, 先ほどの法廷は続く。

弁護士:「レスリー氏が述べたところによると, あなたはシンシナティ大学を学位を取らずに中退したそうですね。ところが, あなたはご自分についてこんなことも述べられましたね。セシル・ローズ奨学金を提供されたという事ですが, それは真実ですか。」

F・W・フランズ「はい。私は, セシル・ローズの奨学金を獲得しました。私はオハイオ州立大学で選考試験を受けました。」

*4代目会長フランズがセシル・ローズの奨学金を受けたというのは,「ものみの塔」誌1987年5月1日号24−26頁に掲載されている。以下引用文

「ものみの塔」誌1987年5月1日号24-26頁
「私の大学時代の決定的な時期は, 学長のリヨン博士が, 講堂で行なわれた学生集会で, 私が英国オックス・フォード大学への留学資格の得られるセシル・ローズ奨学金を獲得するため, オハイオ州立大学に行って他の学生と一緒に選考試験を受けることになった, という発表したころでした。
志望者の一人は陸上競技の点では私よりも成績が優れていましたが, 私はその人と比べてひけを取らない成績を収めていたため, 大学側はその人と一緒に私をオックス・フォード大学へ送りたいと考えました。私はその奨学金を得る資格があることを認められたので感謝しました。」

ものみの塔を研究している人に送られた手紙を公開しよう。

                     The Rhodes Scholarship Trust

OFFICE OF THE                                   WESLEYAN UNIVERSITY
AMERICAN SECETARY                            MIDDLETOWN, CONN 06457 

14 January 1981
Mr. William I. Cetnar
Cornerstone financial Services, Inc
Route  2, Weir Lake Road
Kunkletown, Pensylvania  18058

Dear  Mr, Cetnar:

Thank you for your letters of December 27.

I have cheked our records and do not find that Fredrick William Franzs 
was elected to a Rhodes Scholarship. Our records, I shoud note, refer 
only to Scholars elected from the United Stated. Unless Mr. Franz has
cometed successfully as a candidate for the Scholarship in another
country, you may conclude that his claim to have been a Rhodes Scholar
is incorrect.


                  Your  sincerely,

                  William J , Barber
フレデリック・フランズの名前は, 記録に見つからない。これが, 真実である。ヘブライ語の出来ない「優れた聖書学者」など聞いた事は、ない。

尚、ものみの塔の歴史に詳しくない人の為に追記しておきます。ラッセルは、 ギリシャ語に堪能であると自著の中で宣伝していたことを現役の信者は知りません。当サイトは、正しい聖書教育の啓蒙運動にのみ関心がありキリスト教会員の啓蒙運動が主眼が目的です。 詳しくは

新世界訳は学問的か

カルト信者の思考回路

ものみの塔の非聖書的教え

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