1話 

 

 私が勤める会社では半年に1回健康診断が行われる。職場で渡された診断結果を見ていた私はそこに見慣れない言葉が書き込まれているのに気付いた。 「白血球増加症の疑い。要経過観察。」 「白血球増加症」なんて聞いた事の無い病気だ。しかし白血球が増加すると言えば咄嗟に思い浮かぶのは・・・ 「おおっ!わしは白血病になっちまったぁ!!」 うかつにも大声を出してしまった私は「しまった」と思う間も無く近くに居た同僚達に取り囲まれ、「あー、本当だ!!」と言う驚きの声に頭をガンガン叩きまくられてしまったのであった。  しかしたまたま職場に「親戚に白血球増加症の患者がいる」と言う方がいらっしゃって、聞いてみると、 「白血病とは違うよ。普通より少し白血球が多くなるけど、特に深刻な病気じゃ無いよ。」 その時の検査結果では血液中の白血球の数は1,2000/μl。通常の2倍程度、一般的に正常と言われる範囲を僅かに越える程度であった。 「白血病ってのはこれが10万とかになるんだよ。全然違うよ。それに風邪ひいたりしてもこの位増えるんだし、心配する事無いよ。」 と言われ、多少安心したのだった。

 今にして思えばその頃からだったような気がする。体が妙に疲れ易いのだ。 それまで階段は必ず一段飛ばしで1階から4階まで駆け上がっていたのだが、それが2階までも上らない内に膝の関節がだるくなり、それ以上歩けず立ち止まってしまうのだ。 私も30代になっていたので、 「歳とったって事かな?」 等と思い、余り深くは考えないでいた。

 そんな状態が数ヶ月続いている頃、仕事で英語の文献を翻訳する必要が出てきた。  私はそれを自宅に持ち帰ってやっていたのだが・・・出来ないのだ。 夜それほど遅い時間でもないのに、体が異様にだるく、そして直ぐに眠ってしまうのである。翻訳しようと机に向かっても本当に1分と起きていられないのである。原文を見、辞書を引き・・・気が付くと机に突っ伏して寝ている自分に気付くのだ。 「いかん!何をやってるんだ俺は。」 と、気合を入れ直して机に向かうのだが、次の瞬間ひたいに机がぶつかる衝撃で目が醒めるのだ。  2時間、3時間机に向かって結局1行も翻訳出来ないという日が何日も続いた。  私は翻訳は苦手な方では無かったのだが、この時は結局最初に立てたスケジュールの通りに進める事が出来ず、途中から他の方に引き継ぐ事になってしまい、非常に悔しい思いをした。  自分はそんなに疲れているのだろうか?と考えて見たが、普段の生活を振り返ってもそんなに疲れがたまる生活とは思えない。 「やっぱり歳なのかな?」 と言う程度にしか考えなかった。

 ちなみにこの頃私は週末に遊びに出掛けると言う事がめっきり無くなり、家でごろごろしている事が多くなっていた。これも体の疲れを感じてた為だが、やはりこれも「歳」のせいだろうと、深くは考えていなかった。

 そんな頃に再び健康診断の時期が巡って来た。

 健康診断が行われて暫くしてから、私は上司から呼び出された。

「前回と同じ白血球増加症の疑いが有るそうだ。2回続いてるから今回は病院で検査を受けるようにって紹介状が来てるぞ。」

診断結果はまだ渡されていなかった。紹介状の中身は見られないので、私は 「白血球増加症・・・具体的にはどんな病気なんだろうか?そんなに怖い病気では無さそうだけど。」 等と考えながら、仕事が休みの土曜日にT大学病院を訪ねた。

 

 

 土曜日の午前10時過ぎ、病院に着いた私を待っていたのは

「本日の診療は終了しました」

と言う看板だった。

 以前この病院に来た事が有る私は午前の診療時間を11時までと記憶していたのだが、土曜は10時までだったのだ。10時はちと早いのでは無いかとぼやきつつ、しかし折角ここまで来たのだからと、受付の方にせめて診察の予約だけでも出来ないか聞いてみた。すると私が紹介状を持っていると知るや、直ぐさま血液内科の先生に連絡を取り、その日に診察が受けられるように取り計らって下さったのだ。

 非常に親切な対応に感謝すると共に、紹介状と言う物の持つ意味が実は自分が考えていた以上に重いのではと言う疑念が私の心の片隅をよぎった。

 私が持って行った紹介状を見た血液内科のO先生は、開口一番、
「これは白血病ですね。恐らく慢性骨髄性白血病でしょう。大至急検査で確認して治療を始める必要が有りますね。」
と、言い放たれた。

「白血病!?」

ほとんど忘れかけていたその恐ろしい病名と、いきなりあっさり告知されたと言う意外性に私は完全に虚を突かれ、いわゆる豆鉄砲をくらった鳩と化してしまった。
その時初めて紹介状の中身を知ったのだが、健康診断の際の血液検査の結果、私の白血球の数は5,8000/μl、通常の約10倍にも達していたのだった。
体のだるさや異様な疲労感の原因はこれだったのかとその時納得したのだった。

 慢性骨髄性白血病であれば、すぐに死ぬと言う事はない。薬を使って症状を抑える事が出来る。その間に骨髄移植を行えば完治の可能性が有ると言うような事を説明される。

 しかし、ほんの数分前まで自分がそんな重い病気だなどと考えていなかった人間にとって、「助かる可能性が有る」と言われる事は同時に「死ぬ可能性が有る」と宣告される事であり、希望よりむしろ不安と恐怖感を覚えたのだった。

 検査は月曜日にならないと出来ないとの事で、私は月曜に検査の予約を取って病院を後にした。

 「何だよやっぱり白血病じゃないか。参ったなぁ。」
帰り道、頭の中は突然身近に迫った死の事でいっぱいだったが、未だ鳩に退化したままだった私の脳髄にとって、それは妙に実感が無く他人事の様に感じられた。しかし死の絶望感は鳩と化した私の背後から、まるでソウル・オリンピックの聖火台の炎のごとく襲いかかり、体を包みこんでいたのだった。
 周りの喧騒が遠くから響いて来るように感じた。周りの世界と自分との間に時間と空間の淀みが生まれている様で、私はその粘り着くような圧力に翻弄されながらフラフラと頼りない足取りで漂う様に歩いていた。
 通り道に在る某カメラメーカーのショールームに何の目的も無く漂い入る。何処かの河の四季を記録した美しい写真が展示されている。「美しい」と感じる。
 案外自分は冷静だ。パニックに陥ったりはしていない。多少頭が麻痺してる様だが暫くすればすっきりするだろう。そして今まで通りの日常を淡々と過ごして行く事が出来るだろう・・・最期まで。と、思った。

 自分が死をそれ程拒んでいない事に気付き、私はぞっとした。何時の間にか死に対する恐怖感が希薄になっていた。死にたいなどと思った事は無い。しかし死ぬ事で色々な煩わしい事柄から解放されるのも悪くないかも知れないと思えてくる。実際に死が身近に迫った時に自分がそんな気持ちになるとは・・・そんなに自分は疲れていたのか?やはり思いがけない病名の告知に混乱しているのか?それとも絶望的な状況でパニックに陥らない為の心の仕組みが自分の知らない所で働いてでもいるのだろうか?よく解らなかった。

 

周りの世界と自分との間に時間と空間の淀みが生まれている様だった。

 

 

 ショールームを出て取り敢えず昼飯を食べる。こんな時にも腹は減る物である。胃に少々重い物を感じながらもいつも通りの量をたいらげた。食事をしながら家族を出来るだけ驚かせずに話すにはどうしたら良いか、会社にはどう話すか、仕事が続けられるのだろうかと考える。相変わらず死に対する恐怖感や危機感が希薄で我ながらあきれてしまう。結局自分が今まで惰性で生きてるような人生を送って来たから生に対する執着心が無くなってしまったのだと分析し、自分を責める。これから心を入れ替えて死ぬまでの間に何かやり遂げ・・・られたらカッコ良いなぁ、と、またしても他人事のように考えている事に気付き、自分で自分の神経を疑ってしまう。やはり今は混乱しているのだと思い、考える事をやめた。

 寄り道をする気にはなれず、そのまま家へ帰ることにする。

 私は独身で両親と同居している。妹が一人いるが、家を出て一人暮らしをしている。まずは両親に話さねばならない。父は重い目の病気に掛かって視力が下がり、仕事が続けられなくなって数年前にリタイアした。現在は殆ど視力を失い、不自由な生活を送っている。母はそんな父の姿に将来の不安を感じており最近神経症気味だ。こんな時に私が白血病だなんて言ったら二人がどんな反応を示すか非常に心配で気が重い。

私が病名を言った瞬間、両親は「えっ・・・」と息を呑んだ。私は医師から聞いた話を元に、治る可能性が有る事を強調しながら治療法などについて話した。二人は驚いてはいたものの、冷静に私の話を聞いてくれた。

 両親が思いの外落ち着いた反応を示してくれたので私はほっとしたが、両親もまた私と同様に混乱し、現実感を感じられずにいるのかも知れないと思うと辛かった。

 翌日の日曜は「フォークリフト免許」の実技試験の日であった。仕事で必要になり同僚数人で上司に頼んで受けさせて貰った物で、筆記試験は既に合格し、実技試験に備えて暫く前から毎日会社の駐車場の隅で練習をしていたのだ。とは言え今の自分は「試験」を受けられるような心理状態だろうか? 自問してみるが、どう見ても自分は極めて平静であるとしか思えず、私は早起きして試験場に向かった。

 試験場で同僚と落ち合い、軽口を交わしながら試験開始を待つ。普段となんら変わらない気分だと思えた。もしかしたら普段より少々ハイだったかも知れないが。

 試験も落ち着いて無難にこなす事が出来た。私達は全員免許証を手にして会場を後にした。無事合格した事に同僚達もほっとしており、帰り道は会話が弾んだ。駅に着き、笑顔で同僚と「じゃ、また。」と言って別れながら、私は「しかし俺は明日会社を休んで血液検査を受けに行かなくちゃいけないんだよな。」と、自分の笑顔を白々しく感じ、空しい気分になったのだった。

 家に帰ると妹が来ていた。妹にも話さねばならないと思ったが、深刻な話なのでなかなか切り出せなかった。しかし言わねばならない。思い切って切り出した。それを聞いた妹は、
「はっけつびょう・・・・って何?どんな病気?」
と言った。子供の頃に山口百恵のテレビドラマ等で白血病の恐ろしさを嫌と言う程叩き込まれていた私は、「8歳違うもんなぁ、世代のギャップってヤツかなぁ。」と、しばし感慨に耽ってしまった。

相変わらず危機感が欠落していた。